「テクノロジーはIBM 経営は稲盛哲学」(前篇)
全国のビジネスパートナー様を担当しているチームだからこそお届けできるコンテンツ「社長のつぶやき」
今回は株式会社福岡情報ビジネスセンター 武藤元美様に寄稿いただきました。
米国IBMロチェスター研究所にて
<お名前>
武藤 元美 様
<ご経歴>
1961年 福岡県大牟田市生まれ 福岡大学人文学部卒
株式会社 福岡情報ビジネスセンター (FBI) 代表取締役
<ご趣味>
カヌー、登山、キャンプ、旧車のレストア
「百術は一誠に如かず 至誠の感ずるところ 天地もこれが為に動く」と高邁な言葉を掲げさせて頂いて会社の社是としております。また、経営理念は、「働くことを通して心を高め 全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に お客様の成功に全力を尽くし 社会が応援したくなる企業となる」と志高く言葉を並べさせていただいております。これは、経営をご指導いただいた稲盛和夫氏の言葉と、会社創立の原点であるIBM様からもらった言葉を重ねたものです。ついでに申しますと、私の人生のスローガンは、天台宗酒井雄哉大阿闍梨と雲門文偃禅僧の言葉を続けて「一日一生 日々是好日」 です。「人間は出逢うべき人には必ず逢える。一瞬遅からず一瞬早からず」の森信三先生の言葉を信じ、日々出逢う一期一会を大切にしなければならないと常に思っております。
毎週月曜日の朝にグループ全社の若手社員さんに、人間として正しい生き方や働き方をしようと、みんなで選んだ大切な言葉を綴ったフィロソフィ手帳の項目を読み聞かせのように朗読しております。全社員さんへフィロソフィ手帳の言葉を毎朝メールで送っているのですが、耳から学ぶことも大切だと思い朗読を始めました。
かつて、松下幸之助氏が『松下電器産業は製品をつくる前に、人をつくる会社です』と言われたように、あらためて、「企業は人づくり」だと思うのです。素直で、思いやりのある、美しい心で徳を積み、周囲を感動させる誠実な人づくりが大切です。その意味では企業というものは、生涯教育機関であり、会社は社員とお客様と共に心を高め、人格を磨く人生道場と考えています。
私たち中小企業の財産はひとり一人の社員さんです。まず心を整え、人間として正しい判断基準を血肉化して、その上にスキルを身に着けてもらうことで素晴らしいエンジニアとして成長を遂げてくれます。心を高める人格を磨くとはどういうことかと申しますと、次の方程式で表されます。
「人格=持って生まれた性格+人生で身につけてきた道徳や哲学」
持って生まれた性格は変えられません。しかし、それは残念ながら完璧ではありません。長所と共に短所を持ってこの世に生まれて参ります。生きていく中で、その短所を修練しながら、もがき苦しみながら道徳や哲学を身につけていくことになります。人格を高めるとはこのフィロソフィ(道徳や哲学)を身につけていくことに他なりません。生まれたときよりも美しい心に磨き上げることこそが、人生の目的と言っても過言ではありません。仕事を通じて出会った仲間やお客様が師となって、道徳や哲学を教えてくれますから、何事も絶対積極で率先垂範すれば、人格を高めるチャンスとなるのです。何事にも、『はい、喜んで!!』が人生を善きものにする魔法の言葉となるわけです。
社員さんに常に教えていることですが、「言葉」には人生を大きく左右する作用があります。
「人物とは言葉である。日頃どういう言葉を口にしているか、どういう言葉で人生をとらえ世界を観ているか。その言葉の量と質が人物を決定し、それにふさわしい運命を招来する」と中村天風さんが説いたように、人生にとって言葉とは非常に大切なものなのです。
経営理念に掲げている「全従業員を幸福にする」ためには、まずは善きことを思い善き言葉を発しなければなりません。常に明るく前向きに、夢と希望を抱いて、素直な心で言霊をのせて言葉を発することで、人の心の琴線に触れるのです。決して物事を否定的に見たり、批判ばかりしてはなりません。
稲盛和夫氏に教えてもらった人生や仕事の成功の方程式があります。
「人生(仕事)の結果=考え方×熱意×能力」
地味で能力がそんなに無いとしても、善き考え方で熱意をもって仕事を愚直に続けることで大きな結果を生みます。一方、素晴らしい才能に恵まれ、熱意があったとしても、考え方が利己的な悪い考え方であれば、大きなマイナスの結果となってしまうというものです。
人の心には煩悩がこびりついています。「貧(とん)」 「瞋(しん) 」「痴(ち) 」「慢(まん) 」 「疑(ぎ) 」「見(けん) 」の六つの煩悩を抱いてこの世に生まれてきます。「貧(とん)」とは、欲望のことで俺が俺がと貪欲なことです。「瞋(しん) 」とは、すぐにかっとなる怒りのことです。「痴(ち) 」とは、不平不満や愚痴を言うことです。「慢(まん) 」とは、慢心して傲慢なことです。「疑(ぎ) 」とは、何事も疑ってかかる疑心のことです。「見(けん) 」とは、邪に悪いように見る偏見のことです。これらの煩悩は生きていく上で何の役にも立ちません。
幸福を求めるならば、この中で最も強い三大煩悩である「貧・瞋・痴」を抑えなければなりません。日々努めて、この三毒を抑えることで、素直に周囲の幸福を願い、健やかで穏やかな人生をおくることができるのです。三毒を抑えるには、煩悩をむしり取るほどの凄まじい修行をするか、一生懸命に働くことで利他行に精進して、煩悩が悪さをしないように抑えなければなりません。働くということは、すなわち利他行ですから、利己を抑え、心を高める修行になるわけです。
後篇に続く