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TOUCAが始まるまで

自らに光をともし、ともに観光の先をてらす。

Entô(エントウ)、柳川藩主立花邸 御花、四万十川源流、森の国「水際のロッジ」にコーディネーターである一般社団法人Intellectual Innovationsを加えた4社合同の「拠点移動型」フィールドワーク (TOUCA) がいよいよ始まります。

このフィールドワークでは参加者にとっての学びはもちろん、その提供者である4社も積極的な学び手として、知見を共有しながら、有機的に繋がり、そしてお互いを補完していく前向きな協調関係を体現していくことで、日本の観光というものを前進させていこうと考えています。

まるで4社を1つの有機物として捉えるこの挑戦的な取り組みに熱をもって賛同していただいた、青山さん、立花さん、細羽さん、本当にありがとうございました。この場を借りて改めて御礼申し上げます。

そして直接的、間接的にこの取り組みに関わってくれている4社のみなさん、そしてそして未だ見ぬ参加者の方々、自らに光をともし、ともに観光の先を照らしていきましょうね。

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以下では「このフィールドワークが始まるまで」を整理していきます。コーディネーターである一般社団法人Intellectual Innovationsの池尾の視点、そしてこちらに参画していただいている各社との馴れ初めなどを書いています。

分人主義という原点

平野啓一郎さんという僕が好きな作家さんがいます。

いろいろと著作はありますが、その中でも『私とは何か「個人」から「分人」へ』、そこで掲げられている「分人主義」の考え方には自分自身大きく影響を受けました。

近代的な世界に存在する「個人」とは英語で書くと「Individual」、dividual (分けられる) に否定の接頭辞である in が付いたもの。人を決して分けられないもの、として定義しています。

平野さんはその対極として、分けられる人格、「分人」(Dividual) という概念を作りました。その分人は「対人関係ごとに生じる自分」であり、一人の人間は複数の分人のネットワークで構成されている、としています。

また自身の感情というのも、他者とのコミュニケーションという相互作用の中で決定されており、したがって自己を肯定するのも否定するのも他者の存在が不可欠である、という展開をさせています。

これは多分に自分の意訳なのですが、「他者そのもの、そして他者との関係性が自らの構成要素の一部である」、という気付きは、自分の中の分人への自覚、そして自分が他者の中でどの分人を引き出せているか、という内省にもつながっていきます。

なぜ自分はあちこちに出かけ、いろいろな方々と時間を共にするのか、いろいろな風景や景色に出逢いに行くのか。

それは自分が「感情 (=分人) の探求」をしているからなのです。

様々な場所で、ひとや風景に出逢い、そこで自分の感情の襞 (ひだ)に触れ、時には新しい感情に驚き、楽しんでいるのだと思います。

隠岐ケミストリー

島根県の離島である隠岐諸島にはいままで3回訪問しています。

初めて訪問することになったきっかけは隠岐ユネスコ世界ジオパークの泊まれる拠点施設Entô(エントウ)の開業のタイミングで、何の目的もなく、ただ「行ってみたい」という衝動に導かれるように向かっていました。

結果的にはこの初回の訪問が、TOUCAまで昇華されるとはこのとき想像もしていませんでした。まさに「縁」島としての遠島。

隠岐諸島の海士町についてはいろいろな書籍、記事がありますが、ひとを島の宝とし、島前高校はじめ教育の最先端、最前線の場所でもあります。そのロケーション、そして人口減というマクロトレンドへの取り組み、まさに日本の縮図であり、「最先端、最前線」というのは自分が人に海士町を伝えるときによく使うキーワードとなりました。

そして2回目の訪問。

日本全国を巡る中で、単体施設や特定地域に限定された取組みには限界があること、そしてその解決策として「連携」・「協業」があることはぼんやり思っていたものの、その原型は絵本の名作スイミーみたいなイメージでしかありませんでした。「ひとつひとつは小さく弱くとも、みなで固まれば大きなものにも対抗できる」というメッセージは連携・協業の分かりやすい事例であるものの、「大きなものに対抗できること、勝つことが良いのか」というところはうまく消化できていませんでした。

そのときの隠岐訪問にご一緒いただいた「柳川藩主立花邸 御花」、「四万十川源流、森の国「水際のロッジ」」の方々とはもともと池尾が担当している立教大学の授業にゲスト登壇いただいたのがお付き合いの始まりでした。

そのあと授業の発展版としてインターンシップをご一緒したりとお付き合いが続く中で、Entôの青山さんをオンラインでご紹介したり、最終的に「一緒に現地行きましょう」という流れになったのも自分の中では普通のことでした。

総勢16名ほどのツアーの中で、Entôも含めての「連携・協働」について「具体的な話にまとめていく」という考えはあるにはあったものの、結局あまり話せないまま最終日を迎えることに。

帰りのフェリーに乗るまでの間、全員が集まれることができたので、Entôの青山さん、石原さんにも助けてもらいながら「どのように今後連携・協働していくか」ということを話すことができました。

