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公的ボディーガードと民間ボディーガード

公的機関で公務員として警護業務に従事するのと、民間で警護業務に従事するのとでは、いくつか異なる点があります。その違いを紹介しましょう。

1. 身元の保証

これは、どちらかと言えば、ボディーガード自身のことではなく、警護を依頼するクライアント(依頼者:Client)やプリンシパル(警備対象者:Principal)側にとっての違いです。
日本の民間警備会社には、アルバイトや日雇い労働者を含む多くの警備員が、日々警備業務に従事しています。多くの警備会社は常に人手不足なため、警備業法で定められている身元確認だけで、警備員として人を雇い入れてしまいます。日本の警備業法という法令には、警備員として警備業務に従事する人物には、法令で定められた書類(身分証明書や医師の診断書など)を提出する義務があります。しっかりとした警備会社であれば、これらの書類審査のほかに、面接や適性検査,さらにしっかりとした身元調査などを行ってから、この人物を警備員として受け入れますが、人手不足が深刻な警備会社では、書類に問題がなければ、すぐに警備員として受け入れてしまうところも少なくありません。警備業法では、禁固刑以上の刑罰を受けた者は、刑の終了から5年間は警備員になることが認められていません。しかし日本では、容易に個人のクリミナル・レコード(犯罪歴情報:Criminal Record)を入手することができず、本人の自己申告に頼るところも多いです。つまり、民間で警備業務に従事している人たちについては、ボディーガードも含め、身元がはっきりしない(しっかりと身元調査されていない)人たちも多いということです。
これに対し、公的機関で警備業務に就くためには、公務員試験を受け、警察学校などを経てから業務に従事することになるため、民間よりも身辺調査がしっかりとされており、身元については信頼できるボディーガードが警護にあたります。警備業務において“信頼”はとても重要な要素であるため、この“信頼”を売りにするため、元警察官や元自衛官など、元公務員を多く雇って警備を行う民間警備会社も多く存在します。

2. 警備対象者

公的機関での警護業務については、法令等でその警備対象が指定されていることが多く、皇族や各大臣,衆参両議長,海外からの国賓などが警備対象となります。このため、海外から来日するカンパニー・エグゼクティブ(企業要人:Company Executive)や、ハリウッドスターなどのセレブリティ(著名人:Celebrity)などを警護することはほとんどなく、これらの警備対象には民間のボディーガードが警護にあたります。一般の人がストーカーやDVの被害等にあった際も、警察SPが警護につくことはほとんどなく、民間のボディーガードが警護につきます。

3. 警備体制

公的機関での警護業務はチームで行動することが多く、多い時は100名以上の体制で警護を行うこともあります。米国大統領を警護するUSSS(米国シークレットサービス:United States Secret Service)は、大統領の安全を確保するため、USSSのみで警護するのではなく、捜査機関や諜報機関,軍隊や地元警察なども巻き込んで、大統領の警護にあたります。こうなると警備規模は相当で、大統領が移動するのに1000人以上の関係者が警備にあたることになります。わかりやすい例を紹介すると、米国大統領が使う飛行機を“エアフォース・ワン”と呼びますが、管轄は“エアフォース”、つまり米空軍です。同様に、米国大統領が移動に使うヘリコプターは“マリーン・ワン”と呼ばれ、管轄は“マリーン(米海兵隊)”です。
これに対し、クライアントやプリンシパル自身が警備費用を捻出する民間の警護では、予算等の問題もあり、警備体制は小さいものが多いです。通常は、2名以上の体制で警護チームが編成されますが、中には1名のみで警護を行うケースもあります。なお、1名で警護を行うのは、本当に安全な状況下で、襲撃等が想定されず、「念のために」ボディーガードがつく時のみです。少しでも危険が想定される場合は、2名以上の体制となります。この理由は、後々紹介していきます。

4. 法令任務とサービス業

先にも紹介したように、公的機関の警護業務は、基本的に法令に則ってプリンシパルが指定され、税金を使って警護業務が実施されます。このため、公的ボディーガードはこの警護業務を行うことが法令で指定された任務であり、警護対象となるプリンシパルは基本的に警護を拒否するができません。法令で定められているため、ボディーガードは「警護しなくてはならず」、プリンシパルは「警護されなくてはならない」のです。
これに対し民間の警護業務は、クライアントまたはプリンシパル自身が警備料金を支払います。そのため、クライアントやプリンシパル側に「警護される」「警護されない」という自由選択権があり、ボディーガードはサービス業として警護を行います。担当するボディーガードが気に入らなければ、クライアントやプリンシパルは、ボディーガードを辞めさせたり、交代させたりすることができます。民間のボディーガードは“サービス業”なのです。
“サービス業”には、(1)顧客が求めるものがある,(2)求めるものにサービスで応える,(3)顧客がサービスに満足する,(4)サービスへの対価としてお金を頂く、という一連の流れがあります。このいずれかが欠けてもサービス業は成り立ちません。民間での要人警護・身辺警護業務も同じです。(1)クライアントやプリンシパルが求めるものがある,(2)求めるものに警護サービスで応える,(3)クライアントやプリンシパルが警護サービスに満足する,(4)その対価として警備料金を頂く、という流れです。
世界的に見ても、公的機関で警護業務に従事していたボディーガードが、民間にきて失敗するケースが多々あります。公的機関で警護をしていたから、民間でも通用するだろう、と勘違いすることに原因があります。ここまで挙げてきたように、公的ボディーガードと民間ボディーガードでは、様々な違いがあるのです。最も大きな違いは、警護業務が“サービス業”になることです。サービス業とはどのようなものなのか、基本的な流れを学び、考え方を民間仕様に切り替えなければ、警護業務に限らず、民間ではうまくいきません。これが原因で、民間で失敗した元警察官,元軍人たちを本当に大勢見てきました。もし今、ご自身が公的機関にいて、今後民間に出てくるつもりなのであれば、しっかりと考え方を民間仕様に切り替える、ということを忘れないようにしてください。

5. 依頼者と警備対象者

最後に、今回“クライアント”と“プリンシパル”という呼び名が多く登場しましたので、この違いについて紹介します。警察SPや多くの警備会社では、警備対象者のことを “クライアント”と呼びます。これは正確には間違いで、警備料金を支払い、警護を依頼してくるのが“クライアント=依頼者”であり、警備対象となる人物は“プリンシパル=警備対象者”と呼びます。公的機関では、依頼者が存在しないため(正確には法令や国が依頼者にあたりますが…)、警備対象者のことを“クライアント”と呼んでも支障ありませんが、民間では、多くのケースで“クライアント”と“プリンシパル”は別人です。映画プロモーションのため、ハリウッドから有名俳優を日本に招聘した映画配給会社(クライアント)が、その有名俳優(プリンシパル)の警護を依頼してくる,企業(クライアント)がその会社の社長(プリンシパル)の警護を依頼してくる、など、依頼者と警備対象者は別であることが多いため、“クライアント”と“プリンシパル”はしっかりと分けて考える必要があります。例外として、危険に遭遇した一般の方が、「私を守ってください」と依頼してくるケースがあります。このようなケースでのみ、“クライアント”と“プリンシパル”が同一人物となります。
また、“プリンシパル”のことを“VIP”と呼ぶボディーガードがいますが、警備対象者が常に“VIP”とは限りませんので、 “警備対象者”という意味で使用するのであれば、やはり“プリンシパル”と呼ぶ方が適しています。他にも、“プロテクティー(警備対象となる者:Protectee)”という呼び方もあります。


次回は、放映中のテレビドラマ“BG〜身辺警護人〜”についてご紹介します。


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