「芸術は稼げない」を覆す5つのチャレンジ<彫刻家・瀬戸優さんインタビュー>
世界に比べて日本は芸術振興に遅れていると言われています。予算で見ると圧倒的で文化予算はフランスの10分の1。2020年の文化支出比較を見ると、フランス4394億円、韓国3015億円に対して、日本は1167億円。国民一人あたりに換算すると、フランス:6784円、韓国:5842円に対して、日本人はたったの922円とかなりの低水準。文化芸術への国の政策は手厚いとは言えず、職業として「芸術では稼げない」というイメージつながっているのかもしれません。「芸術では食えない」は本当か? 「芸術で食える」に果敢に挑む、若き彫刻家・瀬戸優さんに話を伺いました。東京芸術大学在学中から個人事業主として活動、SNS、クラウドファンディング、シェアアトリエ運営などさまざまな活動を通して、「食える芸術家」を目指す彫刻家・瀬戸優さんに話を伺いました。
瀬戸優(せとゆう)
彫刻家。
1994年神奈川県小田原市生まれ。自然科学を考察し、主に野生動物をモチーフとした彫刻作品を制作する。
彫刻の素材であるテラコッタ(土器)は作家の触覚や軌跡がダイレクトに表面に現れ、躍動感のある作品となっている。
画廊での展示販売を中心に国内外へ幅広く作品を提供。
芸術活動を数値化する
僕は東京芸術大学の彫刻学科で学び、昨年大学院を卒業してから彫刻家として活動しています。大学院の1年生にはもう個人事業主になっていたので、そのときから彫刻家として生計を立てていて、今26歳なので、目が出るまで4〜5年かかりました。
僕の活動は偶然が繋がって続いているような感じですが、活動を継続させていくための工夫は、日頃から常に考えています。例えば“1年間の収益をどう生むか”ということ。僕は小さい頃から“仕事をする”ということに対して厳しく、口うるさく言われる家庭に育ったんですね。「子育ては20歳までで、それを超えたら金銭的な支援は一切しない。やりたいことと、できることをよく考えろ」というようなことを事あるごとに言われてきたので、最初は芸術家になるつもりはありませんでした。今でもメーカーに勤めたほうが安泰だと思ってますし、そっちの方が普通だと思っています。
大学を出て2〜3年のあいだは実家に住んでいたり、親の支援を受けたうえで、バイトをしながら芸術活動を続けるという人がほとんどだと思います。でも、僕の場合はそのアドバンテージがまったくなかったし、親からの仕事に対する刷り込みもあったので、芸術活動が継続できるということを、数字として証明しなければならなかった。卒業という明確なリミットがあったから、若いうちに成果を出すということにすごくこだわっていました。
ただ、僕はたまたま物を売ったり、サービスを考えるのが好きだったので、結果を出すということを楽しみながらできたんです。デザイン系の人は商業的な思考回路を持っている人が多いように思いますが、僕もそのタイプだと思います。もし彫刻家で目が出なかったら、ギャラリスト、作品を売る側の人間になろうと思っていたくらいですから。
① 基盤づくり:クラファンでパトロンを募る
卒業後も芸術活動を続けるための取り組みとして、まず始めたのが“パトロンプロジェクト”で、2019年の12月から1年半ほど行なっています。これは、例えば1万円コースに1年間入会すると、1年後に12万円相当の作品を贈呈するというクラウドファンディングで、建前上“支援”や“パトロン”と言っていますが、実質は仕事の前借りですね。お客さんからしたら12カ月のローン払いで作品を購入するという感じでしょうか。
でも“支援”という名目があるから皆さんも参加しやすいし、僕も安定して月額制で収入が得られるので、この1年半ぐらいは、ほぼこのプロジェクトがメインの収入になっています。でも、この仕組みを考えたときは、こんなに作品で収益が生まれると思っていませんでした。というのも、会員は500円コースから募集していて、この500円コースの会員は非公開のブログが見られるという設定にしていました。ブログはほぼ月1ぐらいで更新していて、ときには裏話なども載せていたので、500円でその情報を買ってくれる、高校生や大学生などの若い人をターゲットにするつもりで始めたんです。