具体的な目標を達成するために事前に決めたアジェンダ通りに消化、進行することに慣れていた自分にとっては非常に戸惑う時間もあったのですが、そのほとんどで「素のままの交流」ができており、(いま思えば)最終日にはすっかり4社における「連携・協働の素地」はできあがっていたのでした。

最終日まではやきもきしていたものの、結果的には「メンター・バディー」「インターンシップ」「人材交流」という3つの分野において連携・協働することで合意でき、これが結果的にTOUCAの原型となりました。

この取り組みでは、大きなものと伍することを目的にするのではなく、改めて「観光」という言葉に向き合うことを決めた場でもありました。ちなみにこの段階では、外部参加者を募ることは決まっていませんでした。

4社での2泊3日の時間はほんとうにいろいろな出来事と共に実りあるものだったのですが、何よりも発見だったのは「戸惑いや違和感の感情をネガティブなものとして捉えず、受け入れ、そして結果的には楽しんでしまえた」ことでした。平易な言葉でいうと「新しい自分(の感情)に前向きに出逢えた」ということなのだと思います。

23人+

いまTOUCAのslackには4社から23人のメンバーが参加しています。4社で過ごした隠岐での2泊3日を経て、そのあとも多くの打ち合わせやコミュニケーションがとられました。

もちろん連携・協働プログラムの具現化というタスクもあるわけですが、それ以外でも、個々の関心・嗜好、そして得意分野の共有といったところで有機的な繋がりが自然発生的に起こっていきました。

特定の目的やゴール(4社における垣根を超えた連携・協働)についてもうすこし直接的、直線的に目指すアプローチをとることが多かった自分にはこのことも新鮮な驚きでした。

「連携・協働しよう!」とか「垣根を越えて!」とか誰かが言わなくとも、そして促さなくとも、そういったことが自発的に自然に湧き上がってくる。

隠岐での時間がよかったのか、4社の相性が良かったのか、それともたまたま良き人が揃ったのか。

自分の中でもまだ咀嚼できておらず、もちろん言語化、体系化もできていないこの取り組みをすこしづつ広げていく。

マウンティングや人間関係の消費と一線を画し、「誰かがすでにやっていることは任し、自分が手掛けられる空白地への探索を意識する」「もしも自分ではないほうが上手くいくと分かったのであれば固執せずに手離す」

こういった取り組みを体現することができたならば、もしかしたらいろいろなものが変わるかもしれない、という期待が芽生えた瞬間でもありました。

前述のとおりまだこの関係性が出来上がった理由については解像度が低いのですが、ひとつきっかけがあったとすれば、「メンター・バディー」制度を試験的に4社で行ったことでした。

4社のメンバーを3-4人の小グループに分けて、抽象的なテーマについて話してもらう。そしてそのあとslack上にて同じグループのメンバーの「他己紹介」をする。

これが面白いのは、自分に対してもそうですが、それぞれ微妙にコメントが違うのですね。あとは自己認識とも少し違う。

この一連のセッションは今思えば前述のとおり「他者そのもの、そして他者との関係性が自らの構成要素の一部である」という気付きが、自分の中の分人への自覚、そして自分が他者の中でどの分人を引き出せているか、という内省にもつながっていったのだと思います。

この延長線上には他者との関係性、自分に対しての新鮮な探求と発見があったのです。このメンバーでいえば、自分以外の22通りの分人/感情に出会えたのです。しかも、そしておそらくその多種多様な感情に愛着が湧いちゃったのですね。

TOUCAのロゴにも込めた想いですが、

「始まりは小さい火、その熱がだんだん伝わり、やがて大きな火を灯す」

このことを新たに参加者も迎えながら進めていければと思っています。

学びを学び、学びを変え、学びをつくり続ける

改めてですが、一般社団法人Intellectual Innovationsは「学びを学び、学びを変え、学びをつくり続ける」というビジョンを掲げ活動をしています。

学びの機会の提供者、教え手が最高の学び手であり続けること

今回「TOUCAが始まるまで」を言語化していった中で、すこし整理できてきたことがあります。

自身が「最高の学び手」であるためには、いろいろな人や場所と出逢うことで湧き上がる感情をありのままで楽しむ、面白がる。なかには喜怒哀楽の分類では整理できない感情もでてきます。またそれは戸惑いや違和感のような考え方によってはネガティブな感情もあります。

ただそれすらも面白がれることで広がる地平線が確実にあり、そこでは「他者の介在」がその助けになります。他者との対話が、「化学反応」にもなり、ほかの他者との化学反応を促進する「触媒」にもなりうる。

他者が自己の一部であることを認識して、自分自身も他者にとっての「化学反応」となり、もしくは「触媒」となる。

それをTOUCAで取り組もうとしているのだと思います。

繰り返しになりますが、

TOUCAでは参加者自身はもちろん、その提供者である4社も積極的な学び手として、知見を共有しながら、有機的に繋がり、そしてお互いを補完していく前向きな協調関係を体現していくことで、日本の観光というものを前進させていこうと考えています。

自らに光をともし、ともに観光の先をてらす。

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このことを皆で一緒に進めていくこと、本当に楽しみにしています。




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