高校時代
2015年、当時14歳だった私は、テレビである試合を見ました。
それは、
"全国高等学校女子サッカー選手権大会決勝戦"
藤枝順心高校 vs 神村学園高等学校
(静岡県代表) (鹿児島県代表)
の試合でした。
逆転に次ぐ逆転で、藤枝順心高校が優勝したその試合。その試合を見て、私は順心へ行きたいと思いました。
その試合に出場されていた、当時、高校生だった何人かの選手の方と今は同じチームでプレーをしています。
テレビで見ていた選手とこうやって一緒にプレー出来ているのは私にとってすごく嬉しいことです。
そんな藤枝順心高校での私の三年間のお話です。
初めての経験
2017年、藤枝順心高校に入学しました。
15年間育った富山、育ててもらった両親と離れ、
三年間の寮生活が始まりました。
始めはホームシックになり、寂しさしかなかったけど、
仲間達のおかげで本当に楽しい寮生活を送れました。
そして本当に恵まれてたなと思うことの一つとしてあるのは、先輩方の存在。
選手としても人としても尊敬できる部分が多く、
私たちの学年も、先輩達の事が大好きでした。
当時キャプテン・千葉玲海菜選手
エース・今田紗良選手
2人を始め、現なでしこリーガーの選手が多くいます。
"現なでしこリーガーの選手"
・アイントラハトフランクフルト🇩🇪
千葉玲海菜さん
・ジェフ千葉
今田 紗良さん
・AC長野パルセイロレディース
岩下 胡桃
・静岡SSUボニータ
齋藤 久瑠美さん
・オルカ鴨川FC
並木 千夏さん
・ディアヴォロッソ広島
原田 結奈さん
・サンフレッチェ広島レジーナ
木稲 瑠那さん
・レノファ山口FCレディース
田中萌さん
今思うと、本当に凄い選手とプレーしていたんだなと
なんかゾクゾクします
そんな偉大な先輩方と過ごしたニ年間
選手権優勝🏅・インターハイ準優勝🥈・3位🥉
中学までは、全国大会へ行く事自体が夢のようだったので
そんな私にとって、とても特別な経験をする事ができたニ年間でした。
"勝つことが当たり前"
そんなチームの一員として、目には見えないプレッシャーと戦いながら1試合1試合をこなしていた気がします。
先輩方のおかげで、とてつもなく良い経験をたくさんする事ができ、本当に心から感謝しています。
順心へ行って、間違いじゃなかったなと思います
改めてありがとうございました!
皆さん、また会ってください!!
キャプテンとしての一年
先輩方が高校サッカーを引退、高校を卒業され、
私たちが最高学年として迎える一年が始まりました。
そして私は、キャプテンを務めさせてもらうことになり、新チームでの活動をスタートしました。
新チームの活動が始まる1週間ほど前。
高校2年生の全国選手権。
初戦の相手は常盤木学園でした。
PK戦にまでもちこまれたその試合、
私は一番目のキッカーを任されました。
それまでの練習では一度も外すさずにいたので、
自信をもって蹴りました。
しかし、練習通りにはいかず、キーパーに簡単に止められました。
あの瞬間は忘れたくても忘れないです。
多分一生覚えています。
結果は2-3での負け。
3年生にとって最後の大会を、私のせいで簡単に終わらせてしまいました。
2年生ながら藤枝順心の10番をつけさせてもらっていたのにも関わらず、チームを引っ張るどころか逆に足を引っ張りました。
とても申し訳なかったです
そんな私が、新チームのキャプテンなんて出来るのか、当時は不安でした。
新チームでの最初の大会は新人戦、
当時、順心は静岡県大会15連覇中で、歴史あるこの連覇を自分たちが止めるわけにはいけないと、必死に戦っていました。
結果は勝利。
16連覇出来たことは嬉しかったですが、
良かった と安心の方が断然大きかったです。
なんなら、インターハイとか選手権より緊張したかもですね。これは元順心生ならわかると思うな
インターハイ
8月、夏のインターハイ。沖縄県での開催でした。
ただでさえ猛暑だった8月に沖縄県で行われる大会は、とにかく暑く、じめじめでした。
