口の周りをオレンジ色にして
初めて喫茶店で食べたナポリタンは優しかった。
太めのもちもち麺で、ほんのりケチャップ味、ハムとピーマンとちょっと半生の玉ねぎ。
雨が降っていて少し肌寒くて、何か温かいものが食べたかった。喫茶店はいろいろなところを巡ってきたが,喫茶といえばナポリタンとまで言われているのにこれまでナポリタンを食べたことはなかった。家で食べるものだと思っていたから。
なのに頭の中にはナポリタンの文字しか浮かばなくて,流れるように注文した。頭がぼーっとしていたからだろうか。
なぜか一つランプが欠けているシャンデリア。壊れたのだろうか、その時怪我人とか出なかったのかなとか考えながらぼーっと眺める。小さいラジオの音と、カップルの落ち着いた話し声、バナナパフェが本当は食べたかったけれど売り切れててチョコレートパフェを頼むおじいちゃん、その後ろの後ろの方からフライパンのジュワジュワとした音が聞こえる。
途端に何かが暖かくなったような気がした。母が夜ご飯を作っている夕方、ヒーターのついた暖かい部屋のソファーでついうつらうつらしている時のような気分。
なんだか暖かくて、懐かしくて、やさしい気持ちで、ちょっぴり寂しさが心をじわじわと占領していく。
このまま眠りに落ちてしまいたい気分だ。
ぽつぽつときこえるそれぞれの音は私に溶けて馴染んでゆく。
湯気の立ち上がるナポリタンはソースで真っ赤!濃厚!といった感じの見た目ではなく、ぼやけたような優しいオレンジ色をしている。熱々の鉄板じゃなくて白いオーバル皿に盛り付けられていることも、粉チーズとタバスコとフォークをきちっと並べて置いてくれたことも、コーヒーがあえて一緒に運ばれてこなかったことも。何から何まで優しかった。
食べ終わった頃を見計らって淹れてくれた〆のコーヒーは、チョコレートのような甘い香りがしたけれど、火傷しそうなくらいにあつあつでとても苦かった。
これまたぼーっとした頭でお砂糖とミルクを混ぜて、全然甘くならないコーヒーを啜る。
普段どれだけ苦くてもお砂糖は入れないけれど、なんだか今日は。