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人生は下りエスカレーター。

最近ふと思うことがあった。

私たちが生きている世界は、何もしないで立ち止まっている人間は後退するようにできているのではないか。

人生は下りのエスカレーターみたいだ。

気づいたら勝手に悪い方向に流れていく。
上を見て進んでいるつもりでも、それはただの現状維持に過ぎない。ゆっくり進むことがあってもいいし、時に立ち止まって流されることだってあっていいけど、ずっとそれを続けていると気づいたら取り返しのつかない場所にたどり着く。人生には時に必死になって下りのエスカレーターに抗わないといけないときがくる。下るスピードが速すぎて、息を切らして駆け上がらないといけないときがある。

私はこれまでの人生の駆け上がるべきタイミングでその下りエスカレーターをしっかり駆け上がってきたのだと最近になって気づいた。(まだ2回程度だが。といっても20数年で2度もそんな経験ができてるのは有難いことなのかもしれない)
急速に下っていくエスカレーターに、そこに身を任せて楽になりたい自分に、押し潰されそうになりながら、必死で耐えて一段一段登ってきた。
そして今はゆっくり下っていくエスカレーターの上をゆっくり歩いている。ここ数年駆け上がってきたエスカレーターが踊り場に到達したみたいだ。1日単位でみればもちろん流されることもあったが、1ヶ月、半年、1年という単位で振り返ると間違いなく夢中で足掻いていたここ数年。1つ大きな壁を乗り越えたという感覚がある。自分でも自覚できるほど乗り越えたという実感が持てていることに多少の誇りすら感じる。
大きな壁だった。最初は乗り越えられないと感じたし、何度も何度も崩れそうになった。でも負けたくなかったし、自分を諦めたくなかったし、何より周りには私を信じて見守ってくれる人たちがいた。立ち上がらない理由なんてなかった。
踊り場に着いてからは少し経つが、この悪い方向には進んでないが良い方向にも進んでいないという状況が何とも歯痒い。私にとってはエスカレーターを駆け上がっているときにこそ、生きているという実感が得られる。もちろんずっと走り続けるのは不可能だから、途中で歩いたり、少し休憩することもあるけれど、踠きながらも苦しみながらも走ってる瞬間がない人生なんて退屈だ。
だからきっと近々、また新たな壁を見つける。どんな壁かはまだ分からない。でもやるべきことをやり続けていい準備をしていれば、その壁は自然と現れるし、現れればちゃんと気づくこともできる。おそらく私のいう壁は言い換えるとチャンス。それを乗り越える過程で自分を大きく成長させることができる。

だから今はいい状態を保ち、目の前のことに一喜一憂せず、やるべきとこをやり続ける。こなすのではなく一つずつ向き合って、ベストを尽くす。


最後に、たまには曲紹介でも、ということで。
逃げ出したくなったときに、あと一歩、あと一歩と励まされた曲の歌詞を一節。

もう一度だけ立ち上がれば
また違った景色が見える
今見えてるもの それだけが
全てと思わないでいい
(略)
生きていく者だけに吹く 追い風

何度折れても 枯れ果てても
時を経てまた花開く
前が見えぬなら 肩を貸そう
僕らは傍にいるから

追い風 / SHE'S



下りのエスカレーターを駆け上がって生きる者には、自然と味方が集まってくるのかもしれない。




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