振り返ると、新人戦で圧倒的な勝利をし、今年も強いと期待され、私も皆んなもどこか天狗になっていたと思います。
順心は優勝候補として見られていたので、初戦は勝てるだろう と正直思っていました。
きっと周りも、他校もそう思っていたと思います。
しかし結果は1-2。逆転負けでした。
前半に相手のオウンゴールで先制しましたが、後半、一気に2点奪われてそのまま終わりました。
誰もが予想してなかった負けだったし、
守備を得意としていた順心にとって、逆転負けは相当ダメージが大きく、チームの雰囲気も最悪でした
完全なる油断と相手を侮っていました。
サッカー選手としてやってはいけない事を全国大会の初戦でしてしまった
勝つのは当たり前 という気の緩みが結果に出た、それだけでした。
常勝軍団と言われる順心は、インターハイ初戦で敗退するということは過去にも無く、片手で数えれるぐらいだと後になって知りました。
その試合日の夜、メンバー20人と話し合いをしました。
思っている事、負けに対して感じた事、これからどうしていくべきか色々と話しました。
喧嘩や言い合いにもなりました。
そりゃそうです、初戦で負けるなんてあり得ない結果を、自分たちは残してしまった。
怒りが出るのは当然でした。
もちろん、全責任は私にありました。
人に強く言えない、自分の意思を強くもてない、周りに合わせてしまう というキャプテンに相応しくない性格だったので、こんなんじゃチームも強くならない と何人かからも言われたし、自分でも思ってました。
わかっていました、わかってたけど出来ませんでした。
それもただ、自分の弱さでした
翌日、監督から『このままだと史上最弱のチームだぞ』と言われました。
悔しかったですが、何か言い返す事もなくて、認めるしかありませんでした。
残す大会は選手権しかなくなったので、必ず選手権では勝って、監督も周りも見返してやりたかったです。
どんなに嫌われてもいいから、優勝して、
どうだ!!!と言ってやりたかった
しかし、そんな甘いものではありませんでした。
沖縄から静岡に戻り、夏休み期間という事もあって、
全国からいろんなチームが練習試合に来てくれました。
十文字、日ノ本、大商学園、大阪桐蔭、浦和レッズ、ジェフ千葉、日テレメニーナ、アルビレックス新潟。
どこも強豪で、毎試合いい勝負をしていました。
どれだけこの悪い雰囲気から立て直せるか、自分やチームの力が試されてた気がします。
ですが立て直すどころかどんどん悪くなり、普段勝てていたチームに対しても負けたり、引き分けたり、余計にチーム状況も悪くなっていきました。
当時はすごく焦ってたし、自分のプレーにも全く自信をもてませんでした。
キャプテンがそんな状態のチームは勝てるはずがありませんでした。
楽しいはずの夏休みが最悪の夏休みになり、大きな壁にぶち当たりました。
そんな様子を、先生は気づいてくれていました。
ジェフ千葉との試合後、先生と2人きりで話しました。
何がなんでも泣きたくなかったですが、多分泣きました。(覚えてないですが)
いつも何かしらイジってくる先生も、優しい時は本当に優しく、ずっと選手の事を見てくれていました。
先生と話し、気持ちも少しスッキリしました。
日本一への第一関門 選手権県予選
それから月日が経ち、選手権の予選が始まりました。
静岡県は日本で一番、予選で勝ち上がるのが難しい県と言ってもいいぐらい、レベルの高い高校が多く毎年熱戦です。
日本一のためには、まず県を突破することが第一でした。
東海大会をかけた大一番の相手は、磐田東高校でした。
勝てば東海大会、負ければ引退という大大大プレッシャーの中での試合で、もちろん緊張していました。
磐田東とは何度も試合をしましたが、相性は良くなく、いつも僅差の勝負をしていました。
この試合も絶対に僅差になる、分析でもそう話していました。
案の定、なかなか得点を奪えず、前後半でも決着はつきませんでした。
延長前半でも点は入らず、後半も拮抗していました。
正直、PKを覚悟していました。
去年の選手権のPK戦が蘇ってました。
