【独占禁止法叙説】6-4 「持株会社」(パート2)
(三)ベンチャー・キャピタル・ガイドライン
本条に関する実務・運用の一つの画期は、一九九四年八月二十三日に公表された「ベンチャー・キャピタルに対する独占禁止法第九条の規定の運用についての考え方」(以下、「平成六年ガイドライン」という。)である(本ガイドラインは、公正取引五二七号(一九九四年九月)二十四頁〔資料1〕参照)。ベンチャー・キャピタルとは、ベンチャー・ビジネスに対する資金提供と経営活動の助言とを業務とする会社をいう。一般に、ベンチャー・ビジネスは、そのリスクが大きく且つ担保に供すべき資産が乏しいこと等から、金融機関からなかなか融資を受けることできない反面、その事業が成功した暁にはそのキャピタル・ゲインは大きく、こうした先端技術産業を育成することは国民経済の発展にとっても望ましいものと考えられている。ベンチャー・ビジネスの資金需要に応じ、これらの発行する株式や転換社債を引き受けることで、かかる事業への資金供給の役割を果たすのがベンチャー・キャピタルである。もちろん、ベンチャー・キャピタルが、本来の事業である資金供給や経営の助言に止まっていれば、もとより独占禁止法上問題とはならない。だが、株式保有により会社を支配することとなれば、それは「持株会社」に該当する可能性がある。
そこで、公正取引委員会は、一九七二年十一月、ベンチャー・キャピタルによる株式保有に限界を画するガイドラインを公表した(「ベンチャー・キャピタルに対する独占禁止法上の取扱について」(一九七二年十一月九日公表)。)。これは、旧法九条三条の要件である支配可能性〔二-(二)-(2)参照〕に関して判断基準を提示したものである。ここでは、当該ベンチャー・キャピタルが「持株会社」に該当しないと考えられるための要件として、①長期資金の供給によるベンチャー・ビジネスの健全な成長の支援を目的とするもので、投資先企業の支配を目的とするものではないこと、②役員の派遣・兼任を行わないこと、③投資の対象は原則新株によること、④出資比率は過半を超えず、二十五パーセントを超える場合には支配可能でないことが明白であること、⑤十パーセント超の株式は目的達成時には相当の期間内に相手方の意向を尊重して処分することが示されている。
だが、このガイドラインは、二つの意味で問題を抱えていた。ひとつは、先の要件のすべてを満たしていなくとも、直ちに旧法九条に違反するものではないのだが、その点が必ずしも明確ではなかったこと、いま一つは、当時、ベンチャー・キャピタルは、ベンチャー・ビジネスに対する投資を主たる事業と想定されていたため、「主たる事業」に関する基準について明確な記述をしていなかったことである。
また、前者と一部関連する点でもあるが、本ガイドラインは内容的に見ても法律の趣旨と必ずしも合致するものとはいえなかった。まず、「支配を目的とする」か否かはここでは問題とならない〔①〕。このことは、一九五三年(昭和二十八年)改正の折、原始独占禁止法において「会社の事業活動を支配することを目的として、株式を所有することを主たる事業とする」とあったところ、主観的な支配意思の認定を排除すべく「株式を所有することにより国内の会社の事業活動を支配することを主たる事業とする会社」(旧法九条三項)のように改められたことからも明らかといってよい。次に、役員の派遣・兼任についても実定法上の根拠がない〔②〕。蓋し本規制は「株式……を所有することにより国内の会社の事業活動を支配すること」(旧法九条三項)が問題なのであって、そもそも役員の派遣・兼任の事情は考慮する必要がないからである。また、投資の対象を新株としていることは議決権の比率が上がることでベンチャー・キャピタルの支配可能性を高めないための措置であり〔③〕、十パーセント超の株式の処分に当たり目的達成後相当期間内に且つ相手方の意向を尊重しつつ処分することを求めているのはベンチャー・キャピタルの支配性をより緩和させることを期待して付された要件を述べているに過ぎない〔⑤〕。
かかる問題に対応するかたちで新たに公表された「平成六年ガイドライン」は、先のガイドラインにおいて数量的に明らかにされた基準を敷衍し(もちろん、支配可能性についてのみだが)、これを実質的に踏襲しつつ、旧法九条三項の要件に則ったかたちで判断されることとなった。
(イ)まず、ベンチャー・キャピタルが株式所有により事業活動を支配しているベンチャー・ビジネスその他の国内の会社(「被支配会社」)を有しているか否かである。当該「被支配会社」として取り扱われる会社として「平成六年ガイドライン」は、①株式所有比率が五十パーセント超の会社、②株式所有比率が二十五パーセント超五十パーセント以下であって、かつ、他の出資者との関係において支配可能でないことが明白でない会社、③株式所有比率が十パーセント超二十五パーセント以下であって、かつ、他の出資者との関係において支配的であることが明白な会社が挙げられ、他方、④株式所有比率十パーセント以下の会社は、原則としてここでいう「被支配会社」とはならないとしている。
