動物はモノじゃない(ペットの車内放置~夏を前にして~2)
1.車内放置の事例~昨年愛知県内で起きた車内放置事件~
前回(https://note.com/i_love_wanko/n/n0648b1163cb7)の続き、です。長いですがお付き合いください。
みなさんに問題提起をします。
ペットの車内放置を見かけたとき、あなたなら、どうしますか?また、どうすることが最良なのでしょうか。見て見ぬふりをする、ということは、しませんよね?
ここからは、犬好き法学部生(女子犬生)として、ペットの車内放置への現行法での対応に関する、過去の事例を私なりに考察します。間違えているところがありましたら、ご指摘ください。以下、「ペット」と「動物」という言葉が混在します。「ペット」は家庭動物を指し、「動物」はそれ以外も含み述べています。
前回の事例では、車内に放置されているペットを発見したあと以下の経過をたどったようです。
①警察へ通報
②動物愛護センターに連絡
③人を集めてできることを対処(事例ではサンシェードを車に覆い陽ざしを避ける、犬に給水をする)
④発見から4時間経過後警察官による救出
駆け付けた一般の方が救出、ということはなかったようです。
車内で苦しんでいる動物を今すぐにでも窓を破り助けてあげたくなりますね。でもその行為は法律的に許されるのでしょうか。
2.動物は「物」であり、「命あるもの」~日本における動物の法的地位~
動物の事例を法的に論じるには、動物が法的にどのような存在であるのかを知る必要があります。まず、憲法には動物の存在を示す条文はありません。次に民法をみます。
民法85条・・この法律において「物」とは、有体物をいう。
上記規定により、動物は「物」であると解されます。
では「物」であるなら所有者は動物に対してどんな扱いをしても良いのか。暑い中、車の中にペットを放置しても何ら問題はないのか、というとそうでもないようです。民法では、「物」の扱いに関する所有者の権利範囲を、次のように定めています。
民法206条・・所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。
つまり、法令の制限内で、所有者は「物」を自由に扱うことが許されています。法令の制限を超えると犯罪となる余地があることが理解できます(銃刀法違反もわかりやすい例ですね)。
民法206条の「法令の制限内において」とは、具体的には何を指すのか。上記事例で言えば、動物愛護法はその一つと考えます。所有者の所有権も、無制限ではありません。参考に、2条と44条(抜粋)を紹介します。
動物愛護法2条・・動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない。
動物愛護法44条2項抜粋・・愛護動物に対し、みだりに、給餌若しくは給水をやめ、酷使し、その健康及び安全を保持することが困難な場所に拘束し、・・衰弱させること・・・1年以下の懲役または100万円以下の罰金に処する。
動物は法律で、人間の「所有物」であると同時に「命あるもの」ともされているのです。では、法律上「物」であるとともに「命あるもの」である動物をすぐに助けることができないのはなぜか。救出をする根拠となる法令はあるのでしょうか。
3、車内放置されているペットを助ける根拠法令はある?
