No.4_株式会社富士パッキング工業所
はじめに
私たちの暮らしのなかで、当たり前のように使われている密閉容器や水道やガスが漏れないこと、エアバッグが正確に作動すること、家電や建材から熱や冷気、危険物が漏れ出さないこと――これらはすべて、パッキンのおかげです。小さな隙間を埋めながら、安全で快適な生活を支えてくれています。株式会社富士パッキング工業所は、幅広い素材と高度な技術を駆使して、こうしたパッキンや断熱材、防音材の製造からプロデュースまで手掛ける専門企業です。今回は、代表取締役の古家嘉人さんに、これまでのものづくりの歩みと今後の展望についてお話を伺いました。
どんな会社ですか?
当社は1963年に私の父が行商でパッキンを販売するところから始まりました。その後、1970年にパッキンの製造会社として独立し、徐々に事業を拡大して大手メーカーと直接取引を行うようになりました。当時開発された電子レンジの部品の製造にも携わり、パッキンの製造技術を基盤にインシュレーター(絶縁材)や断熱材といった新たな分野に挑戦し、業界に先駆けて多様な製品ラインを開拓してきた歴史があります。
ゴムやスポンジ、プラスチックなど、さまざまな硬さや厚みの素材を特殊な機械で自由自在に切り抜く高精度な加工技術を駆使して、パッキンやインシュレーター(絶縁材)、断熱材、防音材などを製造しています。端的にいえば、「切る」と「抜く」という技術を使ってものづくりをしています。お客様から、「気体、液体の漏れを止めたい、電気を絶縁をしたい、熱や音・振動を防ぎたい」という相談に応じて、素材の選定、製造から加工までのコーディネート業務を行い、最適な製品づくりを提供しています。
日頃どんなものを作っていますか?
さまざまな家電や精密機械のパーツなどを作っています。例えば、エネファームのパッキン・防音・断熱材、サッシやドアの遮炎材、ブレーキパットの断熱材、自動車のエアバッグに使われる火薬の緩衝材。身近なところでは、保護フィルムや組み立て式のプラ容器などに使用されています。切り抜くところと抜かずに折り線をつけて曲げるところが入り混じったような複雑な加工を得意としています。使っている機械も、こういった幅広いニーズに対応できるようにさまざまなものがあります。例えばゴムやスポンジなど柔らかい素材を抜くための「トムソン」や、硬いプラスチックなどを加工するための「プレス」、型を使わず材料を切って抜くことができる「カッティングプロッター」などがあり中でも、弊社独自に開発した「カッティングプロッター」は、ノコギリやドリルとカッターを3軸搭載して、硬い材料柔らかい材料、厚い材料薄い材料を複雑な形状の加工ができるのが特徴です。トムソンも横幅1300mmの大型機械を持つ会社は少ないので、小さなものから比較的大型のものまで対応できるのが強みです。
弊社のものづくりの特徴として、多い時で1日200種類ぐらいの製品を作っており、作ったらすぐ出荷できるように配送に合わせて2時間刻みで製造、納品しています。型の保管は約4万点以上になります。その分類と保管にも効率を追求して独自の管理システムを開発し、外部向けに販売も行なっています。
これまでに経験した大きな困難やターニングポイントはありますか?
90年代のバブル崩壊を経て、2000年にかけて業績は右肩下がりでした。私が社長になった2003年頃までどん底で、毎月毎月赤字が続いて怖かったですし、非常に苦しい時期を経験しました。その時に会社を支えてくれていたベテランの従業員に退いていただくなど、社内の合理化や事業改革を進めることで、だんだん利益が出るようになりましたが苦渋の決断をしたことで「会社は何のためにあるのか」ということを考えました。渋沢栄一の本や、伊那食品工業 塚越寛会長の『いい会社をつくりましょう』など、いろいろな本を読み漁って、私たちにとって理想の会社とは何かを模索しました。そしてやはり会社は従業員のためにあるんだなと思いました。どんなに辛くてもリストラをせずに耐えて、周りの人が幸せになってくれることが自分の幸せ、という思いでやってきました。
大切にしていることはなんですか?
このときの困難を経験して「利他心」が大切だと学びました。従業員が働きやすい環境で、自信を持って取り組んだ仕事で喜びを感じてもらえるのが一番嬉しいです。その一環として「多能工」の育成に力を入れています。専門性に特化するのではなく、どんな仕事が来てもこなせるように幅広いスキルを習得してもらうことで、教える側、教わる側の双方に学びがあります。同様にお客様にも「利他心」で接して、どんな小さなご依頼にも誠意をもって対応し、信頼されるように努めています。あるメーカーから他社では断れた難しいご依頼を受けて作ったものが採用され、他のメーカーさんでも使っていただけるようになり、普及していたときは嬉しかったですね。
今後の課題や、挑戦したいことはありますか
今は、この10月にオープン予定で準備を進めている「be on(美音)sound」のラボ完成に力を注いでいます。これまで培ってきた防音・断熱の知見と私の趣味でもある自動車を組み合わせて、車両の静音消音に特化した製品の研究開発をするために立ち上げたブランドです。ラボの構想は約3年前から計画していたのですが、コロナ禍だったこともありこの度、無事に補助金の採択がとれ、新事業に着手することができました。
長年私の車を触ってくれていた整備士さんがオーディオマニアだったので、こんな事業を考えているんだけど一緒にやってみないかと声をかけると、嬉しいことに弊社の一員になってくれました。防音機能を搭載したクラシックカーのリペアパーツを製造したり、デッドニングの技術を駆使して高音質のカーオーディオ開発を行なっています。
今後は弊社が今まで培ってきたノウハウを活かし、もっと車内の快適さを追求して「音楽を聴くための車」のプロデュースができたらと思っています。ラボの本棚には、車好き仲間から譲り受けた創刊号からの『CAR GRAPHIC』を一揃い納めて、車好きの夢が詰まった空間になりました。私が一番オープンを楽しみにしているかもしれません。
うちの会社は離職率がほぼゼロで、社員同士もとても仲が良く、時には屋外でバーベキューを楽しむこともあります。子どもがいても働きやすい環境だと思っていますので、今後はもっと育児中や子育てを終えた地域の女性たちにも働いてほしいと考えています。彼女たちの豊富な経験や独自の視点が、地域や会社の活性化につながると期待していますし、働く姿を通じて子どもたちがものづくりや仕事に興味を持つきっかけになれば嬉しいです。
ライターが感じた富士パッキング工業所さんの魅力
保護フィルムなど、日頃何気なく目にする物が目の前で作られている様子を見て、改めて「どんなものでも人の手が関わっているんだ」と実感しました。多種多様な製品を、秒刻みのスケジュールで作り上げる超多忙な現場でありながら、社長の柔らかい物腰のおかげかじっくり落ち着いて見学することができました。膨大な型が整然と並ぶ棚は、まるで標本室のように美しく、工場内にものづくりの芸術が詰まっていました。特に「be on(美音) sound」のラボは、趣味と仕事が一体化したワクワクする空間で、オープンカンパニーの大きな見どころのひとつになるのではないでしょうか。音が全方位から包み込む臨場感のあるサウンドが楽しめて、ずっと聴いていたくなるほど素敵な時間を過ごせました。
企業情報
運営・制作