相手も必死でした。
しかし願いが届いたのか、残り2分の場面で、ニ年生の選手がスーパーミドルを決めてくれました。
会場が湧きました。凄かった。
そして笛が鳴り1-0で勝利しました。
一安心どころじゃなかったです。
涙している3年生も、後輩も、親御さんもいました。
それぐらい切羽詰まった試合でしたし、大一番だったと思います。
私は一滴も出ませんでした。むしろ出て欲しかった。
とにかく安心でした。
きっと夏の負けがなかったら、この勝利はなかったかもしれない。そう先生が言っていました。
インターハイの負けも、夏休み期間の数多くの試合も経験した私達だからこそ、我慢して我慢して耐えて掴み取った勝利でした。
東海大会も勝ち、無事、全国大会に進みました。
最後の選手権
迎えた、選手権。全国。
チームの状態も良く、自信をもって挑みました。
藤枝順心は、二年前の選手権からの失点が0で、今大会も無失点優勝を狙っていました。
初戦は、栃木県代表の宇都宮文星高校。
初戦の難しさは夏に痛いほど経験したので、多少固さはありましたが、早い時間帯に先制点を決めれた事で流れに乗り、5-0で勝ちました。
嬉しかったのは、去年選手権で負傷交代し、約10ヶ月間ずっとリハビリを頑張っていた選手が、その試合に出場し、ゴールを決めた事です。
さすが点取り屋だなと、間に合って良かったととても嬉しかったです。
おかえり響子
2回戦は、前年度優勝の星槎国際湘南高校。
緊張は初戦ほどは無く、皆んなリラックスしていたように見えました。
前半に3点取り、3-0で見事勝利しました。
そして次の相手は、ライバル校の日ノ本学園高校。
夏冬2冠を何度も達成している強豪校でした。
順心とは全国大会で何度も試合をしていますが、勝ちも負けもあり、この選手権全国大会での一つの山場でした。
試合は前後半では決着がつかず、PK戦に。
日ノ本はPK戦の勝率が圧倒的に高く、正直不安はありました。
しかしPK戦前にベンチ前で円陣を組んだ時、選手、先生、そしてスタンドの皆んなを見ると、全員、勝てる という顔をしていました。
皆んなを見て、あ、勝てる と確信しました。
PK戦。
中学校から同じチームで、同じ富山出身のGKの選手が
相手の1人目を止め、4-3で勝ちました。
PK戦前の円陣での、仲間達のあの顔は大正解でした。
めちゃくちゃ嬉しかったです。
里央、スーパー。ありがとうすぎた
去年のPK戦と同じグランドで、相手は違いますが同じ強豪校との大一番。
これも去年の負けが無かったら、もしかしたら負けていたかもしれない。
自分たちは成長しているなと思いました。
日ノ本学園に勝った事で、これは優勝出来る と本気で思いました。
チームメイト達もそう思っていました。
正直、負ける気は全くしなかったです。
準決勝の相手は、東京都代表 修徳高校。
三年間で初めての修徳との試合でした。
スタジアムは神戸にある、ノエビアスタジアム🏟
ヴィッセル神戸・INAC神戸のホームスタジアムです。
独特な雰囲気と、綺麗な芝生、ロッカールーム。
私の中でもいろいろと思入れがあるスタジアムです。
開始直後から順心ペースで進み、先制点を奪い1-0のまま後半へ。
このままいけば勝てると思った後半開始すぐ、
自分達のミスからの失点(誰かのオウンゴールですね)。
今大会初めての失点を喫しました。防げた失点でした。
もったいなかったです今でも悔しい!
同点のまま時間が過ぎていきアディショナルタイムへ
このままいけばPK戦。
前の試合でPK戦を戦った私たちなので、PK戦だけは避けたかった。とにかく勝ち越しゴールだけでした。
アディショナルタイム2分過ぎ
左SBの選手の狙いさましたシュートが突き刺さりました。(きっとあれはクロス。)
またまた劇的勝利。またまた会場が湧きました。
今大会は、ミラクルゴールが決まりまくっていました。
あれが決まってなければと思うと怖すぎます。
決めてくれた選手、仲間の皆んなに大感謝してます。
まじナイス。ありがとう菜々子!皆んな!!!
