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楽しい地獄

noteを始めたいと思いアカウントを作り「投稿」ボタンを押したあの日から、はや1年半も経とうとしている。noteを始めたいと思ったきっかけは、どこかで私の記憶を記録として残す場所を作っておきたいと思ったからである。誰かに届いてもいいし、届かなくてもいい。ただ、場所が欲しかった。感じたこと、考えたこと、想ったこと、それをそのまま書き残す居場所のようなもの。

1年半も放置しておいて何をいまさら、なんて思う。それでもズルズル生き続けていると、書き残しておきたい出来事は山のように積もっていく。だから、書くことにした。そして、最初の文章はこの内容を、この日に公開したいと思った。

私の趣味の1つに音楽を聴くことがある。
でもかつての私は音楽を聴くことが嫌いで、カーステレオから流れる音はすべて騒音で、すべてが不要品であった。「音を楽しむ」で「音楽」になる意味が分からなかった。音楽を聴くことが苦痛で音楽の溢れる世の中が地獄のようだった。
そんな私はある日、放課後1人の家の中で開いたYouTubeで1つの動画に出会った。それが星野源の「化物」のMVであった。

書類が山積みとなった机に向かう1人のサラリーマンらしき男。書類の上には「『はい』と言う素直な心」と書かれた湯呑が置かれている。
何を言われても「はい」と素直に、謙虚に、誠実に、いないといけないと思っていた当時の私は、その文字が目に入ったことで僅かな親近感を抱いた。
そして音楽が流れ出す。サラリーマンの装いをした男がマリンバを叩く。音楽会でマリンバを叩いたことがあったからか、その音が心地よく聴こえた。でも少し寂しい音にも聴こえた。続いて聴こえてきた歌。ギターの音。

風呂場で泡立つ胸の音騒ぐ

星野源「化物」

誰かこの声を聞いてよ 今も高鳴る体中で響く
叫び狂う音が明日を連れてきて

星野源「化物」

私が普段抱えている、直接誰かに言うわけでもない、でも誰かにぶつけたい、そんな不完全燃焼のまま体中を駆け巡って爆発すらしてくれない赤黒い爆弾を、この人は歌っているように聴こえた。でもなぜかそんなドロドロとした気持ちを包み込んでくれる優しさのような歌にも聴こえた。

曲の1番が終わると映像が切り替わる。星野さんの曲は当時、サブスクで配信をされておらず、CDを手にした人だけが星野さんの曲を聴けていた。また「物を買った人が1番得をするように」という考えから、YouTubeではMVの全てを公開していなかった。そして流れてきた1人の男が地獄から這い上がる様を映し出した映像。そこに映し出される文字。

「死に物狂いの1年間」
「何気なくない日々を」
「何気なくない日々を駆け抜けた先に」
「奈落はまっている」
「地獄の底から次の僕が這い上がる」

星野源「化物」MVより

「星野源 くも膜下出血で活動休止…」
という文字もあった。
この男がどれほどの苦しみや痛みを味わったのかなんて分からない。でもこの男のことについて、流れてきた文字の意味について知りたいと思った。

そして映像がまた切り替わる。
笑みを浮かべて楽しそうに踊り、ギターを弾き、歌う1人の男。
動画が終わる。
初めて音楽に興味を持った。

それからというもの、この人の音を聴き漁るようになった。音を楽しむことを体で感じた。音楽を聴くことが生きることとなった。「今を踊ること」=「今を生きること」となった。

星野源に出会ってからは、私の音楽人生が180度変わった。
こんな言葉大袈裟だと笑う人もいるかもしれない。でも上手く笑顔を取り繕うことすらできずに生きていた私を、地獄の底から引っ張り上げてくれたのは間違いなく星野源だった。私が生きていてもいいと思える場所を作ってくれた人だった。私の感動や衝撃、好きなモノは私だけが分かっていたらいい。今はそう思えるくらい星野源と音楽が生活の必需品となった。

星野さんはかつてタワーレコードのポスターに選ばれたときにこのような言葉を残した。
「音楽はね、死ぬと聴けなくなるんですよ。今のうちだぜ。」
死の境目を2度も行き来し、気が狂うほど自分と向き合ったあなただからこそ言える言葉がある。歌える言葉がある。
私は死を体験したことはない。でも、地獄の底から這い上がってもまだ続くこんなクソみたいな世の中で消えたいと思うことがあっても、なんとか這うように息をし続けている。この楽しい地獄の中にいる私の息の根が止まるその瞬間が来るまで、あなたの曲を狂うように聴きたいし、たぶん聴き続けるのだろう。

2012年12月17日、深夜2時頃。
あなたは「化物」をレコーディングし終わって、プレイバックを聴き終えたと同時に、スタジオの中で倒れた。そして地獄の底から這い上がってきて、今もこの楽しい地獄の中で歌を歌っている。
私はあなたが命を懸けて創り出したその曲をきっかけに今も生きている。
多分明日も明後日もこの楽しい地獄を這うように生き続けている。
あなたと音楽を生きる言い訳にして。

P.S.届かなくてもいいといいつつ、いつかこの声が誰かに届くように、いつか何者かになれるように「ばけもの」と名乗らせてください。



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