〈ケアデザインサミット2023〉第二部くらしとテクノロジー―海光会 長谷川みほさん
立ちよったコンビニ、ランチで入ったカフェ、トイレットペーパーを買いに入ったドラッグストア……いまやどこでも目にするようになった「求人募集」の貼り紙。
人手不足の波。人が集まらないことが問題とされている福祉業界は、さらなる困難に直面しているのではないだろうか……。
と、眉間にしわを寄せていたら、社会福祉法人海光会の理事長・長谷川みほさんがさわやかに画面の中に登場した。
「オンラインで失礼します。わたしたちの施設は、静岡県熱海市にあります。本日は『介護施設を進化させる』というテーマでお話をさせてください」
介護施設を進化させる……?
長谷川さんは続ける。
「わたしたちの法人は特別養護老人ホーム80床、短期入所20床、在宅サービスも行っています。これら施設の中で、18種類の福祉機器を使い、よりよいケアやサービスができるように日々努力をしています」
福祉機器……? ベッドから車椅子に移乗するときに使うリフトや、介護ベッドなどのことだろうか。
「介護業界って解決すべきことが、いまたくさんありますよね。何から取り組めばいいのかわからないほど……。まず働く人たちの困りごとに、わたしは焦点をあてました。10年前に『“人の手”に頼る介護から脱皮を目指していくべきではないか』と呼びかけ、福祉機器を取り入れた余裕のある介護に舵を切りました」
長谷川さんが、最初に着手したのは現状分析。
「24時間オペレーションの中で、何にどれだけ時間がかかっているのかを調べました。食事に一番多く時間をかけているという結果が出ました。この結果をもとに分析を進めると、食事・排泄・入浴の3大介護と呼ばれるすべてに関わってくる作業があったんです。
『移乗※1』と『記録※2』。この2つをいかに効率化して負担を減らすかという結論に至りました。
本日は、この『移乗』にクローズアップをして、改善をしていった事例をお話しますね」
海光園が移乗リフトの導入をはじめたのは2013年。床走行タイプを4台、入浴タイプを1台の使用をスタートさせた。
とはいえ、いきなり機器を導入するのではなく、“人の手”の部分を残しながら同時並行で変革を進めたという。時間や労力を減らす「オペレーションの見直し」と、安全・正確・清潔性を高める「設備のサポート」を仕事の中で並行するようにした。
現場スタッフも、福祉機器の扱いに慣れてきた2018年。人員と負担が最もかかる「二人移乗※3」を0(ゼロ)にするために、大事な出来事があった。
「2018年になっても、まだ2人移乗をしている事例があったんです。スタッフに事情を聞くと、『この方々は床走行リフトが使えない人たちです』って言うんで驚いたんです。リフトはどんなに重度の方でも使用ができるはずですから。『試してみたの?』と聞くと、試してないという。
それはよろしくない! ということで、もう一度床走行リフトのメーカーの方に来てもらい、レクチャーを受けました。こうして、スタッフのみんなも改めて、すべての方にリフトが使えることを納得できた。半年をかけて、少しずつですね、2人移乗を0にすることができました」
経営者としても見逃せない数字
「月に143万、年間に1716万。とても大きい数字ですよね。これはなんの数字だと思いますか?」
スライドを表示しながら、長谷川さんは会場に呼びかけた。
「これはなんと、移乗介助に使っている人件費なんです。移乗に使っている時間×1時間当たりの人件費を計算すると、年間1700万円以上を使っていることになります。……びっくりです。みなさんの施設はどうでしょうか?
この大きな金額をただ消費するのか? この1700万円を別の可能性に投資して、自分たちの未来へのギフトにするのか……。
そこでわたしたちは、これまで使っていた床走行リフトを天井走行リストに変えました」
たとえば、床走行リフトをゴロゴロと浴室から居室まで引っぱっていくことはマンパワーの負担に。居室の中での取り回しが難しく、時間の浪費にもつながると考えた長谷川さん。
2019年に改修工事をして、12名が移乗や移動に使える天井走行リフトを導入した。さらに2022年には8名分の増設も終えた。
あわせて特別浴槽や、ベッドの一部がそのまま車椅子になるという離床をサポートする機器も導入し、「移乗」に関するオペレーションはすべて地続きで福祉機器が担うというプロジェクトが完結した。
働きたいと思われる法人へ
長谷川さんはほかにも、福祉機器を使って、夜勤職員の人数を減らしたり、転倒事故の回数を減らすことを実現している。
「つい先日、海光園に入職して2年以内のスタッフを対象にアンケートをとったんです。
『海光園に勤めたいと思ったきっかけはなんですか?』という質問に、『福祉機器を使いこなしてる施設だから、長く勤められそう』と答える人が多かった。また、『自分が実現したいことを達成できる職場だと思えた』という答えも同数ありました。これは、嬉しく、励みになります」
さらに、長谷川さんは「働きやすいと思うポイント」についても聞いていた。
勤務時間内に仕事が終わる
雇用管理がしっかりしている
身体的負担が少なく、人間関係が良好である
ケアと業務効率が両立できている
「この1〜4番って全てつながっていると思うんです。1対1の関係をつぶしていくことよりも、それぞれがつながって、いい状況が広がっていくことが理想だと思います」
目の前にある問題点がなんなのかを細かく分析し、長谷川さんは働く人たちが働きやすい環境をつくるために10年かけて改革を進めてきた。
「人材不足」という問題に引っ張られるだけではなく、できることに目を向け、ともに働く人や暮らす人に寄りそい、アクションを起こし続けていくことで、それは「不足」ではなくなるのかもしれない。
実際に海光園では、さらなる進化を目指して挑戦を続けているのだから。
▼海光園/コンセプトムービー
https://youtu.be/UAgIaEfMv50
〈参考〉
http://kaikoukai.jp/upload/kaigorobotprosess.pdf
text & photo by Azusa Yamamoto