見出し画像

セキュリティ最大の敵

セキュリティの教育訓練では世界的に群を抜いている、イスラエルでの要人警護訓練を受けていた時、訓練終盤で、訓練生たちにインストラクターから一つの質問が投げかけられました。

「セキュリティ(警備業務)において、最大の敵は何だと思う?」

既に現地で様々な教育訓練を受けてきた訓練生たちは、いわゆる素人の方々が答えるような、「襲撃」「待ち伏せ」「監視」などといった外部からの力(Outsider)ではなく、「危機意識の無さ」「警戒心の低下」「観察力の低下」「集中力の低下」などといった、ボディーガード自身や警護チーム内部に発生しうる問題点(Insider)をいくつか挙げました。

「それらは確かに大きな問題ではあるが、それは結果的に発生した事案であって、問題の原因や要因となる“最大の敵”ではない。」

とインストラクターは言いました。そして、次のように続けました。

「セキュリティ最大の敵は、“ルーティーン”だ。」

“ルーティーン(Routine)”とは、いわゆる“行動パターン”のことです。
人間が生きていく時、人は少なからず行動のパターン、“ルーティーン”を持ちます。朝起きる時間,家を出る時間,移動手段,いつも通る道,会社で座る席など、挙げたらキリがないくらい、人の生活はルーティーンであふれています。この“ルーティーン”がなぜ、セキュリティ(警備・警護)業務において“最大の敵”となりうるのか、訓練生たちはキョトンとしました。

「きみたちはこれまで、身辺警護・要人警護業務を行うのに必要な知識やスキルを、ここで学び、習得し、一人前のボディーガードとなった。恐らくこれから、プロとしての高い意識をもって、現場で任務にあたることと思う。しかし、きみたちのように訓練されたプロのボディーガードでさえ、高いプロ意識をもって任務にあたっていてもなお、取り返しのつかない重大なミスを犯すことがある。その要因となるのが“ルーティーン”だ。」

インストラクターは続けます。

「訓練されたプロのボディーガードが、高い意識をもってしっかりと任務をこなしている時ほど、何も問題は起こらない。最初のうちは、この『問題が起こらない』のは、自分たちがしっかりと任務をこなしているからだと考える。しかし、そのような日々が、1週間・1ヶ月・1年と続くと、人は次第に、『これまで何も起こらなかったのだから、きっと今日も何も起こらないだろう』という“心のルーティーン”に囚われてしまう。これまで何も問題が起こらなかったのは、自分たちがしっかりとした仕事をしてきた結果であるにも関わらず、何も起こらない状況が長く続くと、人は、『これまで何もなかったのだから』という何の根拠にもならない理由を基に、『今日もきっと何も起こらないだろう』と楽観的に考えるようになる。そして、危機意識が薄れ、警戒心が落ち、観察力が衰え、集中力もなくなる。相手(敵や脅威)は、その瞬間を待っている。まさにその時が、最高の攻撃タイミングなのだ。セキュリティ最大の敵は、しっかりとした仕事をすればするほど我々の心の中に発生しうる、“心のルーティーン”なんだ。」

警備・警護上の問題は、ボディーガードの“怠慢”によって起こるものだと考えていた訓練生にとって、この言葉は衝撃的でした。任務をしっかりとこなせばこなすほど、ミスが発生する可能性が出てきてしまう…。

世界には、必要な知識やスキルを持たず、体力や体格,格闘経験や軍隊・警察経験だけで、自身を“ボディーガード”と称している人たちがたくさんいます。彼らのような“見せかけだけのボディーガード”は当然論外ですが、「しっかりとした専門教育訓練を受け、必要な知識とスキルを持った“本物のボディーガード”でさえ、ミスを犯すことがある。」というこの指導は、訓練を終えて20年近くたった今でも、心の奥に刻まれています。

訓練期間中、同じインストラクターに、次のようなことを伝えたことがありました。

「諸外国に比べて犯罪やテロが少ない日本では、人々が平和ボケしてしまっており、警備会社や警察・軍隊で働く人たちですら、危機意識の欠如が見られます。毎日が平和に過ぎていくので、彼らは『何かが起こるかもしれない』という意識を持たないのです。」

この時、インストラクターはこう答えてくれました。

「『一昨日は何も起こらなかった』『昨日も何も起こらなかった』『だから今日も何も起こらない』と考えるのは、護る側の、根拠のない“楽観的”かつ“主観的”な脅威の評価だ。常に、相手(敵や脅威)の立場で考えなさい。『一昨日何も起こらなかった』ということは、相手はその一日を使って、しっかりと攻撃の準備をしていた可能性がある。『昨日も何も起こらなかった』ということは、相手はさらにしっかりと、二日分の攻撃準備を整えてきている可能性がある、ということだ。これまで日本で大きな犯罪やテロが起きていないということはつまり、今日それが起きたら、イスラエルなどで起こるテロ行為よりも、さらに甚大な被害をもたらす大きな攻撃になる可能性がある、ということだ。セキュリティのプロであれば、『何も起こらなかった』という事実を楽観視するのではなく、『それだけ相手が入念な準備をしている可能性がある』と考えるべきだ。」

人々の生命や財産,生活を護る警備業務では、当然、そのために必要な知識やスキル(技術)があります。プロとして働くのであれば、これらを習得するための努力は必ず必要です。しかし、その知識と技術を習得してもなお、油断せず、自身が犯しうるエラーを認識し、常に相手(敵や脅威)の視点で物事を見る姿勢が、セキュリティには求められるのです。


第2章【身辺警護・要人警護の基礎知識】はこれで終了となります。
次回からは第3章身辺警護・要人警護の実践】に入ります。


イスラエルでの訓練風景
画像1



いいなと思ったら応援しよう!