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生成AIは共創プロセスを強化するか?粘土をこねながら考えてみた

いつもIBM UX Communityの記事を読んでいただいている皆様、ありがとうございます!今回は生成AIとクリエイティブに着目した、少し実験的な取り組みの紹介をしてみます。


1. はじめに:AI と創造性に関する最新の研究動向

近年の研究によると、人工知能(AI)はクラフトやデザインにおける創造的プロセスを強化する可能性があると示唆されています。AIシステムは、多数のアイデアを生成することで発散的思考を、アイデアの選択を支援することで収束的思考をサポートできるようです(Griebel et al., 2020)。この技術は、協働、偶然の発見、創造的な内省を通じて個人の創造性を増強できるといいます(Main et al., 2022)。AIツールは、アーティストやデザイナーが認知的限界を克服し、新しいアプローチを触発し、斬新な方法で問題を解決するのに役立つ可能性があるのです(Elfa & Dawood, 2023)。

ある実験的な研究では、生成AIのアイデアにアクセスすることで、作家の創造性が向上し、特に創造性の低い個人において、より優れた文章と、より楽しめるストーリーが生み出されることが示されています。しかし、これにはトレードオフがあり、AI支援によるコンテンツは、純粋に人間が生成した作品と比較してより均質になる傾向があるようです(Doshi & Hauser, 2023)。

これらの研究成果を踏まえ、私たちは生成AIが共創プロセスをどのように強化できるかを実践的に検証するため(遊び半分ですが🙂)、粘土を用いたワークショップを企画しました。特に、2027年までに生成AIソリューションの40%を占めると予測される「マルチモーダル」について、創作活動に直接影響するいう点で注目しました。本記事では、そのワークショップの詳細と得られた知見についてご紹介します。

2. ワークショップの概要と目的

2024年版のワークショップは、生成AIを活用して共創プロセスを強化する試みを特徴としています。ちなみに、この企画は昨年度の粘土ワークショップの発展版として開催しました。

昨年の目的は以下の2点でした。

  1. 造形を通じて、コンセプト実際の形状とを行き来しながら形を作り上げる経験をする

  2. 無心に何かを作る時間を通じてチームビルディングする

一方、今年は「生成AIが共創プロセスを強化するか」を考えるための実験的な取り組みとして、デザイナー中心に少人数で実施しました。

粘土を使用する利点

  1. 非日常的な体験
    デジタル以外の創作活動として、癒しにもなる

  2. 触覚的・視覚的フィードバック
    頭の中の考えを形に表す際に効果的な方法(参照:「Generative Design Research」)

  3. 人間の主体性
    不便益の考え方にあるような、人が操作する余地や時間をかけることで得られる工夫や主体性を感じられる

これらの利点は、昨年のワークショップのフィードバックから得た内容をもとに、整理したものです。

3. ワークショップの流れ

基本的な進め方は、3人1チームで一緒に完成品を作る、です。もう少し丁寧に説明すると、各チームごとに設定したテーマに対して、一つの粘土を一人ずつ順番に回しながら造形して、最終的に全員の意思が反映されて、形が少しずつ変えたり、整えたりした完成品が出来上がります。
 この方法には、共創のプロセスを明示するという目的があります。3人の役割分担は以下の通りです。

  • 1人目
    テーマに沿って形を作り始めます。大きな方針を担う重要な役回り。

  • 2人目
    粘土を撮影し、生成AIに解釈させ、変化のアイデアを得ます。

    • 1人目の作品を撮影し、PC等に取り込み、生成AIに入力として渡す

    • 造形の意図をテーマと照らし合わせて解釈する

    • 粘土に変化を加えるアイデアを出力する

    • そのアイデアをベースに画像生成する

    • 生成された画像を参考に実際の粘土を変形する

  • 3人目
    最終的な仕上げを行います。要素を付け加えたり、思い切って削ったり、模様やテクスチャを施したりして完成に向かいます。

この画像は、ワークショップの進行表や時間割を示す表です。項目、内容、所要時間の3列からなり、イントロダクションからクールダウンまでの10項目が記載されています。各項目の内容と所要時間が詳細に示されており、ワークショップ全体の流れが把握できるようになっています。
ワークショップのアジェンダ
この画像は三角形の図で、3つの円形ノードと1つの雲形ノードで構成されています。ノードには「1人目=人間」「2人目=生成AI」「3人目=人間」「粘土」とラベル付けされています。ノード間は実線と破線の矢印で接続されており、人間、AI、粘土の関係性を示しています。
3人1チームでの制作プロセス

