ぼくらの失敗
ぼくらの失敗ってなんだ?
そもそもぼくらってなんだい?
ぼくはらって誰と誰のことを言っているんだい?
ぼくたちじゃなくてどうしてぼくらなんだい?
「だからって、そんな風に言われてもねえ」
「ぼくとしては、ぼくの手違いでもないのに連帯責任のように言われるのは心外なんだよ」と佐川順平はいった。
「あなた佐川君、あなたみたいに自分は関係ない風を装っているけど、そももそもこの案件は佐川君が提唱したんじゃないの、それなのにぼくは関係ありませんってその顔っておかしくない」冷ややかに峯川京美がいう。
「それを言っていたら話にならなからさ。佐川君のアイディアを進めて行ったのはぼくたちのチームなんだから」リーダ格の横木史達平が場を諭すように話をつづけた。
「なんにしてももう一度、そのこところを検証してみる必要があるんじゃないかい」比較的若めの三田井純也が、誰を見ることもなしにテーブルの資料を目で追いながらぼそっと言った。
「純也、基本的に間違えているところがあるだろう。そこを修正しないで動かしてもそれは無理なんだよ。それにあいつはそのことに気が付いてなかったんだから仕方ないだろう」と佐川がやれやれとといった感じで言う。
「佐川さん、それはおっしゃる通りですが、それでもこの近似値には期待するものがあったんですよ。数日前の佐川さんに珍重さが求められたところです」と三田井純也はちらっと眼をあげて、目が佐川に泳いで行ってすぐにまた書類の計算式に目を落とした。
佐川順平は天才肌ではあるが少々雑に計画を進めるところがあるのは、自分が天才肌であることを理解していないために、周りも自分のレベルぐらいのことはできるはずだと思って計画を進めて行くことから、周りの理解が及んでいなくて些細なところで躓きが出てしまうことがある。
三田井純也もある意味天才と言えるかもしれないが、石橋を叩いて渡るタイプなのだけど、それでも実践をも優先してしまうので、慎重なわりにはそそっかしいタイプである。
リーダー格の横木史達平が「今回の過ちから細かく数値を訂正してし、トライすれば何とかなりそうな気がするんだが、どう思うかな佐川君」
「リーダー、その数値ですが正しい数値がいまのところ見当もつかないんです。ぼくの予想の範囲の域を出てしまって解が少しずれたような気がするので、数値だけの問題じゃなくて他のところも微量な修正と調整が必要になってきました」
「すると今日中にってわけには…」と横木が言いかけたのを受けて全部言わせないですかさず「無理です」と佐川は言った。
「あのう、そのことなんですけど、わたし分ったような気がするんです」と南沢津禰子がぼそっと呟いた。
南沢津禰子、小顔で目が大きく鼻口は小さめで顎の線が細くシャープな感じがする。髪の毛は後ろに引っ張り気味にしてポニーテールにしている。明るいブラウンの髪がまるでまるで駿馬のようであるが、駿馬と同様の体つきでもあった。キラキラした美しさと才媛を有しているが、本人は元から持っているその美しさと能力について自分では意識することもなく、どちらかというと控えめなタイプである。
もともと自分の持っている身についたもので過不足を感じない人間は、他と比較してどうとかいう競争心はそれほど持っていない。だからか赤ちゃんのうちから美人と言われるような人や、神童と言われてそのまま本当の天才級の能力を育めた人たちは、無理に努力してそれらを獲得したというわけでもないので、そのことを自慢げに引けらすことはない。
得てして持たざる者が、能力を何らかの方法で苦労して積み重ねて中途半端に獲得したことの方が、何かと優位に立とうとマウントしてくるものである。そんな中でも真に努力の積み重ねの究極に達した人も、逆に先天的にそれらの能力を獲得した者と同じように、謙虚になるのは脇目もふらずに努力してきているので、誰かと比較したりマウントするなどの邪心の生ずるが無いからなのだろう。
横木班の課題はタイムトラベルであった。
既にタイムトラベル自体は成功を収めていた。
過去に物を送ることに成功していた。
だが、その過去に送った実験動物によって大失態を招いてしまい、現在の様子が激しく変わって人類の生存自体を脅かす事態になってしまったのだ。
過去1954年に送った物質から接合型トランジスタが開発され、さらに集積回路に繋がりやがてコンピュータが作られて今日の我々がある。
そして現在では、スーパーコンピュータの9000兆倍の速度で計算できる量子コンピュータが汎用となっている。
横木班のタイムマシンにはスーパーコンピュータの9000兆倍の計算力を有する量子汎用コンピュータを9台使用することによって、過去に物質を送れることが実現が可能になったのだ。
これまでも、最先端の科学文明の品を過去に送ったのは何度もあるのだが、未だに生命体を過去に送ることはできていなかった。
これまではそれほど遠くない過去の『横木班』に最新データによる研究を送り、過去の横木班はそのデーターを基に研究スピードを高めるを繰り返して数年が経ったのだ。
現在の横木班が完成したタイムマシンを使って数年前、あるいは数か月前の、さらには数日前の時もあったけど、取り敢えず過去の横木班は既にタイムマシンの科研究を始めていて、未来にタイムマシンが成功したことを確信している。そして未来の横木班が、過去に送って来る品やデータによってよりタイムマシンの精度が高まっているのだ。