(ロ)次に、「株式を所有することにより国内の会社の事業活動を支配することを主たる事業」としているか否かにつき、①当該ベンチャー・キャピタルの総資産の額に占める被支配会社の株式の価額の合計の割合が五十パーセント超の場合には「持株会社」に該当し、②同様に総資産の額に占める被支配会社の株式の価額の合計の割合が二十五パーセント超五十パーセント以下の場合には「持株会社」に該当するおそれがあり、③総資産の額に占める被支配会社の株式の価額の合計の割合が二十五パーセント以下の場合には「持株会社」に該当しないものとしている(なお、総資産の額の算定につき、持株会社に該当しないようにするために総資産量を増加させ、総資産の額に占める被支配会社の株式の価額の割合を引き下げたと認められる場合には、総資産から増加させた分を控除してその割合を算定するとし(「平成六年ガイドライン」(注1))、脱法行為を防止している。また、株式の価額につき、原則として帳簿価格により算定するが、これによることが適当でない場合には、時価純資産価額方式(会社を解散し、清算するとした場合の会社の正味財産に基づき評価を行う方式)等により算定するものとしている(「平成六年ガイドライン」(注2))。)。
「平成六年ガイドライン」の公表後、確かにその対象はベンチャー・キャピタルに対するものではあるものの、旧法九条三項の解釈は基本的に形式的・数量的基準に拠ることとなった。なかでも、「株式を所有することにより国内の会社を支配する」という要件に対応して、五十パーセント以上の持株比率である子会社を対象とすること〔(イ)-①〕、また、株式保有による他の会社の支配を「主たる事業とする」の要件に対応して、これらの会社の株式の価額が当該会社の総資産の五十パーセントを超えること〔(ロ)-①〕とする点について言えば、現行法における基準の原型を見出すことさえ可能である。かくして、現行法九条四項一号(及び法九条五項ないし法四項)の要件は、「平成六年ガイドライン」を基本的に踏襲しつつ、これを大幅に簡略化し、従来「持株会社」の判断にあって何らかの意味で実質的な判断をしてきたところであるが、現行法は専ら形式的に判断しうる部分のみを括り出して規定したものと言い得るであろう。
(四)「持株会社」・「純粋持株会社」・「事業持株会社」
法律上「持株会社」とは、法九条四項一号が規定するように「子会社の株式の取得価額…….の合計額の当該会社の総資産の額に対する割合が百分の五十を超える会社」である。従って、現行法上はこれに当たらなければ「持株会社」ではなく、事業会社ということになる。「持株会社」ではないということを明らかにするため「非持株会社」と呼ぶこともある。
問題は、これまで講学上ないし実務上の概念としてしばしば用いられてきた「純粋持株会社」と「事業持株会社」の位置付けである。
かつてのように旧法九条三項で規定され禁止されていた「持株会社」は、これまで見てきたように二重の意味において実質的評価に支配され、これが「純粋持株会社」だとしても、その概念を確定したことにはならず、また、仮に「平成六年ガイドライン」を参照したところで、一律に「純粋持株会社」の内容を定めることはできない。現行法九条四項一号ないし旧法九条三項の規定によってのみ、この概念は数量的・形式的に確定することが可能となるが、これは法律上の「持株会社」そのものである。
他方、現行法の「非持株会社」に事業会社を入れることは可能だとしても、「事業持株会社」までその範疇に入れるとすれば、それは明らかにおかしい。かかる帰結をもたらす原因はひとえに「純粋持株会社」のみが法律上の「持株会社」としているところにある。すでに指摘したように、会社は子会社の株式を保有することを「一定の取引分野における競争を実質的に制限」しない限り妨げられないのであるから(法十条又は法三条前段・法二条五項参照)、一般の事業会社は「事業持株会社」たり得るわけである。ただ、「持株会社」というからには、法九条四項一号の意味で「持株会社」でなければならない。極端なことを言うと、理屈の上では、「子会社の株式の取得価額の合計額」と「当該会社の総資産の額」とが一致している会社のみが「純粋持株会社」なのであって、それ以外の「持株会社」は「事業持株会社」というべきなのである。だが、こうした見方は現実の「持株会社」をめぐる経済実態からかけ離れているであろうし、一般人がおそらく有するであろう「株式を所有し会社を支配することだけを事業活動としている会社」を「純粋持株会社」とし、「株式を所有し会社を支配すること以外に何らかの事業活動をしている会社」を「事業持株会社」とする常識的な理解からも乖離することになるだろう(もちろん、この場合「純粋持株会社」特有の事業活動とは一体何かという根本的な問題が持ち上がってくるが……)。だとすれば、現行法の下における「持株会社」の概念の確定にあって、「純粋持株会社」と「事業持株会社」の間の区別はそれほど意義を有するものとは思えない。結局のところ、「純粋持株会社」も「事業持株会社」も、その意味するところは相対的なものに過ぎない。それにもかかわらず、これらの概念をあえて用いるとするならば、法の文言とは別の観点に立ってその事業お現実を踏まえた明確な意義を付与する必要がある。
(2024年6月3日記)