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英文解釈演習室2024年4月号

【訳文】ペンネーム I am a cat.

 想像してほしい。あるフランス小説の傑作をみなさんが今はじめて読もうとしていて、できるのは母国語の英語で読むことだけだ、と。原作は150年以上前のものだ。何を望むだろう?――何を望めばよい?――ふだんは何を望んでいる? 当然、不可能な望みだろう。ただ、どのような型(タイプ)の不可能なのか? まずは、おそらくその本が「翻訳書」らしからぬ書きぶりであってほしいだろう。それが元から英語で書かれたかのように書かれていてほしい――言うまでもなく、フランスに精通した書き手によるとしても。その本が律儀にいちいち微妙な違いを加えて、ガチャガチャ、ブンブンと音を立てることがないように望むだろう。それはテクストを小説そのものではなく、小説の説明書へと転じてしまう。元の本がフランスの読者に引き起こすであろう反応の大部分を、おなじく自分にも引き起こしてほしいだろう(多少の距離感や、異世界を見てまわる愉(たの)しみを望むにせよ)。ただ、どのような型(タイプ)のフランスの読者なのか? 1850年代後半の読者か、それとも2010年代前半か? この小説が元来もっていた作用を望むのか、それともまさにこの小説が登場したことの余波をはじめとする、その後のフランス小説史によって色づけられた作用なのか?(中略)最後に、「英語」で書かれた本を望むとして、どのような型(タイプ)の英語を選ぶのか? 簡単にいえば、その小説の冒頭のページで、シャルル・ボヴァリー少年の「トラウザーズがブレイシーズで」吊られてほしいだろうか、それとも「パンツがサスペンダーで」吊られてほしいだろうか? この決断、そして色づけをしてしまえば、後戻りはできない。

※( )内はルビ

【検討会後の反省点】
(あとで追加する予定)

【訳文提出前に考えたこと】
『決定版 翻訳力錬成テキストブック: 英文を一点の曇りなく読み解く』柴田 耕太郎
訳文の提出前に、全100題のうち第1部(論理的な文章を読む)、第3部(平明な文章を読む)の計40題に取り組んだ。
※この本の内容とは関係なく、(いつものように)英文の語順をできるかぎり生かすような訳文にしたつもり。
※斎藤先生の出題であるため、過不足のない、元の英文が透けてみえるような訳文にしたつもり。
※『ボヴァリー夫人』は大昔に和訳で読んだことがある。ほとんど記憶にないので、各種の解説動画を見て思い出した。

(1パラa) Imagine that you are about to read a great French novel for the first time, and can only do so in your native English. The book itself is over 150 years old. What would—should—do—you want? The impossible, of course. But what sort of impossible?
(考えたこと)
over 150 years old さすがにこれを直訳するのは難しい。
What … do you want?(現在形)は、仮定法と対比して「ふだんくり返し行っている」ことだと解釈。
what sort of … は3か所に出てくるので、訳語もすべて統一した。
→ 訳文:
想像してほしい。あるフランス小説の傑作をみなさんが今はじめて読もうとしていて、できるのは母国語の英語で読むことだけだ、と。原作は150年以上前のものだ。何を望むだろう?――何を望めばよい?――ふだんは何を望んでいる? 当然、不可能な望みだろう。ただ、どのような型(タイプ)の不可能なのか?

(1パラb) For a start, you would probably want it not to read like a 'translation'. You want it to read as if it had originally been written in English—even if, necessarily, by an author deeply knowledgeable about France.
(考えたこと)
read like「~のように書かれている」。
a 'translation' 可算名詞なので「翻訳書」。
want it (= the book) not to read like … を直訳すれば「それが翻訳書のように書かれていないことを望む」
→ 訳文:
まずは、おそらくその本が「翻訳書」らしからぬ書きぶりであってほしいだろう。それが元から英語で書かれたかのように書かれていてほしい――言うまでもなく、フランスに精通した書き手によるとしても。

(1パラc) You would want it not to clank and whirr as it dutifully renders every single nuance, turning the text into an exposition of the novel rather than the novel itself.
(考えたこと)
clank and whirr いずれも「騒音、雑音」を立てることだろうが、訳文が説明的にならないように気をつけた。まさに訳文が「説明書」になってしまうので。
an exposition これも可算名詞なので「説明書、解説書」。
→ 訳文:
その本が律儀にいちいち微妙な違いを加えて、ガチャガチャ、ブンブンと音を立てることがないように望むだろう。それはテクストを小説そのものではなく、小説の説明書へと転じてしまう。

(1パラd) You would want it to provoke in you most of the same reactions as it would provoke in a French reader (though you would want some sense of distance, and the pleasure of exploring a different world).
(考えたこと)
ここは英語の語順にこだわりすぎえると、日本語として理解不能になると判断した。
→ 訳文:
元の本がフランスの読者に引き起こすであろう反応の大部分を、おなじく自分にも引き起こしてほしいだろう(多少の距離感や、異世界を見てまわる愉(たの)しみを望むにせよ)。

(1パラe) But what sort of French reader? One from the late 1850s, or the carly 2010s? Would you want the novel to have its original effect, or an effect coloured by the later history of French fiction, including the consequences of this very novel's existence?(中略)
(考えたこと)
the consequences of this very novel's existence この小説(=ボヴァリー夫人)が登場し、フランス文学史(文学界)に存在していることによる(or 存在していることが与える)影響 … なのだろうが、訳文はできるだけ簡潔にした。
→ 訳文:
ただ、どのような型(タイプ)のフランスの読者なのか? 1850年代後半の読者か、それとも2010年代前半か? この小説が元来もっていた作用を望むのか、それともまさにこの小説が登場したことの余波をはじめとする、その後のフランス小説史によって色づけられた作用なのか?(中略)

(1パラf) Finally, if you want the book in "English", what sort of English do you choose? Put simply, on the novel's first page, do you want the schoolboy Charles Bovary's trousers to be held up by braces, or do you want his pants to be held up by suspenders? The decisions, and the coloration, are irrevocable.
(考えたこと)
schoolboy 『ボヴァリー夫人』の内容を確かめると、シャルル・ボヴァリーは「男子小学生」のようだが、そこまで訳文に反映させる必要はなく「少年」で十分だと判断した。
trousers, braces / pants, suspenders は、British English と American English の違いも含めて、語感が異なるのだろう。しかし、それを和訳に表すことはそれこそ「不可能」だ。日本では4つともカタカナ語で使われていることが確認できたので、カタカナで表現した。
→ 訳文:
最後に、「英語」で書かれた本を望むとして、どのような型(タイプ)の英語を選ぶのか? 簡単にいえば、その小説の冒頭のページで、シャルル・ボヴァリー少年の「トラウザーズがブレイシーズで」吊られてほしいだろうか、それとも「パンツがサスペンダーで」吊られてほしいだろうか? この決断、そして色づけをしてしまえば、後戻りはできない。

【参考資料】


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