Tetsuya Komuro『Mademoiselle Mozart』:ふたりのメロディが時間をつなぎ、ステージの記憶を巻き戻す
音楽座ミュージカルの舞台作品「マドモアゼル・モーツァルト」が初めて上演されたのは1991年です。このミュージカルの音楽制作に小室哲哉が参加しました。そして、その年の暮れに小室さんはソロ・アルバム『Mademoiselle Mozart』をリリースします。「マドモアゼル・モーツァルトのテーマ」をはじめとして、ミュージカル用に書き下ろした曲を中心に構成された作品です。30年という年月が経った今でも、メロディや音は美しく、瑞々しく響き、僕らに届きます。
アルバムに収録された9曲のうち6曲で素晴らしいオーケストラの演奏を聴くことができます。オーケストラの音を中心としつつも、ポップスを感じさせる曲、そしてハウス・ミュージックの音を響かせる曲もあります。2021年の今、改めて『Mademoiselle Mozart』を聴いてみると、ロックやEDMに慣れた耳にはむしろ新鮮であり、新しい気持ちで「マドモアゼル・モーツァルト」の音楽を楽しめます。
アルバムを聴きなおそうと思ったのは、音楽座ミュージカルが公開している過去の映像を観たことがきっかけです。「マドモアゼル・モーツァルトのテーマ」が流れると胸が締めつけられ、感情とともに記憶が大きく揺さぶられました。自分が観劇した2008年の記憶が巻き戻され、タイムマシンでさかのぼるように、文章だけでしか知らなかった初演のステージについて想像をめぐらせます。
エッセイ集『告白は踊る』によれば、小室さんはミュージカル用の15曲を一週間で書いたとのことです。このミュージカルに関わるうえで、それくらいの制約が必要だと考えていたと綴っていますが、あながちポーズではありません。自らハードルを高くしがちなのは、よく知られています。音楽番組のリハーサルでスタッフに「最高でした」と絶賛されると、「本番では違う最高を目指さなければいけない」と考える人だからです。
さらに、モーツァルトが残したメロディと自分が書いたメロディが混ざり合っていたとも記しました。その様子は、『Mademoiselle Mozart』からも窺い知ることができます。馴染みのあるメロディが流れたかと思えば、小室さんの好きそうなフレーズが飛び出して、聴いている方も「どっちがどっちだっけ?」という不思議な思いを抱きます。あやふやな境界線の上で流れるのは、どちらでもあり、どちらでもない、「マドモアゼル・モーツァルト」という世界にだけ存在する音楽です。
2008年に上演された舞台では、初舞台ながら主役を演じた高野奈々が、音楽とともに「マドモアゼル・モーツァルト」の世界で躍動しました。複雑な思いが交錯するなかでの観劇でしたが、それでも目の前の世界に引き込んでくれたのは、役者やスタッフを含めた作品全体の魅力のおかげです。その後、音楽座ミュージカルの新作を観たり、クラウドファンディングに参加したりと、それまでとは異なる音楽との関わりが生まれました。強く印象に残り、そして思い出深い作品です。
2021年の10月には、東宝版の「マドモアゼル・モーツァルト」が上演されました。この新しいミュージカルを観て、小室さんは11月のコンサート〈Tetsuya Komuro Rebooting 1.0〉で弾きたいと思ったそうです。コンサートでは、テーマに加えて「ある音楽家へのエピタフ」、「Sonata for Piano No. 11 K 331」が挿入された「Love」、そして「永遠と名づけてデイドリーム」が組曲形式で披露されました。Moog Oneなどのシンセサイザーが重なる音を味わいながら、メロディの美しさにもう一度感動し、「マドモアゼル・モーツァルト」の新しい記憶が僕のなかに刻まれました。