挫折と意味

アメリカにいるから大学卒業まではまだ1年半あるが、現役で大学に行ったやつはストレートで卒業する友人たちは今年就職だ。

自分の専攻的に裏でどのようなロジックになっているかはおおまかに理解しているつもりだが、ここ数ヶ月、InstagramがTwitter、Xと言ったほうがいいかもしれないが、から就活のtipsみたいな投稿をちょくちょく見る。

信憑性は置いておいて、挫折した経験を聞かれることもあるとかないとか。
挫折した経験は人としての厚みにもなるし、何よりそれに対してどうやってfight backしたかをみたいんだろうなとか考えている。実際、アメリカの入学のためのエッセイでも聞かれた気がする。

日本で就職することはないが、自分の挫折について振り返ることは自分を客観的に見つめ返すいい機会かもしれない。

こう始めたものの、挫折とは何だろうか。

挫折とは目的を持って続けてきたことが途中でダメになることらしい。それをダメになったかどうか起こった瞬間に判断するなんて時期尚早すぎる。

僕は自分の人生を振り返ると挫折はなかったと言える。これは弟の中学受験を伴走して感じたことでもあるのだが、気持ちの持ちようだと分かったからである。

陳腐で擦り切れるくらい言われているフレーズ、親が敷いてくれたレールの上を歩くような人生を送ってきたからだろう。その中でも親が思うような結果が出せなかたこともあった。実際、中学受験は結局第一志望には受かったものの、1月校に落ちたために第”0”志望は受けられなかった。小6の頃の自分はそれがあまりにも悔しくて、塾で泣くほどだった。

それでも、僕の中で中学受験は成功体験として刻まれている。それは親が第一志望に合格したことでそれを美化しているからだ。おかげで、このような小石たちがあっても親のレールのおかげで何とか脱線しないで済んでいるのだ。

これは弟も同じだったように思える。弟の場合は逆で、第一志望には残念ながら合格できなかったが、第"0"志望に合格できたのだ。これは親の力なしでも塗り替えられるくらいのことであるが、2月1〜3日を見ていると母親が特に弟の気を盛り立てていて、こうやって挫折もなかったことではなく、糧として昇華させていたんだなと気づいた。

ただ、歳をとるにつれて親が敷いてくれたレールから自立したいと思うようになった。高校生になって自分でポイントを切り替えることもあった。でも、そこには大学に行き、卒業し、就職して、結婚して家庭をもつみたいなバラストが存在していた。ただ、アメリカという地にきて、バラストすらなくなった。全て手探りで自分で作り上げないといけない。

ここにきてようやく自分が試される。自分で自分を盛り立てるのだ。

確かにその瞬間に目的としていたことは成し遂げられなかったかもしれない。だからと言ってそれがダメの2文字で片付けられて言い訳がない。羽生結弦が言うように、努力は裏切るが無駄にはならない。

常に失敗に意味を与えようとするからこそ、挫折は存在しないのだ。

今僕は現在進行形で失敗に対して意味づけをしている。

僕は今までスポーツに関して小学校の頃から出来る側の人間で、特に中学に入学して以降、どんなスポーツでも今年の9月になるまでスタメンを外れたことはなかった。

そして、僕はアメリカではあまりメジャーではないスポーツの部活に入った。中高と少し合わせて8年間もプレーしているスポーツだからここでもスタメンを取れるだろうと少し高を括っていた。

しかし、蓋を開けるとシーズン始まって3試合、Bチームにも呼ばれなかった。僕は練習でも120%だったし、かなり自分に失望した。Bチームの同じポジションの選手が怪我したことでそのポジションに空きが出た。正直、チャンスだと思ったが遠征のチームリストには自分より年下のプレーヤーが選ばれた。もう何がなんだかわからなかった。

辞めてやろうかと思った。実際、僕は留学生な訳であるから単位を落としたら強制帰国にもなりかねないくらい勉強優先ではある。なぜ息抜きでやっているスポーツでこんなに悩まなきゃいけないのか。そう思っていた。

でも逃げたくなかった。そういったら聞こえはいいが、負けたくなかった。いや、負けを認めたくなかったのだ。チームにしがみつきもがき続けいつか自分が選ばれれば、その負けはそのために必要だったんだって正当化できる。
ただ、そこでチームを離れるということはその負けをtakeするっていうことだ。それだけはどうしても受け入れられなかった。

試合の次の練習から自分の中で何かが変わった。自分に甘えてはいけないと。コーチは言った。We are a D1 team, we are a high-performance team. そこで自分が置かれている環境の違いにハッとした。

自分はここまでパフォーマンスが求められるチームにいたことはない。そのスポーツを楽しめれば良い弱小チームにしかいたことはなかった。井の中の蛙だったのだ。そこでキャプテンを務めたりしてできると勘違いしていただけだったのだ。

それに気がついて、自分の成長に貪欲になった。隙があれば弱点克服のためにビデを見るし、コーチに話を聞いたり、そのスキルがある友達に居残りをお願いすることもあった。

着実に成長していた。自分で実感できるほどに。そしたら自ずとまずはBチームに声が掛かった。千載一遇のチャンスだった。もらったチャンスをふいにはさせまいとピッチを駆け回った。得点もした。チームメイトからも試合後によくやったなって言ってもらえたが、すごい不思議な感覚がしていた。

今までの試合後の感覚とは違う。負けて悔しい、勝って嬉しいその二つしか今までになかった。ただその時は、勝ったのに悔しい。もっと上手くできたのにと言う思い通りのプレーができなかったことへの悔しさだ。

試合の映像を見返してコーチと話し合う。自分の弱点について徹底的に考える。練習で実践する。試合で全てをぶつける。無力感を感じる。この繰り返しだった。幸い、この地道な努力が認められたのかBチームのスタメンにはなれたものの無力感しかなかったがチームには貢献できているからスタメンなんだと理解していた。

ただ、まだ自分の目標のAチーム入り、そしてスタメンを果たしたわけではない。これが自分の目標なのであるからBチームのスタメンになってからも貪欲にプレーし続けた。

しかし、僕は試合で怪我をしてしまった。僕が必死に掴んだスタメンは4試合で手からこぼれ落ちた。足首のdegree 2の捻挫だ。シーズンの全休が決まった。

それでもチームはシーズン無敗でチャンピオンシップの決勝に向かった。チームのためになれないもどかしさがあった。決勝の相手はシーズン中に勝った相手。勝てると思っていた。しかし結果は大敗。チームの一員としての悔しさと共に自分がプレーしていれば何かできたんじゃないかと言う無駄な考えが頭を巡った。

負けは4年生の引退を意味していた。僕のbigは試合後に泣きながら言った。don't take this for granted. This is absolutely passed down and engraved in your life. I'm proud of you guys. 

彼の顔は忘れられない。どうにかして僕の怪我に意味を与えたい。この気持ちに意味を与えたい。

James Tippettは言った。結果を手にするのかどうかは才能、努力、そしてタイミングが全てだと。自分で今変えられるのは努力だけ。

今はまだ挫折だが、将来これが挫折ではないことを願って今日も上を目指して努力を続けたいと思う。


いいなと思ったら応援しよう!