4. デザイン思考のプロセスとの対応

この粘土をこねながら完成を目指すという一連のプログラムは、弊社が推進するエンタープライズ・デザイン・シンキングの流れと以下のように対応しています。

  • 観察(Observe)
    他者の造形を理解し、受け入れる

  • 考察(Reflect)
    テーマに沿って表現すべきことを考え、新しい要素の追加や変形の可能性を探る

  • 創造(Make)
    実際に粘土で形にする

この画像は無限大記号(∞)の形をした黒いシンボルを示しています。シンボルの左端、中央、右端に小さな白い円があります。シンボルの下には左から順に「Observe」「Reflect」「Make」という3つの単語が配置されています。これは観察、振り返り、制作の循環的なプロセスを表現しているようです。
3つの原則で構成されるLoopのフレームワーク

この対応関係がベースにあるため、非デザイナーのお客様と一緒にアクティビティする前の準備体操としても有効に活用できます。

5. 生成AIの活用場面

生成AIを活用したステップは以下の3箇所です。

  1. テーマ決め
    多様なアイデアを生成し、アクティビティのギアを上げます。今回は「〇〇な」「××」という具合に、2つのキーワードの組み合わせでテーマを設定しました。

  2. コンセプト立案
    テーマの解釈と造形要素を探索します。キーワードを生成AIに解釈させ、共感する解釈を深掘りしたり、別の切り口を探索したり、形状のアイデアになる表現方法などを列挙しました。

  3. 制作二巡目
    画像を読み取り、変形の意向をテキストで生成します。マルチモーダルに入力し、出力では画像生成とテキスト解釈を組み合わせました。

この画像は2つのマインドマップを含む暗い背景の図です。上部のマップは「方程式」を中心に、数学に関する様々な概念や主張が放射状に広がっています。下部のマップは「むずむずする」を中心に、形状や動きに関する様々な特徴が描かれています。両マップの周囲には黄色の付箋が4つあり、「規則性」「答えは一つ」「分かりそうで、分からない」「気持ち悪いと気持ち悪くないの中間くらい」と書かれています。これらのマップと付箋は、概念や感覚の複雑な関係性を視覚化しています。
マインドマップから自分たちの解釈を整理するチームの途中経過
この画像はチャットアプリケーションの画面のスクリーンショットです。上部に紫色の「K」アイコンを持つユーザーが「肋骨でメタモルフォーゼを感じたいです。何かアイデアはありませんか?」と質問しています。下部には長い返信メッセージがあり、肋骨とメタモルフォーゼを組み合わせたアートのアイデアが4つ列挙されています。各アイデアには詳細な説明が付いています。背景は薄いベージュ色で、メッセージは白い吹き出しの中に表示されています。
生成AIとの対話を深めながらアイデアを掘り下げるチームの途中経過
この画像は、ベージュ色の複雑な抽象的な3D彫刻を示しています。彫刻は垂れ下がった不規則な形状と積み重なった層で構成され、曲線や穴、球体などの要素が混在しています。画像の下には説明文があり、この作品が「急いだ」と「気配」のテーマを表現していると述べています。画像の左上にはロゴがあり、下部には音声、共有、いいね、よくないねのアイコンが表示されています。
2人目の制作のヒントになる形状を画像生成するチームの途中経過

使用したツールは、Chat GPTとDall-Eの組み合わせや、Claude、最近マルチモーダル入力が実行できるようになった弊社のwatsonx.ai、マインドマップの生成などが可能なFigJam、Adobe Fireflyなどで、それぞれ慣れたソフトを使いながら制作を進めました。

