【独占禁止法叙説】0-1 資本主義・市場経済・独占禁止法

 独占禁止法は、正式には「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(昭和22年法律第57号)(以下「独占禁止法」ないし「法」と呼ぶ。)といい、敗戦後占領下の1947年、わが国経済を民主的に秩序づける恒久立法として制定された。
 わが国は他の多くの先進国と同様、資本主義という経済システムを採用し、その下で国民はさまざまな経済活動に従事しながら、それぞれの必要を充足させている。資本主義は、立憲主義が個人の自由を確保するため、公権力の行使に制約を加える一方、政府・公権力が私有財産を尊重すべきことを要求する。私有財産を前提とする資本主義は、企業の利潤動機にもとづく競争をその活力の源泉としており、これに疑問や懸念を示す者ですら否定できないほどの力強い創造力を発揮してきた(『共産党宣言』)。
 資本主義の原動力としての市場経済は、価格メカニズムによる自律的調整過程(「神の見えざる手」:『国富論/諸国民の富』)を経て、より大きな利益を社会にもたらすと考えられ、それゆえに、これに対する政府・公権力の介入は極力慎むべきものとされてきた。
 しかし、資本主義の著しい発達をみた前世紀初頭、市場経済はさまざまな挑戦を受けることになる。総力戦としての戦争は、一国の財・サービスの需給に関する問題について、市場の調整機能によることなく、政府の策定する計画とそれにもとづく統制にその解を求めた。そして、繰り返される恐慌と経済危機は、自律的であるはずの市場による需給調整能力の限界を露呈した。
 こうした市場経済の有効性に対する人々の懸念は、政府を市場に代わる新たな調整主体にまつりあげ、やがて政府・公権力の拡大をもたらした(「大きな政府」)。この帰結こそが、生産手段の集団的所有を認める社会主義の出現と福祉国家の登場である。
 資本主義の一派生物たる福祉国家は、政府・公権力による経済活動への介入・関与を通じ、より豊かな国民生活の実現に向け、積極的な役割を果たすことが期待された。福祉国家においては、①資源の効率的配分、②技術進歩、③経済成長、④物価・雇用の安定、⑤所得の公正な分配などが、財政・金融政策を含む広義の経済政策の目標としてしばしば指摘される。
 政府・公権力の経済活動への介入・関与は、これらの政策目標のために行われる。だが、資本主義が経済活動の自由を標榜し、これを前提とする以上、その手段ないし程度は間接的かつ一時的であることが望ましい。統制経済下におけるような経済主体への直接的・恒常的な介入ではなく、競争秩序維持のための間接的かつ一時的な介入・関与による市場機能の発揮こそが、大企業等の私的経済権力の効果的な分散・抑止につながり、ひいては消費者や企業の自由な経済活動を保障する。福祉国家にあっても市場経済が中心に据えられなければならない所以である。
 このような意味で、市場における競争秩序の維持・促進を目的とする独占禁止法は、現代の資本主義下にあって、その動力源たる市場競争を基本的に秩序づけている法であり、経済の基本法といえる。
 前世紀末、社会主義国家の多くは破綻し、「ベルリンの壁」崩壊は政治勢力としての共産主義の終焉を象徴していた。この事実は、市場経済の優位性を証明し、多くの国々の体制転換を促す契機にもなった。21世紀を迎えすでに20年余を経ようといういま、資本主義の勝利はすでに過去の話となり、いまや多くの課題を抱えている。しかしながら、歴史は、少なくとも政府による経済統制や私有財産の否定によってこれらの課題の解消が不可能であることを教えている。
 いま、われわれがしなければならないことは、市場経済そのものが有する強靭さそして創造力を改めて認識し、直面する諸課題に対処しつつ、市場経済をより活発化させ、その果実をわが掌中に収めることである。

【文献】
■アダム・スミス著、水田洋監訳=杉田忠平訳『国富論(1)〜(4)』(岩波書店、2000-2001年)
■カール・マルクス=フリードリヒ・エンゲルス著、大内兵衛=向坂逸郎訳『共産党宣言』(岩波書店、1951年)

(2024年1月1日記)

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