見出し画像

警護業務におけるディフェンス(Defense)

世界で最も古く、最も大きな民間要人警護組織“IBA(International Bodyguard Association: 国際ボディーガード協会)”では、ボディーガードの業務を次のように定義しています。

“Bodyguards takes responsibility for another person’s defense
(ボディーガードとは、他の人ディフェンス(防御)に関する責任を担う業務である。)

ここでいう「他の人」とはもちろんプリンシパル(Principal: 警備対象者)のことを指します。そして、具体的な警護手法にも繋がる「ディフェンス(防御)」については、さらに詳しく次のように定義しています。

Coping with Threat in the Environments
(その環境における脅威への対策を行うこと)


① 環境 (Environments)

ディフェンス(防御)の定義に出てくる「環境(Environments)」とは、プリンシパルがそのライフスタイルの中で過ごす具体的な4つの環境(場所)を意味します。

画像1

“HOME”とは、プリンシパルが普段生活する自宅や、旅行などで滞在するホテルなどの“居住場所”全般を指します。

“WORK”とは、プリンシパルが働く職場や場所を意味し、プリンシパルが学生の場合は学校などもこれにあたります。

“LEASURE”とは、遊びに出かける“レジャー”も含みますが、もう少し広義で、仕事以外で行う社会活動すべてが含まれます。仕事後に立ち寄る居酒屋,日曜日に出かけるゴルフ,家族と出かける行楽地,スポーツジムやボランティア活動,趣味の習い事などがすべてこの“LEASURE”に含まれます。

“HOME” “WORK” “LEASURE”の3つの環境が、固定されたロケーション、つまり「点」であるのに対し、4つめの“TRAVEL”は、「旅行」という意味ではなく、“移動”全般を意味し、3つの点を結ぶ「線」を表します。

プリンシパル(正確にはプリンシパルだけでなくすべての人々がそうですが…)の生活は、これら“3つの点”“1つの線”である“4つの環境”で構成されています。
ボディーガードは警護業務に入る前に、プリンシパルのライフスタイルに関する様々な情報の収集を行いますが、この段階で、そのプリンシパルがどのような環境で過ごすのか、どのような環境を訪問するのか、などの情報を集め、それぞれの環境における“脅威”を分析していきます。


② 脅威 (Threat)

警護業務では、起こりうる脅威(危険)をより具体化し、適した対策を行うため、大きく2つに分類してそれぞれを細かく分析します。

■スレット (Threat)
スレットとは、どのような脅威であるのかが特定できる、ある程度明確な脅威・危険のことを指します。既に存在している、または過去に存在し現在も継続している、近い将来起こる可能性が高い脅威などを意味し、より具体的なセキュリティの対策を必要とする脅威です。

■リスク (Risk)
リスクとは、スレットとは異なり、現時点ではまだ特定することができない、未知の脅威・危険のことを指します。一般的に誰にでも起こりうる脅威・危険が含まれ、小さいものであれば、「躓いて転倒する危険」や「風邪をひく危険」などがあり、大きいものであれば、「地震で怪我をする」「津波に巻き込まれる」「交通事故にあう」などの危険があります。これらの危険は、誰にでも起こりうるもので、当然プリンシパルにも起こりうる危険です。ボディーガードは、リスクへの対策も備えておく必要があります。

プリンシパルに起こりうる危険には、スレットと想定される脅威があるのか、それともリスク程度の脅威なのか、を正しく分析し、それぞれの脅威に適する“対策”を考案していきます。


③ 対策 (Coping)

警護業務における脅威への対策は、大きく3つあります。

■Avoid
アヴォイド(Avoid)という英単語には、「拒否する」「嫌がる」という意味がありますが、警護業務では、危険の発生を拒否する・嫌がる、つまり「危険を未然に防ぐ」ことを意味します。
脅威への対策でまず最初に行うべきことが、「危険を未然に防ぐ努力」です。一度その脅威が発生してしまうと、100%プリンシパルを護ることは不可能です。そのため、脅威が発生してから対処するのではなく、その脅威が発生する前にその発生自体を防ごうというのが、Avoidという第1の対策です。

■Escape
エスケープ(Escape)は、「逃げる」という意味がありますが、警護業務では、「危険から遠ざかる」「危険との距離を取る」ことを意味します。ボディーガードは、起こりうるすべての脅威に対し、まずはAvoidの対策によって未然に防ぐ努力をしますが、世の中に100%(完璧)というものは存在しませんので、どんなにボディーガードがAvoidの努力をしても、どうしても発生してしまう危険が存在します。そのような危険が発生してしまった時に、第2の対策として行うのが、Escapeです。プリンシパルと脅威との間に、物理的な距離を取ること、または時間的な距離を取ることを目的とし、いち早くプリンシパルを護る行動を取ります。

■Confront
コンフロント(Confront)には、「立ち向かう」という意味があります。Avoidにより、脅威が発生しないよう未然に防ぐ努力をしたものの、発生してしまった脅威に対し、Escapeの努力を行うのですが、どうしてもそのままではEscapeできないような状況に陥ってしまった時に、第3の対策・最後の手段として選択するのが、このConfrontです。この段階で初めてボディーガードは、脅威者(攻撃者)に対し積極的な行動を取ります。格闘や射撃など、相手に怪我を負わせる可能性のある行動もここに含まれますが、注意しなくてはならないのが、このConfront行動は、あくまでも脅威からプリンシパルを遠ざける(Escapeする)ことを目的としたものであって、決して相手を傷つけることや、逮捕すること、無力化することを目的としていません。このことを、頭だけでなく、身体にもしっかりと覚えさせておかなくてはなりません。このような状況に陥った際に、格闘家や元軍人などは、脅威者を倒そうとします。元警察官などは、脅威者を取り押さえようとします。ボディーガードの行動目的は、常に、「プリンシパルを安全な状態に置くこと」であり、悪い人間を倒したり、逮捕したりすることではありません。極論を言えば、脅威者がその後、生きていようが、逃げようが、ボディーガードには何の関係もありません。「プリンシパルが安全な状態になる」ことがすべてであり、闘うこと・立ち向かうことは、あくまでのその目的を達成するための“手段”でしかありません。過去には、この“手段”“目的”を履き違えたボディーガードが起こした、大きな事件がいくつもあります。自分自身が強くなりたい人,悪い人を倒したい・取り押さえたい人,闘うのが好きな人に、ボディーガードの仕事は向きません。

ボディーガードとは、“護る仕事”なのです。

護るべき人物がどのような環境に置かれるのかを知り、各環境における脅威を想定し、それらの脅威に対して的確な対策を行うこと。これがディフェンス(防御)であり、プリンシパルのディフェンスへの責任を担うのが、ボディーガードの役割なのです。


次回は、『警備業務手順4ステージ』について紹介します。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?