決勝戦
決勝戦。
相手は、鹿児島県代表 神村学園高校。
私が順心入学を決めた、2015年のあの試合と、
(この記事の最初に書いた試合)
偶然か、あるいは必然かわからないですが、
同じ対戦カードでした。
こんな事あるんだなーって、本当に凄いと思います。
神村学園のキャプテンは、
現チームメイトでもある、菊池まりあ選手。
まりあとは13歳の頃に出会い、今も同じチームでやっている長年の仲です。
お互い、高校卒業後はINAC神戸に入団する事がすでに決まっていたため、この試合が相手として戦う、最後の試合でした。
13歳で出会い、5年の月日を経てキャプテンとして再会し、最後の選手権の最後の決勝戦で戦い、卒業後は同じチームに進み、今も同じチームでプレーしている
短編ドラマ作れそうですよね。
まりあ率いる神村は、勢いが凄く、予想を上回るぐらいのチームワークでした。
順心のサッカーを全くさせてもらえなかったです。
まりあの超絶クロスからのボレーシュートや、崩しからのシュート、直接フリーキック。
数多くのピンチがありました。
しかしGKのファインセーブなどでなんとか耐えました。
ハーフタイム、全く順心らしいサッカーをさせてもらえない中で、焦ったりピリピリしていた選手も中にはいたかもしれません。
夏までの自分たちだと、そのまま悪い雰囲気になっていたと思います。
ですが、この時の自分たちは、
まだいける、大丈夫 と
皆んなが思っていました。
先生からの指示を聞き、選手同士でも話し合いました。
そして良い雰囲気のまま後半に向かいました。
そして後半20分過ぎ。
右サイドからのクロス気味のシュートがそのまま入り、先制点を奪いました。
相手のほんの少しの隙を見逃さなかったあのゴールは、
またもやミラクルゴールでした。
(絶対あれもクロス。)
点が入った時のあの会場の盛り上がりは凄かった
あの瞬間に戻って欲しいです。
そこからの時間がまぁ長く、苦しい時間でしたが、
とにかく守れと全員必死に走りました。
そして笛が鳴りました。
その瞬間はよく覚えてませんが、とりあえず嬉しくて泣いてしまいました。
だって、皆んな駆けつけてくれたんです。
そりゃ涙も出ます
こんなにも嬉しいことがあって良いのかなと、
二年前の日本一とはまた違う感情がありました。
約5時間かけて、全校生徒、先生方が応援に来てくれたこの決勝。
観客数も約4000人と素晴らしい応援の中での優勝は、
ものすごく幸せで、忘れられない思い出の一つです。
本当に最高でした。
そして、忘れてはいけないのは仲間達への感謝
全員、本当によく頑張ってくれました。
怪我で苦しんだ選手もいました
悔しい思いを表に出さず、チームのことを考え行動してくれていた選手
人の見えない所で努力していた選手
最後まで仲間を信じて、応援してくれていた選手
あの夏から、最悪なチーム状況からひとつになって、
皆んなで壁をぶち破って乗り越えて日本一まで来れた
皆んなとじゃなければ、日本一は取れなかった。誰がなんと言おうと皆んなのおかげでした。
あれから数年経ちましたが、改めて言います!!
本当にありがとう!!!感謝でしかないよ
その年は、男子の静岡学園も選手権で優勝し、男女アベック優勝という良いニュースを静岡県にお届けできました。
静岡県の盛り上がりは凄かったです。
三年生での一年間は、楽しい事や嬉しい事はもちろんありましたが、
苦しい辛い思いの方が断然多かった一年でした。
でも三年生って、どこの学校の選手もそうなのかなとも思いました。
三年間で、全国優勝2回、準優勝1回、三位1回 と、
貴重な経験を何度も味わらせてもらいました。
入学時、ホームシックで泣いていた泣き虫野郎が
三年後、キャプテンとして日本一になりました
人生何が起こるかわからないけど、人は変われると思う。思いも考え方も変われます。
サッカーだけでなく、人としても成長できます。
高校三年間は人にとって大切な時間です。
決して戻りたいとは思わないけど、感謝しています。
卒業式、顧問の先生からある紙をいただきました。
その紙にはこの言葉がありました。
『人間万事塞翁が馬』
(人生は良いことも悪いことも予測できない)
当時はどういう事かわからなかったですが、
卒業してから数年経った今、ようやくこの言葉の意味がわかるような気がします。
人生何が起こるかわからない。
この先も、先生からもらったこの言葉を大切に毎日過ごしていこうと思います。
藤枝順心での三年間の様子はこんな感じでした
次は、同期の皆んなの事や、クラスメイトの事など、
三年間の学校生活を振り返ってみます!