腐ったリンゴ:倫理的意思決定に影響を与える個人要因
人がどのような倫理的意思決定をするのかはその個人にある程度依存する。そして、どのような要因によって倫理的意思決定が導かれるのか、に関して広く研究がなされてきた。とりわけ、非倫理的な意思決定を促す要因に関して、既存研究では腐ったリンゴ (Bad Apples) と腐った樽 (Bad Barrels) という比喩でもって説明がなされてきた (Kish-Gephart et al. 2010; Trevino and Youngblood 1990)。
腐ったリンゴの議論は、人が非倫理的な行動を引き起こしてしまう理由を、その人自身に帰属させる。すなわち、その人が悪人だから非倫理的な行動をするのだ、と結論づけるのである。逆を言えば、その人が善人であれば、倫理的な行動をする、ということが言える。
それでは、いったいどのような個人要因が倫理的意思決定を促し、あるいは非倫理的な意思決定を引き起こしてしまうのであろうか。ここでは、Kish-Gephart et al. (2010) による136 もの研究のメタ・アナリシスの結果に基づいて要因を整理する。
一つ目の要因は、個人の道徳性の発展段階 (Moral Development) によるものである。Kohlberg (1981) は人の道徳性の発達段階には前慣習的水準、慣習的水準、そして原理的水準があると指摘している。
前慣習的水準では、人は物理的な処罰、報酬、便宜のやり取りなど、個人的な損得によってのみ善悪の判断を行う。
次の慣習的水準では、慣習的な秩序や他人に沿うことに道徳的価値を置く。
そして最後の原理的水準では、自分が所属する集団や社会一般における権威とは一線を置いた道徳的原理を見つけ出そうとする。
人は階段を上るように各段階を一段ずつステップアップしていくと言われており、この理論に基づけば人は道徳性の高い段階(原理的水準)にあるほど、倫理的な意思決定をする可能性が高まると言える。そして、実際にこの主張を支持する結果が既存研究から導き出されている。
二つ目の要因は道徳哲学 (Moral Philosophy) に関するものである。すなわち、個人が理想主義的 (Idealism) なのか、相対主義的なのか (Relativism)、という点である。
理想主義の人は、倫理的なジレンマに直面した際、常に他人を傷つけることを避けることができると信じる傾向にあるという (Forsyth 1992)。
一方、相対主義の人は状況が変われば、意思決定をする場合においてもその状況を十分に考慮すべきであると考える。
こうした考え方の違いは、倫理的意思決定の仕方にも影響を及ぼすことが明らかになっている。すなわち、理想主義の人の方が倫理的意思決定をする傾向がある一方、相対主義の人は状況によって非倫理的な意思決定も許容してしまう可能性があるのである。
三つめの要因はマキャベリズム (Machiavellianism) である。マキャベリズムとは、功利主義的であり、感情的な側面をあまり考慮せず、目的のために手段を選ばない、というパーソナリティ特性を意味している。
このようなことから、マキャベリズムというパーソナリティを持つ人は、他の人よりも非倫理的な行動を起こす可能性が高い。
四つ目の要因はルーカス・オブ・コントロール (Locus of Control) である。人の中には、自分の意思決定によってあらゆる行動を決めることができる、と信じている人がいる。すなわち、自己の内部に自分の行動の決定の源泉がある、と考える人がいる。このような人は、ある出来事があった際、それを自分で統制することができると認識する傾向にあり、この人のことを内的統制型 (Internal Locus of Control) の人ということができる。
一方、ある出来事に対して、それを自分で統制することができない、自らの力で行動の結果に影響を及ぼすことができない、と考える人は外部統制型 (External Locus of Control) の人ということができる。
内部統制型の人は結果を自身の行動によるものと考えるため、結果に対して個人の責任を認識するようになる。よって、内部統制型の人の方が倫理的意思決定をする傾向にある。
職務満足 (Job Satisfaction) もまた倫理的意思決定に影響を与える要因である。既存研究からは、職務に対して不満を感じている人ほど、職場において逸脱行動(欠勤やさぼりなど)をする可能性が高まることが指摘されている。
最後に、いくつかのデモグラフィック特性もまた倫理的意思決定に影響を及ぼすことが明らかになっている。
例えば、既存研究から女性の方が男性よりも非倫理的行動をする可能性が低いことが明らかになっている。これは、女性の方が男性よりも相手を気遣う、という点を意識した判断をする傾向にあるからだと言われている。
また、年齢の高い人ほど道徳性が発展している可能性が高まるため、一般的に倫理的意思決定をする可能性が高いという。一方、こうしたデモグラフィック特性が倫理的意思決定に与える影響は、他の個人要因よりも小さい、ということが研究から明らかになっている。
References
Forsyth, D. R. (1992). Judging the morality of business practices: The influence of personal moral philosophies. Journal of Business Ethics, 11(5-6), 461-470, doi:10.1007/bf00870557.
Kish-Gephart, J. J., Harrison, D. A., and Trevino, L. K. (2010). Bad apples, bad cases, and bad barrels: Meta-analytic evidence about sources of unethical decisions at work. Journal of Applied Psychology, 95(1), 1-31, doi:10.1037/a0017103.
Kohlberg, L. (1981). The philosophy of moral development: Moral stages and the idea of justice. San Francisco ; London: Harper & Row.
Trevino, L. K., and Youngblood, S. A. (1990). Bad apples in bad barrels : A causal-analysis of ethical decision-making behavior. Journal of Applied Psychology, 75(4), 378-385, doi:10.1037/0021-9010.75.4.378.