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芸人当夜  1-02 ー田舎からの脱却ー

02 迷走と奇策

前回のお話はこちらから。「1-01 壁」https://note.com/i_am_berobero/n/nfcf199d0f2cd



 慎吾は中学の時点で、日本の高校で勉強して日本の大学に入学することを薄々考えていた。悩んだ末、父親の単身赴任先である香港を離れ、難関校といわれる山梨の高校に入ることにした。成績は並ほどではあったが猛勉強し、見事合格。香港にいる日本人学校の友達に別れを告げて、実家の諏訪から山梨、片道一時間半の遠距離登校生活が始まった。高校ではそれなりに楽しい生活を送った。部活も1つに縛られずに、ラグビー、卓球、写真等々多様なジャンルにチャレンジした。文化祭等の催し物にも積極的に取り組み、女の子達と夜遅くまで作業をするのが楽しくて仕方がなかった。が、「それなり」だった。実際は中学のようにイケてるグループにも入れず、かといってクラスで浮くわけでもなく。
 その怠惰とも刺激的ともとれない生活の反動からか、一時期彼はヤンキーにあこがれを持つようになる。だが根は真面目な慎吾、その"格好"だけに憧れた。ガチガチなヤンキーにはならず、実家でそのような格好をして写真を撮る。かわいいものだ。しかもヤンキーが顔に巻くバンダナが買えなかった慎吾は、おばあちゃんが受験の時にくれた「必勝」ハチマキを顔に巻いて写真を撮っていた。俗に言う「若き日の迷走」というやつである。 


 そんな格好はともかく、このころから慎吾は徐々にモテ始める。


 思い返せば、中学時代の女子との交遊も苦いものであった。最初の女の子は慎吾の一目惚れだった。転校して最初に付き合い初めたのはいいが、彼は香港をまるで知らない上、女の子とどこに行けばいいのかすらも分からなかった。チャラ男なんて言葉とは程遠い。どう距離を縮めるべきか、悩んだ。その末に彼は、どこかで見た「交換日記」という選択肢を取った。直接話すわけでもない、センスを問われるわけでもない、と踏んだ慎吾は交換日記を彼女に持ち掛けた。しかしこの条件でも、彼のチキンハートは問題なく作動した。またさんざん悩んだ挙句、

「今日は暑かったね。また明日。」

これで彼女に返却した。

勝負に出た話を書くわけでもなく、相手のことを聞くでもなく。当たり障りのない交換日記を重ねていった。もはや交換日記というより「学級日誌」だ。そんなものでも慎吾は彼女の机の中に日記を入れ、翌日その日記が自分の机に入っているのを見て、

〈やっべ、好きな女の子が自分の為だけに日記を返してくれてる...〉

と歓喜していた。しかし、恋というものは人の視野を狭めるものである。三か月ほどしただけですぐに疎遠になった。相手側の彼女が慎吾を「彼氏」とは認めていなかったからである。世間話の積み重なった交換日記にこれ以上付き合う暇は無かったようだ。友達以上彼氏未満の関係に飽きられたのだった。
 二人目はデートに誘うことに成功。当時香港でデートスポットとして鉄板だった子洒落た日本料理のお店を三越の地下で見つけ、そこに行った。日本料理店なのだから日本食を頼めばいいものを、彼はなぜか日本料理でもないパスタを食った。デートを楽しんで女の子をリードするなんて夢のまた夢、ガッチガチに緊張した。

「藤森君、普段何してるの?」
「...................寝てるかな。」
「ふーん。。。」

ろくに食べ物がのどを通らなかったどころか話もスッカスカで、その様はまさしく双方生き地獄。デートの翌日、当然のように相手から
「藤森君、息苦しい。」
といわれ、こちらも足早に別れた。
三人目にいたっては付き合い始めて一か月で仲間に奪われる始末。もうここまできたら思い出もクソもない。奪った仲間ともバツが悪くなり、友と彼女の二人を一瞬にして失った。