ところがふたを開けてみたら500円コースのブログだけを目的にしている会員さんは、ひとりだけ。しかも募集を開始して1〜2日でほとんど枠が埋まってしまうという人気ぶりに驚きました。情報より作品を欲する人が多くいてくださったということで、それはありがたいことなんですが、これはやってみなければわからないことでした。
芸術家というのは、1年間に1回個展をやって年収分を稼ぐスタイルが主流です。例えば年収400万円……400万円もあったらアーティストとして相当売れている方だと思いますが、その400万円のうち300万円は1回の個展で稼ぐというような感じですね。でも、そんなことは卒業したばかりの駆け出しの人間には絶対無理ですし、年収400万円あったとしても材料費やアトリエ代などいろいろあるので、月収30万円で個展なしの方がまだ現実的です。
② ブランディング:百貨店で展示をしないという戦略
しかも彫刻って工芸品として見ればいいのか、現代アートとして見ればいいのかみたいな雰囲気がありますよね。さらに僕の場合、粘土を焼くという作風なので、見方の振れ幅が人によってかなりあるんです。
だから、作品を発表する場所はとても意識しました。百貨店では展示しないというのもそのひとつ。百貨店で展示をすれば結構売れるし、商売的には絶対成功の近道ではあるんです。ただ、百貨店の客層はご年配が多くて、30代以下はあまり足を運ばない。もちろんご年配の方にも僕の作品を見ていただきたいですが、若い人をどれだけ引っ張ってこられるか、今20代の人が30代、40代になったときに買ってくれるか。作品の魅力や僕の考え方など、総合的にどう見せていくか、みたいなことをとても考えました。
③ エモーショナル思考:スキルに満足しない
僕はパッションで動く、思いついたらすぐ形にしたいというタイプなので、作品でも「これを作りたい」と思ったらすぐ作らないと気が済まない。だからすぐ形になる粘土という素材を使っているんです。彫刻家って作りたい形をアウトプットするまでの心地良い時間がそれぞれ違うんですが、僕は本当に早くて、いつも数時間のうちに造形を終わらせます。
だから、彫刻は1年間で70点から80点ぐらい作成しますし、壁掛けのシリーズは年間30点から40点ぐらい、ペン画は50枚から70枚ぐらい描くので、彫刻家としたら年間の作品数はかなり多いと思います。それだけ制作して途中でイメージが枯渇しないか聞かれることが多いんですが、イメージが枯渇するというより、常に自分の作品に満足できていない状態で、実際に今までの5年間で、気に入っている作品というのは5、6個ほど。満足するということはなかなかないんです。
やはりそれは偶然性によるところが大きくて、例えば動物の目を作るとします。上手な目の作り方というのはあって、手順に沿ってやれば作れる。でも、“いい目”というのはその時々によって違うから、これといった作り方はありませんよね。本当に偶然できるものなんです。完成してみないとどういう表情で作品が仕上がってくるかわからないけれど、そこが逆におもしろいところでもあるんです。
④ 逆算志向:好きを逆算して仕事にする
自分らしく働くために大事なのは、徹底的にリサーチすることだと思います。これは親父の受け売りなんですが、「寝ることが一番好きなら、寝る仕事もある」ということです。本当に極論ですが、この言葉を言われたときに、ちょっと衝撃を受けたんです。確かに寝るのが好きだったら、よく眠れるベッドを開発したり、睡眠のデータをとるなんて仕事があるかもしれない。お酒が好きだったらワインソムリエになる道だってある。「自分の好きなことから逆算していったら、何でも仕事はある」と思ったら、絵をやってもいいのかなと思えるようになったんです。
この言葉は高校生のときに言われたんですが、当時は“英数国理社”で受験しないといけないという先入観がとても強くあって、「一般大学に入学して一般企業に就職する」ことしか思考回路にありませんでした。でもこの言葉で、「一番好きなことやっていいんだったら、美術をやろう」と思って、美大に入学して今に至ります。
だから、好きなことから逆算していって、あとは「どういう手段があるのか」「どういう仕事があるのか」「それをやるにはどうすればいいのか」というようなことを徹底的にリサーチすることだと思います。
⑤ 行動原則:思い立ったら「すぐやる」
