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欲しいものがあるけど手に入らない時の考え方

私には大学生のときからよく語り合う仲の先輩がおり、2周間ほど前久しぶりに彼女と電話をしました。彼女との会話はいつも有意義で、話すことで私はとてもエネルギーをチャージされています。今日はそんな彼女との会話を通して大切にしたいと実感した、欲求の扱い方に関するマインドをシェアします。

私はつい最近まで、学びたいこと多すぎるということに悩んでいました。ヨガの学校に通い始めてから、体のシステムやヨガ哲学の知識、英語の発音など取り組みたい課題がたくさん出てきたのですが、それらが膨大すぎて、果てしなく感じてなかなか計画を立てて継続的に学習するということができずにいました。

この、たくさんのことを知りたい、学びたいという欲求があるのに具体的な行動が起こせないという悩みについて、先輩と話す前から答えのようなものが自分の中にありました。それは、私は恐怖心から何かを学ぼうとしていたからスムーズに学びに取りかかれなかったのではないかというものです。具体的に何を恐れていたかというと、将来ヨガインストラクターとして活躍できないことです。私はヨガインストラクターを目指すうえで、それに関する知識が豊富だったり、英語でインストラクトするなら完璧な文法や正しい発音が使えたりすることが必須だと無意識のうちに考えていました。また更に深ぼって考えたところ、私はその職で生計を立てられないこと、お金に困る人生になることも恐れているのだと気づきました。つまり、私は顕在意識では色々と学びたいことことがあるから頑張ろうと思っていたけど、潜在意識では経済的に困窮するのが怖いからそれを回避するために何か人から尊敬されるようなスキル(知識や英語)を手に入れようとしていたのだと思います。お金を得るために何かを学ぶことはかなり当たり前のことと認識されているので、何言ってるのって感じかもしれません。ですが私は、このように恐怖心から何かを得ようとすると、仮に学びができたとしても、それでお金が稼げたとしても、そこに何かしらの苦痛や葛藤が伴うのではないかなと思います。それができる人はその道を採用したら良いと思うのですが、私はストレス耐性が低く苦痛なことがとても嫌なので、恐怖心から何かを成し遂げようとするより、何か別のモチベーションに基づいて学びをしたほうがいいかもと考えました。

そしてこの一連の話を先輩に電話で話したところ、「たしかにあみちゃんにはバリバリのストイックなインストラクター(何でも知ってる敏腕インストラクターみたいな意味だと思います)にはなってほしくないかも。あみちゃんらしいスタイルを見つけてほしいなと思う」ととても温かい言葉をくれました。この言葉を聞いたとき、思わず涙が出てきてしまいました。その涙は、私がこれまでいかに恐怖心に基づいて行動してきたかを表していたのだと思います。確かに経済的に困窮はしたくないですが、それを回避するためにというより、私にできることで何かを人に提供するために、すなわち、恐怖心に基づいてではなく自分らしさを活かせるように何かを学ぶ方がスムーズに学習できるのではないかと思います。このマインドに切り換えて以来、一旦学びたいという欲は手放して自身の心と繋がれるようになるための行動を優先しています。足りないものを補うために行動していた私に、素のままの自分を活かした行動で良いのだと教えてくれた先輩へここで改めて感謝します。ありがとうございます。

やらなきゃいけないこと、もしくはやりたいと思っていることがあるのになかなか手がつかないという人は、そのモチベーションが何に基づいているのかを一度考えてみると良いと思います。そしてもしそれが恐れや不安に基づいていたり、または自分にない何かを補うためであるなら、そのやらなきゃいけないことややりたいことは一旦手放してみるのもありだと思います。(実はそれを手放すことがかなり難しかったりしますが)

今回は、例え自分が何かを望んでいても、それが恐怖心に基づいた欲求であるなら一度手放してみようというマインドのシェアにとどめておくので、その代わりにおすすめな自分らしさを知るための行動や自身の心と繋がるための具体的な方法は書きませんが、結論だけ言うとそれはヨガだと私は思っています。
少しぼんやりした内容だったかもしれませんが、皆さんにとって何か気づきがあったら嬉しいです。読んでくれてありがとうございます!

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