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苦しんだ分、優しくなれるのか

よく、
「苦しんだ分、人に優しくなれる」
と聞く。
本当だろうか。

あなたにもあるだろうか。
街中の端っこの、
誰も人が来ないようなところで、
ひとり叫ぶのを押し殺して泣いたような
苦くて苦しい記憶が。

少なくとも、思い出しただけで
「あの時は辛かった、苦しかった」
と思う経験がある人は少なくないだろう。

もし今、
その時の自分と重なるような、
同じように泣いてる人を見かけたら、
あなたは声をかけますか?
私は、、声をかけるのだろうか?

かけないかもしれないなと思った。
なぜか?
声をかけたところで何もできないことを知っているからか、
その時間は耐えるしかないことを知っているからか、
そもそも話しかける勇気がないからか

声をかけるのが、困ってる人を助けることで、
それが“優しい”とするならば、
私はまだ苦しんでいないのか

“優しい”とはなんなのか。

心の中で
「今きついよね、」
と寄り添うだけでも“優しい”と言えるのか

“優しい”
今まで簡単に使っていたが、定義は難しい。

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