根拠法令を探してみます。「緊急時」または「切迫」の状況における「動物」の「救出または保護」に内容が少しでも該当する条文を探します。
①民法第720条1項2項(正当防衛及び緊急避難)・・他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない。ただし、被害者から不法行為をした者に対する損害賠償の請求を妨げない。
2.前項の規定は、他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷した場合について準用する。
②刑法第37条緊急避難・・自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
③消防法1条・・この法律は、火災を予防し、警戒し及び鎮圧し、国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、火災又は地震等の災害による被害を軽減するほか、災害等による傷病者の搬送を適切に行い、もつて安寧秩序を保持し、社会公共の福祉の増進に資することを目的とする。
④動物愛護法44条・・愛護動物に対し、みだりに、その身体に外傷が生ずるおそれのある暴行を加え、又はそのおそれのある行為をさせること、みだりに、給餌若しくは給水をやめ、酷使し、その健康及び安全を保持することが困難な場所に拘束し、又は飼養密度が著しく適正を欠いた状態で愛護動物を飼養し若しくは保管することにより衰弱させること、自己の飼養し、又は保管する愛護動物であつて疾病にかかり、又は負傷したものの適切な保護を行わないこと、排せつ物の堆積した施設又は他の愛護動物の死体が放置された施設であつて自己の管理するものにおいて飼養し、又は保管することその他の虐待を行つた者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
以上が緊急時の動物の救出を想定した、もしくは想定したと考えられる法律の条文です。これらから、今回の事例に適用可能な条文があるかどうか、を考察します。
4.私の考察
以下、私の考察です。
民法の場合。民法と刑法の緊急避難条項は、似ていますが、民法では、例えばある人間が他人の犬に襲われている急迫の危難を避けるためその犬にけがを負わせた、といったこと等、「物から受ける急迫の危難」を想定しており、今回取り上げている事例は該当しないのではないでしょうか。
刑法の場合。
①暑さによる現在の危難があり(人や動物の行為や、自然現象により危難が迫っている状況)
②避難意思(危難を避ける意思)があり
③他の方法がなくやむを得ずにした行為であり(補充の原則)
④緊急避難により生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった(法益権衝の原則)
ならば、該当するのではないでしょうか。
ですが、当然にそうなるとはいかないようです。②③④は、どの程度からが緊急事態といえるのか、ほかに方法が本当になかったかどうか、緊急避難により生じた害が避けようとした害の程度を超えなかったかどうかは個別のケースによるため一律には言えないそうです。
(https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/omoshiro/202210/0015807534.shtml 参照)
要件に該当しなかった場合、動物を助けた他人が裁判で負ける可能性があります。さらに、①はどうでしょうか。現在の危難があるというのは、他人の動物に危難が迫っているのであり、その他人の動物を助けた人に、ではありません。もともと要件に該当しないと解されるのか、私にはわかりません。
消防法の場合。
火災の場合に財産(=所有動物)を保護すると解されるので、今回の事例には該当しません。
動物愛護法の場合。
44条は虐待の定義を述べてはいます。これに違反することは許されないことが解ります。しかし緊急時に関する言及は見つけられません。
以上のように、車内放置による緊急の状況で動物を保護する具体的な条文を探しましたが見つかりませんでした。つまり、車内放置されているペットを救出するための根拠法令があるか、という問いに対する私の答えは「ありません」となります。
5.もう一度。「あなたならどうしますか?」
前述のように動物の救出の根拠法令はない、と私は結論付けました。私の知る範囲、調べた限りでは明らかな法の不備と考えます。もし解釈の違いがあれば、教えてください。私の考察に従うならば、緊急時のペット救出は法的に、非常に困難を伴います。昨年の事例においても、一般の人は手を出せず、結局のところは警察官の現場判断で、となるのでしょう。であれば、現場警察官が動きやすいようにクライテリアを明確にしてほしいです。いずれにしても、動物を助けたい善良な市民が自己責任による救出の決断を迫られ、苦しむことは必定です。
私なら、車内放置された動物を助けなければならない切迫した状況では、③と④を客観的に明らかにしたうえで判断を警察に委ねるか、救出後に緊急避難での免責がされないケースも覚悟して救出する、のどちらかを選ぶでしょう。改めて、みなさんなら、どうされますか?
上記事件の私の考察はここまで、です。
動物愛護法は5年ごとに見直しがなされます。前回の改正は2019年、施行は2020年でした。次回の動物愛護法改正に向けて、被虐待動物の緊急保護制度の設置を求める声が増えています。ぜひ、ペットの車内放置も想定した条文も盛り込んでほしいと願います。
6.追記
①救出後、犬2匹は動物愛護センターで保護され、昨年の6月27日時点の報道で判ったことは、動物愛護センターが飼い主に指導の上犬を返すか、あるいは新たな飼い主に譲渡することになる、とのことでした。その後どうなったのかは調べきれていません。一般的に、逮捕されると48時間以内に送検されますが、微罪であり被害が小さく被害回復がされた場合には送検はせず、事件を終了させる場合もあります。
②今回の考察では、判例を調べていません。今回取り上げた事例より以前にも同様の事件があったかどうか、機会があれば判例を調べてみたいと考えています。