〈ケアデザインサミット2023〉第一部 くらしと福祉―看護師・大山 瞳さん
――朝。寝床でむにゃむにゃと、まどろんでいる。
看護師さんが入ってくる。
「おはようございます。起きましょうね〜」
ベッドを上げる。
ぐ、ぐぐぐ……。
ベッドが上がり、腰から上が徐々に起き上がってくる。カラダはたしかに起き上がっているが、居心地が悪い。
ベッドの角度が15センチ(45度)ほど起き上がったときには、お腹が圧迫されていて腰が重い……。なぜか、息ができない。
そのうえ、わたしは思うように口がきけないでいる。「……く、苦しいです」の一言が、笑顔で接してくれている看護師さんに伝えられない。
朝食が運ばれてきた。地獄の姿勢のまま、食べ物が口に運ばれてくる。
「無理……!」
わたしは叫びたかったが、声が出ない。言葉にならない。
がっかりした様子の看護師さんがリモコンを持ち、今度はベッドを下げる。
またもゆっくりと規則的な動きでもって、ベッドの背もたれが沈んでいく。
あれ? まだいくの? もういいよ。下げすぎ!
「こわい……! やめて!」――
***
これは、看護師・大山瞳さんの話を聞いて想像した、わたしのイメージです。
講演のなかで、男性の介護職員がモデルとなって、介護ベッドの上げ下げをする動画を観た。これまでのイメージがふっ飛んだ。ベッドを利用している人たちはみんなにこやか……は、こちらの固定観念だったのね。
動画の中でもベッドが下がるとき、男性職員は叫んでいた。「もういい! これ以上下げると無酸素になります!」と。けれど、実際はベッドは30度も斜めに上がっていた、という。
「人は、耳の中に石が入っていて平衡感覚をつかさどるものなんですが、介護ベッドはそれがわからなくなっちゃう。平衡感覚が狂ってしまう」
と大山さん。
彼女は、在宅ケアが専門の看護師で、「床ずれ」と呼ばれる褥瘡(じょくそう)をゼロにする活動をしている。
「褥瘡のことを、茨城弁では『ねごし』って言います。寝て過ごすとできるから、とか、寝ていると腰にできるから、こう言われるようになったのかもしれません」
ひたちなか総合病院に勤務しながら、茨城県内全域で訪問看護師に対して在宅ケアの方法を指導している。
「わたしが勤める病院のある、常陸太田ひたちなかエリアには高齢化率が48%※の場所があります。日本の未来を担っている場所(!)です。けれどもこのエリア、在宅ケアの褥瘡発生率が低いんです。少ないマンパワーで褥瘡ができないのだから、この在宅ケアのノウハウを病院医療に逆輸入しよう! ってことで、褥瘡ケアのメソッドを開発しました」
治療が最優先の病院医療に対し、患者や家族の意思や生活の質が何よりも重視される在宅ケア。この在宅ケアをヒントに大山さんは、病院医療と在宅ケアの架け橋的存在となった。
褥瘡《じょくそう》ってなに?
褥瘡とは、寝たきりなどによって、体重で圧迫されているカラダの一部の血流が悪くなったり滞ることで、皮膚の一部が赤い色味をおびたり、ただれたり、傷ができてしまうこと。
もう少し踏み入れた表現をすると、重症の場合は皮膚を通りこして骨が見えてしまったり、合併症が起きて、死に至るケースもある。
そういうこわいものがあることは、知っていた。
が、大山さんは口調を変えることなく言う。
「2時間ごとの体位変換、やめてもらっています」
わたしの祖母も入院中、何度も「体位変換」と呼ばれる寝返りをしてもらっていたから覚えている。え、それが必要ないの……!?
「褥瘡は皮膚の病気ではありません。薬では治らないんです」
そうなの? それじゃ、どうすれば治るの? そもそも治るものなの……?
大山さんは「在宅褥瘡ケアひたちなかメソッド」という方法で、楽に褥瘡の予防ができると言う。
そして突然、歌い出した。
「♪な〜ぜ〜デク(褥瘡)ができ〜るかを〜
わたした〜ちはあまり知〜らない」
あれ? あの昭和の名曲に載せて、褥瘡ケアの方法を伝えてくれている。けれども事情により、全編ご紹介はできないから、ここでは泣く泣く要約させてください(大山さんはライブハウスで替え歌を歌って、褥瘡予防を広める歌手でもあります)。
外力(がいりょく)という、人のカラダに外から作用する力によって圧力が生まれる。その圧が褥瘡の原因
→介護ベッドの上げ下げが、カラダのずれや居心地の悪さ(ずっこけ座り)につながるこの圧力を除圧(じょあつ)することで、褥瘡ができるのを防げる
介助補助手袋「リジャスト・グローブ」を使うことで、除圧が可能
ベッドに寝ている人の頭から腰(左右それぞれ)、腰から足(左右それぞれ)にこのグローブをはめて、さするように下に手を下ろす
ベッドを上げ下げした際に除圧をすればOK。2時間ごとの体位変換は必要なし!
「今日はこの魅力的なリジャストグローブをみなさんにプレゼントします! ぜひ使ってみてね」
と、どこまでも愉快で気風のいい大山さん。
ちなみに、在宅ケアで褥瘡ができてしまったお宅では、この方法に変えると褥瘡が2週間で治癒したという。この家の娘さんは仕事をやめて介護に専念するつもりだったが、辞める必要もなくなったし、楽してよくなったと驚いていたそうだ。
「このメソッドで予防はできます。けれど、もし褥瘡ができてしまったら、お知らせください。わたしは、特定看護師として在宅でも褥瘡の壊死(えし)してしまった部分の除去をすることができます。それ以前の段階でもケアの方法を知っていますから」
ボランティアで開設しているという『ひふはいせつケア相談所』も、併せてチェックしたい。
▼ひふはいせつケア相談所
https://www.instagram.com/zaitaku_zaitaku_rururururu/
▼note
https://note.com/zaitakuzaitaku/n/nc192640f6118
text & photo by Azusa Yamamoto