このことからまるでメビウスの輪のように、現在と過去を繋ぐタイムマシンで現在と過去とのダブル連携でタイムマシンの性能を上げ、次はいよいよ有機物である生命体の転送段階に入っているのだが、どうにも過去の佐川の計算ミスにより現在のタイムマシンではまだ生命体を過去に送ることが出来ないのだ。
今はその原因の調査をしているところで、だから過去の佐川順平のミスを現在の佐川に対して峯川京美がちょっと愚痴めいたことから先のちょっとした言い合いみたいなことが始まったのだ。
よくあることで現在の横木班の人間と過去の横木班の人間の行動は現在に関係があるとは言えど、過去の人間にとって現在の行動が予測できるわけでもないし、現在の人間に過去の行動を責められてもそれは今の自分が私で書いた事ではないのだかと言いたくもなるのだ。
良くも悪くもメビウスの輪でお互いが連携して現在のタイムマシンで有機物を過去に転送できるかどうかを最終段階に来ているのだけど、その時に佐川の計算データに修正が必要となったわけだ。
試行錯誤した結果を過去に送って現在有機物を過去のに送るための開発が急ピッチでなされているところだった。
近い未来から近い過去へ送った研究データーを基に、過去の横木班が開発中のタイムマシーンに手を加えて未来へのメッセージを残す。
「データあがりました。現在で揉め事が起きないよう、もう一日前の横木班にデーターを転送します」三田井純也が言った。
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「いよいよ有機体生物を送ることが出来るな」
横木横木史達平が言った。
既に小型の昆虫の転送は数年前の過去に送ることは成功している。
「今回の生物を過去に送ることで、その超音波の変化を調査することにより現代の生物の発する超音波がどのように変化したかを調べるための実験だが、過去の生態系を狂わさないようにただ一匹の特別な遺伝子を持ったオスが選ばれて、過去に回収しない有機体を送る初めての実験だ」と横木が言う。
「2019年11月23日、座標:北緯30度32分21.9秒東経114度21分3.07秒」佐川が計器メーター類の操作し「設定完了です」とはっきり声を出した。
「よし、転送」横木が指示を出した。
それを受けて「はい、転送開始」と言うや南沢津禰子のポニテ―ルが頭の動きに追い付かずに揺れて津禰子によって転送スイッチが押された。
数日後のことである。
三田井が過去のデジタルデーターを調べていて、異変に気が付いた。
「横木主任、過去に送った有機体の超音波が現代のコウモリの超音波と一致しましたが、過去に異変が起きています」
「どういうことだ?」横木が聞く。
佐川や南沢に峯川の目が三田井と横木に集まる。
「それが過去に送ったコウモリがウィルスを媒介したようです」
三田井が一人一人を見るようにしながら告げた。
「過去に送ったコウモリの免疫状態は精査したはずだ」
「そんなバカな」とと横木が言った。
「はい、我々現代人にはすでに耐性が出来ていて、よほどの体調不良等の場合に発病しても、それでもニ三日休めば治る程度の最も軽いインフルエンザのCOVID-19なんですが、どうやら2019年の時代の人間にとっては、初めて遭遇する新型のコロナウィルスだったようです」
「わあっ」っと、みんなの口から驚きの声が出た。
「過去の現在でCOVID-19が蔓延し地球規模で広がり、約一年後には感染者総数1億人を超え、さらに死者は約230万人にまで膨れ上がっているようです」と三田井が続けた。
「くるな…もう遅いか…」と横木がぽつりと言葉を落とした。
それから間もなくタイムパラドックスの波が押し寄せて来た。
20世紀の原爆や水爆全てが爆発したような衝撃どころの火ではなかったほど激しい次元の波が起き、大きな変動もたらして人間は蒸発するように消えて行き、やがて現代文明の粋を凝らした建物を含め全ての文明が蒸散してしまい、見る見るうちに地表は植物で覆われてしまった。
地球は緑豊かなで自然動物で溢れる惑星になっていた。
さらに数えることのできないほどの時が経った後の西空に、きらりと光るものが見えた。
光彩を放つ物体から光が地上に向けて放たれてその光の中を生命体らしきものが下りて来た。
光彩を放つ物体から地に下りてきた生命体らしきものは「やれやれ、収穫物は失敗じゃったかのう」
「もう一回種をまくとするか」そう言って、光彩を放つ物体の方を見つめなながら何か操作のようなことをすると、光彩を放つ物体から地上に向けて光の束の照射が始まり、照射された光の中を長方形の箱らしきもの二つが下りて来た。
地に下りた棺のような箱らしきものを開けると、二つの生命体らしきものがそれぞれ状態を起こしてきた。
その二体に向かって「汝と汝は再び地に満ちよ」と囁くように言った。
囁くように言ったその生命体らしきものは、再び光の束の中を光彩を放つ物体へと戻って行った。
光彩を放つ物体の中では、光の束の中を降りて来た生命体らしきもの複数いて、意味的には今回のこれは「ぼくらの失敗」だなんてことを言ってみたいだった。「次はもう少し早めに見回りに来ることにするか」そんなようなことを確認するように伝え合って、光彩を放つ物体は西の空の方向に向かってぎゅんと飛び去って消えて行った。
「汝と汝は再び地に満ちよ」と言われた二体のうちの繁殖個体(メス)の手には、リンゴが握られていた。