洗濯場という名の戦場、の狼
またしても、会社の独身寮に住んでいた頃の話。
独身寮、いろいろな事件が起こってしまう。
「事件は会議室で起こってるんじゃない、
寮で起こってるんだ。」
今更ながら、こんなこと書いてしまいますよ。
いや、今だからこそ、書いてしまいますよ。
書かしてくださいよ、なるべくなら。
住んでいた寮は、水回りが共同になっていることは、
以前に書いたと思うが、共同なのである。
各フロアには、洗濯場があり、洗濯機が四台と、
乾燥機が八台備え付けられている。
ボクは、いつも、洗剤を入れた洗濯カゴに、
山のような洗濯物をぶち込んで、洗濯場に行く。
洗濯機に、洗濯物をいれ、洗剤を入れ、フタをして、
洗濯が終わるまでは、
洗濯カゴや洗剤は洗濯場に置いたままにして、
部屋に戻ってテレビなんぞを見ている。
それがボクのいつものやり方。
ある日、いつものごとく洗濯していた。
そろそろ洗濯機が止まる頃を見計らって、
洗濯場に行くと、同じフロアの住人が、
洗濯機にパンツやタオルといった洗濯物を放り込んでいた。
すべてを放り込んだ後、さあ、洗剤という段になったとき、
彼は、おもむろに、置きっぱなしにしていたボクの洗濯カゴから、
洗剤を取り出し、洗濯機に入れようとするではないですか。
何の断りもなく。しかも、おしゃれ着洗いのエマールを!
こともあろうに、エマールですよ。
普通の洗剤なら、いざ知らず、エマールですよ。エマール!
もう一回言っておきましょう、エマールですよ!
思わず、右手の握り拳に力が入り、その手を振り上げ、
バシコーンといってやろうかと思うも、
小動物をこよなく愛でるこのオレ様、
これくらいで怒り心頭してどうする、
穏便にいきましょうよ、と、心の中で憲法九条発令。
途中まで上がった右手をかろうじて下ろし、
見なかったことにして、
そのまんま、回れ右して部屋に帰っていった。
部屋に帰って間もなく、なんかしっくりこない。
どこか腑に落ちない。しばし逡巡する。
さっきの洗濯場の映像がフラッシュバック。
なぜだ?そうか!彼の洗濯物はパンツにタオル!
おしゃれ着じゃない!
おしゃれ着洗いのエマールを使う資格なし!!
ようやく、心の中のつっかえが取れたと同時に
またしても怒りがフツフツと湧き上がった。
「おしゃれ着じゃない、おしゃれ着じゃない、
おしゃれ着じゃない。」
「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ。」
あの時、碇シンジ君は逃げなかった。初号機に乗ったんだ。
そんなエヴァ風味に後押しされ、気がつけば、
足は再び洗濯場へ向かっていた。
しかし、そこには、もう、彼はいなかった。
ただただ、洗濯機がおしゃれ着じゃない洗濯物を
洗う音だけが響いていた。
エマールは、これでもか、というくらい、キメ細やかな泡を、
雲の国のような世界を洗濯機の中に産み出していた。
果たして、行き場をなくした怒りをどうしたらよいものか?
今、ボクにできること、それは何か?
そう、ボクの人差し指は、彼の洗濯物がクルクル回っている、
その洗濯機の一時停止ボタンを押していた。
ポチッとなと、タイムボカン育ち特有の効果音添えて、
一時停止ボタンを押してやった。
洗濯終わったかな?とやってきた彼のガッカリ感を思ったら、
しめしめの悪い笑顔になっていた。
なんだか、ひどく誇らしかった。われながら、よくできた。
よくできました。
自分で自分を誉めてあげよう。ボクの小さな復讐。
復讐するは我にあり。