Carson McCullers『The Member of the Wedding』:狂気は成長とともに培養され、その影に彼女は呑み込まれていく
カーソン・マッカラーズ(Carson McCullers)の小説『結婚式のメンバー』(原題:The Member of the Wedding)は、「村上柴田翻訳堂」シリーズの第一弾として刊行された作品です。このシリーズでは、村上春樹と柴田元幸が中心となって、再び読まれるべき小説を選んで翻訳や再発を行ないます。本書は村上春樹が新たに翻訳したものです。
主人公はアメリカ南部に住む少女。彼女の会話や行動のあちこちに「狂気」と呼べる思考が見え隠れします。その思考は物語が進むなかで子供に特有の夢想として処理され、通過儀礼的に昇華していくのだろうと思いながらページを繰りました。しかし、むしろ狂気は培養されて膨らみ、彼女がそれに呑み込まれる様子が描かれています。
本書で描かれた狂気は、あり得るのか否か。リアリティを感じる描写こそが大事だと力説する読者、小説はとことんフィクショナルであるべきと主張する読者、どちらにとっても受容され得る物語なのではないかと思います。この混沌こそリアリティと評することも、振り切った内容がいかにもフィクションらしいと判断することもできる。個人的には、どちらとも断言しがたい、いわば「境界線を漂う」物語だと感じています。
ひとりの少女の狂気を真正面から捉え、物語に刻みつける。カーソンが綴る文章は何かに取り憑かれたように筆を動かす画家を思わせます。しかもそれは凪のように見える静かな言葉のなかに住み着いています。
目に留まったのは、章が移るごとに変化する「名前」です。名前の変化は主人公の成長を示唆するように見えます。しかし実は、ずっと変わることなく主人公を支配する狂気の「影」を意味しているのかもしれません。
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