デザイン思考とアブダクション

4月にAPUでデザイン思考のワークショップをやることが濃厚になった。

なので今回はデザイン思考における基本的考え方について。

デザイン思考は教育という点でも従来のマネジメント教育とは異なっている。基本的に従来のマネジメント教育においては帰納法 (induction)演繹法(deduction) の二つの手法を用いて物事を考える。一方、デザイン思考はアブダクション (abduction) を重視する。

帰納法と演繹法

帰納法は、特定の事例から一般化を試みる考え方と言えばいいだろう。例えば、近年成功しているインターネット関連企業数社の事例研究を通じて、サブスクリプションというビジネスモデルが競争優位の源泉になる、と考えたとする。この考え方は帰納法である(中学か高校で数学的帰納法を学ぶと思うが、それも思い出してほしい)。

一方、演繹法は論理的な命題から結論を推論をする方法と言える。例えば、あなたはインターネット関連企業に勤めているが、企業の扱う商品・サービスがサブスクリプションというビジネスモデルに合致しにくく、実際にそのモデルを採用していないとする。この場合、あなたは「今後うちの会社は業績厳しいだろうな」と考えるかもしれない。このように、ある命題(サブスクリプションというビジネスモデルが競争優位の源泉になる)から結論(自社の今後)を推論する方法が演繹法である。

Dorst (2011) はこうした一般的な推論を以下のような式で説明している。

一般的な推論: WHAT + HOW → RESULT

ここでWHATはある特定の事例・事象を意味し、HOW は原理原則を意味する。そしてこうした事象に原理原則を当てはめると、ある結果が導き出される、というのが一般的な推論のパターンである。そして、この公式を用いると帰納法と演繹法は以下のようにあらわせる。

帰納法:WHAT + HOW → ???

演繹法:WHAT + ??? → RESULT

帰納法は、事例・事実 (WHAT)とそれに関連する原理原則 (HOW) によって結果を予測する。一方、演繹法は事例・事実 (WHAT)と結果 (RESULT) から原理原則 (HOW) を創造する。

一般的な推論の限界とアブダクションとデザイン思考

こうした論理的思考はとても有益であるが、実際の問題を解決するには不十分かもしれない。それは、現実の問題がより「やっかい (wicked)」であることが常だからである。

先の例で言えば、普通にビジネスをしていて企業の競争優位の源泉を特定するのは非常に困難である場合が多い。また、特定の事例を自分の境遇に完全に当てはめることができるかも疑わしい。いろいろな要因が複雑に絡まっているし、ある場合に当てはまることが別の場合に当てはまらない、ということはしょっちゅうである。

以上のことから、デザイン思考では三つめの考え方、つまりアブダクション を重視する。アブダクションとは、仮説を形成するプロセスのことで、この考え方で導かれるのは帰納法(や演繹法)とは違い、事実ではなくあくまで仮説である、ということである。

例えば、「サブスクリプションというビジネスモデルが競争優位の源泉になる」という命題に関して、アブダクションはどのようなことが原因でサブスクリプションは競争優位の源泉になり得るのかの仮説を提示する。

Dorst (2011) はデザイン思考についても式で表している。

デザイン思考:WHAT + HOW → VALUE

一般的な推論との大きな違いは最終的に導き出されるものは観察される結果ではなく、望ましい価値 (VALUE) である、ということであり、アブダクションが仮説形成のプロセスを意味することを示している。

そして、アブダクションは以下の二つの式で示される。

アブダクション I:??? + HOW → VALUE 

アブダクション II:??? + ??? → VALUE

デザイン思考におけるアブダクションには二通りある。一つ目はWHATが不明な場合である。これは、従来の問題解決における思考と同じようなものである。つまり、生み出したい価値があって、それをどのようにすれば実現できるか、原理原則が明らかになっている場合である。この場合、価値を生み出す具体的な製品やサービス (WHAT) を定義すればよい

しかし、現実では二つ目の状況になっていることの方が多いのではないだろうか。すなわち、生み出したい価値 (VALUE) だけははっきりしているのだけれども、どのような製品・サービスを生み出さなければいけないのか (WHAT)、それらをどのような原則によって支えなければいけないのか、どのようなビジネスモデルがよいのか (HOW) 、といった点が不明確な場合である。

一つの式で二つの変数が不明な場合、適当な数を当てはめて解を求めることが試みられるだろう。例えば、

x + y = 10 

という式があったとして、とりあえず上記の式を満たすような x と y を列挙してみる、ということが可能である。そして、アブダクション II でも同じようなことが求められていると言える。価値 (VALUE) を導き出すような x (WHAT) と y (HOW) を列挙してみるのである。

そして、うまくいきそうなものを実際にやってみる。具体的にはプロトタイプを試作する。これこそ、デザイン思考において重要なポイントである。プロトタイプを作って試行錯誤してみる。失敗の繰り返し。でもそれは適切な x と y の組み合わせを探る大切な作業であり、これなしにはデザイン思考は語れないと思っている。

最後に

APUの学生を見ていて思うのは、基本的に彼らは頭で考えることしかしない(もちろん、何も考えない学生も多々いるが)、という点である。APUではケースコンペティションみたいなイベントは人気だし、それによって従来の論理的志向プロセスを学習することはできるとは思う。

しかし、10回ケースコンペティションに出場したとしても、実際に何かを生み出す力は養われないだろう。彼ら・彼女らは決して生みの苦しみを体験することはない、と思っている。

学生の中にはVALUE だけ提示して実際に行動しないものも多い。見ていて辟易する。夢語る暇があるなら行動しろ、と言いたい。

これらは、決して従来の論理的志向がだめだ、と言っているわけではない。そうではなくて、それだけでは不十分だ、ということを言いたいのである。デザイン思考は、「とにかくやってみる」ことを重視する。学生には失敗を恐れずにチャレンジをする、何かを作ってみることの大切さを学んでほしい。

References

Dorts, K. (2011). The core of 'design thinking' and its application. Design Studies, 32, 521-532.

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