多分、好きな事だったら体が勝手に動くとは思うんですが、やはり「すぐにやる」ということは大事です。僕はもともと根っこが面倒くさがり屋というか怠けもので、一日中ベッドの上で過ごせるような人間なんです。だから早く動かないと面倒くさくてやらなくなるから、「今すぐやらないと」ってすぐ動くようになった。だから、「何かやりたいことがあったら、よく調べ、なるべく早く行動をする」ということだと思います。
大学1年の終わり頃、ツイッターで「スケッチを1日1枚載せる」と宣言して、投稿を1年間、毎日続けるということをしたんですが、やる気モードのときとやりたくないモードのときがどうしてもできてくる。でも、毎日投稿しなければいけないから、やる気モードのときに、なるべく早く行動するということが身についたのかもしれません。
毎日投稿をしていたその1年の間に “いいね”をしてくれた人たちもたくさんいて、実際にお客さんがついたりもしました。その経験によって、“美術”が趣味から仕事というマインドに変わりましたし、そのときのツイッターを見て声掛けをしてくれた出版社から今年の5月に出た、僕の初めての画集『プログレス』には、そのときの描いていたデッサンが収録されています。だから、自分を後戻りできないような状況に追い込んで、人に見張ってもらうということも大事なことなのかもしれませんね。
⑥ 行動原則:「すぐやる」けど「すぐやめる」
いろんなことに手を出すので、よく失敗するのは怖くないですかと聞かれますが、自分では失敗した感覚はないんです。何かやり始めても、結構見切りが早いかもしれないですね。できないなと思ったらすぐやめちゃうっていうか、やりたいなと思ってすぐ手を出して、ちょっと手を出して、これ無理だなって思ったらもうすぐやめちゃうっていうか、切り替えは早いですね、大分。だから大失敗する前にやめてることが多いかもしれません。
ちょっとやりかけて止めるときに、でもそのやりたいことっていうのは、心の中にまだ残ってるけど、その方法でやるのをやめるって感じなのかな。情熱度合いもやっぱり物によって違くて、絶対やりたいこれっていうのは、何が何でも成功に結びつけますね、今のところはだいたいそれがたまたま成功してますね。
テクノロジーとの差別化は「人の手」
僕の作品は主に野生動物をモチーフにした彫刻。王道でありながら今までの焼き増しのようなことをやってもオリジナリティが出ません。そのバランスがなかなか難しくて、今も悩みながらやっていますが、意識して“隙”を見せているかもしれないですね。完璧すぎないというか……。全身像をあまり作らないのも実はそういうことがあって、不完全な方がいいっていう節が結構あるんです。人の手で作ったことがわかる状態にこだわっていますし、多分、本物そっくりすぎちゃダメなんですよね。本物と同じようにしか見えなかったら、それはもうアートじゃないし、「剥製でいいじゃん」となってしまう。だから“彫刻ということがわかる状態”に留めるということをすごく意識しています。
とくに彫刻に関しては、3Dプリンターがこの2、3年で急激に普及していて、iPhoneで撮った3Dデータをもとに、フィギュアを家でプリントするっていう世界観になってきています。そうなったときに僕らができることって、“人の手でしか作れないもの”でしかないと思うんです。カメラが出てきて写実画が廃れたような、そのレベルでのテクノロジーのショックが、この10年ぐらいで起こるんじゃないかと思っています。
最近、「彫刻家と造形家という言葉の違いってなんだろう」ということをすごく考えるんです。それがその人の手でしか作れないこともそうですし、素材もそう。僕の作品は粘土を焼いて作るんですが、粘土を焼くってすごく予想してないことが起こり得るんですね。ひび割れたり、歪んだり、縮んだり……。
そういう不完全さ、偶然性、そういったことがすごく大事だと思っています。もう技術的に精巧なものは誰でも作れるようになってきているから、その不完全さをアートとして見せるっていうことが。ただ、それと“写実ではある”というバランスが難しいんですよ。
7月にGINZA SIXで行なった個展〈Yu Seto Exhibition-MOVEMENT〉では、かなりそれを崩していくような作品も出しました。全然リアルじゃなかったり、粘土の質感がそのまま残っているような作品など、新しい挑戦をしています。
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