小林ユミヲ – にがくてあまい 11
『にがくてあまい』の新刊である11巻が発売されました。マッグガーデン・オンラインで2015年3月から8月にかけて配信された内容が収録されています。基本はコメディなのですが、ひとつの話のボリュームが大きいため、シリアスなエピソードが充分な紙幅を持って語られます。そのため、物語が放つ熱もかなり高くなっています。一冊にまとまると、ずっしりとした重みを感じさせてくれますし、読み応えも充分ありますね。
http://comic.mag-garden.co.jp/eden/58.html
今作では脇役のひとり「ばばっち」にスポットライトが当たります。彼は小さいころからハンドボールに打ち込み、インターハイでチームを優勝に導くほど優秀な選手でした。しかし、卒業直前に起きた事件で心に傷を負い、そのためかボールが投げられなくなり、ハンドボールから遠ざかっていきます。6巻には彼の生い立ちから事件に至るまでの顛末、そしてその呪縛から一歩踏み出すまでが描かれました。11巻では、かつてのチームメイトとの再会を軸にして、残りのピースがはめこまれていきます。
レシピ64「油揚げのピザ」で登場する「ラムネの玉」という比喩が印象に残りました。11巻はそれを巡り、さまざまな角度から描かれる物語と言えます。ボールに触れることすら避けていた頃に比べれば大きく前進したものの、「ばばっち」の中にはそれでもまだ吹っ切れないものが残る。それを瓶の中でコロコロと転がり、音を立てるビー玉に重ねます。ラムネの瓶を割らない限りビー玉は外に出てきませんが、さて、彼の中に残り続け、彼を縛り続けるものは吐き出されるのでしょうか。
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本作でキーとなる要素はやはりハンドボールです。あとがきで小林ユミヲさんはハンドボールのことを「大きくてしなやかなネコ科の動物が飛びはねながらボールを追いかけているような、そんな美しくも激しいスポーツ」と表現します。生で観戦したことはありませんが、映像を観る限り、目にも留まらぬ速さでボールが行き交い、一瞬で戦況が変わるんですね。一瞬のプレイのスピード感はバスケットボールに似ていて、パスや展開の速さはフットサルに似ています。
ハンドボールは展開がスピーディーであり、オフェンスとディフェンスの接触も激しい、とてもダイナミックな競技です。試合の映像を観ながら、小林さんの比喩を思い出して膝を打ちます。ネコ科の動物として僕が知っているのはネコくらいですが、ネコのような小さい動物でも激しくボールに食らいつくことはあって、そんなときには嬉々としたというよりはそれこそ鬼気迫る雰囲気を感じたものです。ボールをパスして走り、跳躍してシュートする選手たちの姿を見て、なるほど、確かにネコ科っぽいな、と。
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単行本を手に取ってページをめくっていると、リアルタイムで読んだときの感動や笑いが思い出されます。ひと月おきに配信される話をWebやアプリで読んでいましたが、改めて連続して物語を追いかけてみると、「ばばっち」の気持ちが着実に前進していることに気づきます。さまざまな人と話し、それぞれの事情を知ることで、自分の事情を客観視して、相対化している。手枷足枷が段階的に取れていく様子が、数話をかけ、ページを割いてじっくりと描かれます。
「ばばっち」の手足を縛っていたものがひとつずつ外れていきます。足は地面を蹴り、その手はボールを力強くつかむ。物語はクライマックスを迎え、とても印象的な場面が見開きで描かれます。ページをまたいで描かれたそのシーンに、画力はもちろんのこと、ストーリーテリングの巧みさによって生まれた魅力を見ます。それが表現しているものはきっと、物語の中だけでなく、読者にもストレートに届くと思います。
レシピ63: https://note.mu/iamfjk/n/n00d4fbb0c923
レシピ64: https://note.mu/iamfjk/n/nc26fdd57f14e
レシピ65: https://note.mu/iamfjk/n/n614961fd94a5
レシピ66: https://note.mu/iamfjk/n/nca8606a754be
レシピ67: https://note.mu/iamfjk/n/ne7cff4270eea
レシピ68: https://note.mu/iamfjk/n/n2771b5a6f408