
矢井田瞳「I’m here saying nothing」:歌声は心の奥に潜り込み、メロディが痕跡を残す
矢井田瞳の「I’m here saying nothing」は2001年の初めにリリースされた三枚目のシングルです。同年に発表されたアルバム『Candlize』にも収録されています。アコースティック・ギターの奏でる旋律が深い哀愁を漂わせ、ヒットした前作「My Sweet Darlin’」のイメージで聴いた人は驚いたのではないでしょうか。
矢井田瞳はアイリッシュ・ミュージックの影響を受けていたと記憶しています。僕はアイルランド音楽の多くを知っているとはいえませんが、その物憂げな響きをアコースティック・ギターの音に感じます。沼に足を取られて身体が沈むような、メランコリックな空気をまとうサウンドです。そうした音が吐き出す哀愁に矢井田瞳の歌声、独特の歌い方が拍車をかけます。低音から高音に移ろい、あるいは反対に高音から低音に落ちる、その高低差に驚き、心惹かれます。ビブラートを効かせるところも含め、一曲のなかで色を変えるボーカル表現です。
シングルとアルバムにおける音の違いを楽しむのも一興です。シングルではエレクトリック・ギターを効かせ、アルバム・ミックスではアコースティック・ギターの存在感を強めています。特に目立つのは間奏の主役の違いでしょう。エレクトリック・ギターが支配するのか、アコースティック・ギターが満たすのか。シングルではロックの熱さを感じる一方で、アルバムではフォーキーな深みが味わえます。