この画像は3つの列からなる表を示しています。各列の上部には薄紫色の背景に「チームA」「チームB」「チームC」と書かれています。その下には黄色の背景に、それぞれのチームのテーマが記載されています。チームAは「急いた + 気配」、チームBは「むずむずする + 方程式」、チームCは「柔軟な + 骨格」となっています。背景は灰色のドット模様です。
各チームは、「怠けた 気配」「むずむずする 方程式」「柔軟な 骨格」というテーマを設定して、制作に取り組みました。

6. ワークショップの結果

各チームが制作した作品は次のようになりました。それぞれ少しずつ異なるプロセスでしたが、思考のヒントになる切り口をたくさん出力したり、気になったり琴線に触れたりするキーワードを深掘りするという流れが見られました。

この画像は、ビニールシートで覆われたテーブルの上に置かれた灰色の粘土の彫刻作品を示しています。彫刻は複雑な形状で、丸みを帯びた部分と細長い部分が混在しており、テーブルの端からはみ出して垂れ下がっています。周囲には粘土の小さな塊も見られます。全体的に制作途中の作品のような印象を与えています。
「怠けた 気配」
  • 「怠けた 気配」
    解釈:垂れ下がった、不規則、崩れかけた、予兆、空気
    形状のアイデア:ミルフィーユ状の積み重なり、垂れ下がったライン

この画像は、ビニールシートで覆われたテーブルの上に置かれた灰色の粘土で作られた彫刻作品を示しています。彫刻は円形の曲線が複雑に絡み合った上部と、それを支える不規則な形の台座から構成されています。背景には部分的にノートパソコンが見えます。作品の隣にはバーコードのような細長い物体が置かれています。全体的に、アート制作の途中段階を捉えた様子が伺えます。
「むずむずする 方程式」
  • 「むずむずする 方程式」
    解釈:分かりそうで分からない、気持ち悪さと気持ち良さの中間
    形状のアイデア:規則性のある形状と不規則な要素の組み合わせ、歴史があって美しく整然とした構造

この画像は、ビニールシートで覆われた木製テーブルの上に置かれた灰色の粘土の彫刻作品を示しています。彫刻は複雑に絡み合った曲線や塊から成り、中央に向かって渦を巻くような形状をしています。テーブルの右上には、粘土の球体がいくつか積み重ねられています。全体的に、粘土を使った芸術作品の制作過程を捉えた様子が伺えます。
「柔軟な 骨格」
  • 「柔軟な 骨格」
    解釈:メタモルフォーゼ(変態・変身)
    形状のアイデア:肋骨から楽器への変形、原始的で欲望を喚起する形状

7. 参加者の体験と気づき

今回の実験から得られた主な気づきは以下の2点です。

  1. 創造性/思考回数の限界突破
    生成AIとの対話を通じて、「あーでもない、こーでもない」という思考実験を繰り返し、アイデアの探求を素早く行うことができました。これにより、参加者は自分の考えをより早くアジャストし、新たな発想に到達できたようです。また同時に、このキャズムを超える感覚あるいは意味のシステムから飛び出す瞬間こそがクリエイティブの醍醐味であることも改めて感じました。(参照:生成AIの本質的価値その1

  2. コラボレーションの促進
    生成AIが提示する多様なキーワードをきっかけに、参加者間で創造的対話(『問いのデザイン』)が生まれました。人間が順番に話す間もなく一瞬にしていくつものキーワードが生成され、それをもとに自分の解釈や経験を話し合うことで、相互理解が深まる体験が得られました。

8. 前回のワークショップとの比較

去年のワークショップと比較して、今回は完成度が高まったように感じられました。生成AIが様々なアイデアを素早く提供することで、参加者の思考が促進され、造形に多くの時間を割けたと考えられます。各チームの作品制作にかける手数が多く、より詳細な造形が可能になりました。
ただし、去年参加したメンバーも多く、ワークショップの勝手が分かっていたり、生成AIも使い慣れてたりといった要素も加味しての結果だったとも考えられます。ここは色んな参加者のパターンで試してみたいところです。