 だが、高校で慎吾を取り巻く環境が一変する。

「好きです、付き合ってください」
「藤森クンの彼女になりたい」
「前から気になってました」

等々。通学中に、学校で、放課後で、それぞれ異なる3人の女子に一日で告白されたそのモテ度は異常なものだ。だが、そこまでされても彼は

「ごめん。付き合えないわ。」

すべて断っていた。

〈ごめんな。でも君より"俺の"あの子”の方がかわいいんだ。〉

そう、慎吾はずっと片思い中だったのだ。でも彼は気になる"あの子"と話しかけるほど活発でもなかった。尚更モテるのが不思議だった。
 あの子を近くで見たい。でもやっぱ怖い。なんか変なことを言って嫌われたくない。中学時代の交換日記事件が頭をよぎる。またしても数日考えた挙句、慎吾はオペラグラスを制服のポケットに忍ばせてみた。思春期ならではのクレイジー思考の賜物としか言えない奇策が慎吾の頭の中にあった。試しに遠くでテニスの練習をしているあの子をグラスで見てみる。彼女の表情、体のライン、服装のヨレ、髪の揺れ、滴る汗。その全てがよく見えた。

〈こうやってよく見るとますますかわいいな。さすが俺だわ。センスあるぅ~。〉


「おい、藤森?」
「おおっ?何だ?」
「何だじゃねぇよ。何外見てんだよ。早く帰るぞ。」
「お、おう。分かった。」

〈あぶねぇ。バレるとこだった。でも、これならいける。双眼鏡みたいに大きくないからすぐに隠せるしクラスの奴にもバレねぇで済む。それに話さなくてもあの子がずっと見れるってのがいいな。最高だなこれ。俺すげぇ。〉


それからというもの、研究に没頭する天才寄生虫学者のように、ただ見つからないように。密かに彼女を観察していた。もはや犯罪の香りもするがそんな罪悪感なんぞ慎吾にはみじんも無かった。とにかくかわいいあの子をリスクなく見れることが嬉しくて仕方無かった。ノーリスクハイリターン万歳主義の慎吾がそんなことをしているうちに、3年の月日はマッハで流れていった。


 好きな子はいても未だにこれといった趣味もなかった慎吾。そんな中、彼はいまでも一つの原動力となっている、ある人物に出会う。

「キムタク」である。


 当時放送されていたキムタクこと木村拓哉のドラマ「ビューティフルライフ」に、彼はSMAPよろしく青いイナズマを打たれた。画面の前で美容師としてイケメンオーラを放っている「キムタク」が、彼にとって眩しすぎた。容姿端麗なスタイルから放たれる台詞、仕草。その一つ一つが見逃せない。ドラマが進んでいくにつれどんどんと彼の持つ風格、オーラが、慎吾の中の「憧れ」という感情を刺激した。中学時代からなんとなくは憧れていた「イケてるオトコ」。その具現化ともいえる「キムタク」。もう尊敬しない理由はない。もはや慎吾にとっての「神」であった。

〈こんなかっけぇ人がこの世界にいるのか...〉

 キムタクの魅力にノックアウトされた彼は早速美容室に行き、髪をキムタクのヘアにセット。キムタクが演じていた美容師にどうやったらなれるかまで調べた。ドラマの録画を何度も何度も見直し、キムタクだけを観察した。ファッションだけでなく仕草、食べ方までも研究し、人様に気づかれることもなく色んな所で真似してみた。今までにない程の物事へののぼせっぷりであった。しかし、彼が本格的に美容師を目指そうと考えているその頃、画面で見る"あの神"は「空から降る一億の星」でコック役をしていた。彼はそのドラマに、また、青いイナズマを打たれた。その直後、世話になっていた近所の理髪店も不景気のあおりを受け閉店したことで、美容師の世界がそう甘いものではないことも知った。そこで彼は——何となく察しはつくが——

〈さすが拓哉さんだわ。料理人、マジかっけぇなぁ。〉

 彼は、すぐ料理人になれる方法を探した。そしてまた、美容室に行って髪型を変え、その時キムタクが着ていたものに似た服を買った。「キムタクがカッコいい」のであって、別にその職業自体が特別カッコいいわけではないのだが、彼は気づく暇もない。すっかり彼の虜になっていた。

彼の夢は画面の中のキムタクのせいで美容師になったり検察官になったりコックになったり・・とガッチリと定まる事は無かったが、そんな中でも、彼の中では「地元で農家を継ぐ」等といったとても真面目で堅実な目標はどこかに消え去り、いつしか大都会東京へ行きたい、東京で何かやりたい、というざっくりとしすぎた思いが日に日に強くなっていく。。。。

(1-03 きっかけ につづく...)
「1-03 きっかけ」: https://note.com/i_am_berobero/n/ne45e1bbe1428


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