9. 生成AIがもたらす新たな創造性

  1. アイデア生成のスピード<量
    生成AIは短時間で多くのアイデアを提供し、共創の場を活性化させます。テーマ決めの際には、AIが提案する多様な組み合わせが、参加者の発想を刺激しました。もちろんテーマや方向性が早く決まるという点はありますが、その場の意思決定を促すだけの量が生成されることが価値だと考えました。たくさんのアイデアから良質なものを選んだり、ディレクションしたりしながら、最終的には人間自身が面白いものをつくっていく楽しさを底上げしてくれるような役割としての生成AIに期待します。

  2. アクターとしての生成AI
    対話を促進し、ディスカッションを推進する役割を果たします。2人目の参加者が生成AIと対話する過程で、他の参加者も新たな視点を得ることができました。マルチモーダルに入出力ができることで、より直感的に思考プロセスに参加できる余地を実感しました。また、単純に何もないところから話し始めるのって何気に勇気がいるので、とりあえず何か話してくれる存在としての生成AIは思った以上に頼りになりそうです。

  3. 超知性」との協働
    エージェント同士が対話をし、意思決定するようなレベルにおいては、より創造的な協働が可能になると予想されます。そうなると、例えばHumane AI Pin(時代が早すぎて?苦戦しているようですが😅)のようなデバイスを使用することで、より自然な形でAIとの対話が可能になるかもしれません。映画『her』でイメージされるようなユーザー体験に関して、プログラムを書く人たちは同じような使い方(MobAI)をしているかもしれませんが、身体性を伴うアクティビティでも似た感覚を味わった気がします。

10. さいごに

本ワークショップを通じて、生成AIを活用することで生まれる新たな創造のプロセスとその可能性を体験することができました。粘土という物理的な媒体と生成AIという最新技術を組み合わせることで、参加者は従来とは異なる創造プロセスを経験しました。

今後も、人間の創造性とAIの能力をどのように融合させる可能性があり得るか、継続的に探求していきたいと考えています。生成AIは私たちの創造プロセスを強化する強力なツールとなるポテンシャルを秘めていますが、それを最大限に活用するためには、人間の直感や経験、そして倫理観が不可欠です。このワークショップに興味を持った方は、ぜひ一緒にAIとの効果的な協働方法をさらに探求していきましょう!

今回、言及できていないこと:
ここまで生成AIや人工知能の利用を前提に、肯定的な視点で記事を書いてきましたが、これらのツールが抱える問題点 —消費電力量の肥大化著作権侵害学習データの偏りディープフェイク人間を狙う爆撃システム— は、いくつも指摘されています。
これらの課題に対して、様々な対策 —低消費電力コンピューターチップの開発LLM(大規模言語モデル)のオープンソース化少数話者の言語を取り込んだツール開発言語や文化の保存する取り組みディープフェイクを見抜くソフトウェアなど偽・誤情報を検知するICTツールの開発— が進められています。
技術を礼賛するだけでなく、こうした負の側面にも十分に留意する必要があります。AIの発展がもたらす恩恵と同時に、その影響を慎重に考慮し、適切な対策を講じることが重要です。

ワークショップの企画と記事執筆はオガタが担当しました!
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記事のスキ❤️をお忘れなく!よろしくお願いします。

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  • Griebel et al., 2020. AUGMENTED CREATIVITY: LEVERAGING ARTIFICIAL INTELLIGENCE FOR IDEA GENERATION IN THE CREATIVE SPHERE. ECIS 2020 Research-in-Progress Papers, 77.

  • Main et al., 2022. Augmenting Personal Creativity with Artificial Intelligence: Workshop proposal for Creativity and Cognition 2022. C&C '22: Proceedings of the 14th Conference on Creativity and Cognition, 462-465.

  • Elfa & Dawood, 2023. Using Artificial Intelligence for enhancing Human Creativity. Journal of Art Design and Music 2(2):106-120.

  • Doshi & Hauser, 2023. Generative artificial intelligence enhances creativity but reduces the diversity of novel content. Science Advances, 10(28):eadn5290.