『セブンチェア』#97
建築を学び始めて、建物と建築家と空間と、そこから派生してグラフィックや書籍含めたデザイン一般にも興味が拡大して、そのなかでは当然のように、家具への関心も高まる。
そもそも家具にはどんなものがあるのか。
住空間のなかでなら、初めの空っぽの空間のなかで、ひとが求める使い勝手の良い生活道具、テーブル、椅子、収納器具、テレビを置くためのサイドボードやリビングでくつろぐためのソファにローテーブル、キッチン周りで電子レンジや炊飯器を置くのにラックを配することもあるでしょう。
オフィスにおいてはデスクやオフィスチェア、収納棚などが配置され、コンサートホールや美術館のロビーにはベンチやソファが置かれる。ただ、この住宅以外の建物に関しては、家具というより什器と呼ぶほうがしっくりくる。そもそも家具、と家にある用具に対して呼んでこそピンとくるもので。オフィスチェアやロビーソファを家具と呼んだりもする(人にも依るが、製造業者や卸を「家具屋さん」と呼んでしまうことにも原因があるのか)けれど、あくまでそれは什器として、家具の話。
たぶん大学の二年生になったころ、学科のサークルで天童木工さんのオフィス・ショールーム見学に行ったのが、一番の契機だったと思う。まだ建築も、家具についても全然知らないころ。天童木工は山形県の天童市から始まった木製家具の会社で、いまや、過日行われたオリンピックの卓球台を製作したことでまた脚光を浴びる存在になっている。その家具の特徴のひとつに、成型合板でつくられた家具の美しく機能的な曲線・曲面加工技術が挙げられる。薄く加工した板を糊付けして重ねて、つくりたい曲線・曲面に合わせられた専用の金型・プレス機にかけて少しずつ曲げ、十分な強度で接着しながら形を成型していく。その曲面は2次元に限らず、3次元曲面でも実現される。柳宗理デザインのバタフライスツールを見るとよくわかるが、座面と脚は分かれているのではなく、部材はわずか、左右の2枚の3次元曲面板と、つなぎの金具のみである。十分な強度・しなやかさをもって美しい線・面をつくり、そして合板の強度によって実現される軽さは、無垢材の比ではない。勿論、無垢材の素材感がバッチバチに出た机や椅子の重厚感と素材密度の感じ、手に触れた時の熱伝導(と、わたしは感じている)の自然さはたまらなく魅力的だ。それでも、私が特に心惹かれるものは薄くて軽くてそして、シンプルであってなお美しい曲線や曲面で、家具として適切な形状を携えているもの。そんな好みは初めて見た天童木工の家具によってもたらされたものであった。
それから時間が経って、知る家具の数が増えていくなかでずっと心に留まってだんだんと「欲しい」「自分の部屋に欲しい」と欲求が持続・増幅し続けたのが、アルネ・ヤコブセン(Arne Emil Jacobsen 1902-1971)デザインの、セブンチェアだった。名前は知らなくても見たことはあるひとが多いと思う。座面と背もたれは一体になっていて、折り曲げられた部分がくびれて、ひょうたん型に近い。正面から背もたれを見ると、すぼまりの小さいハート形。座面の下には細い金属の脚が4本伸びている。「セブン」の由来は諸説あって、成型合板でつくられた座面が主構造で7枚、それに仕上げ表面の2枚を合わせて作られていること、または背もたれの正面の見えがかりで数字の7のように見えること、または、型番の3107からくるもの、私が知ってる限りはこの三説。
欲しいと思った理由は、そこにはなくて(いや、名前のスッキリした感じと有名性にはあるか)、軽やかでシンプルなことと丈夫さと、座った時の背もたれのゆらぎにグッときた。あと、たぶん一番大事だったと思うのが、金額の求めやすさと、バリエーションの豊富さ。ローズウッドやビーチ材の仕上げだったり、ラッカー等の単色仕上げには大変な色種と質感があったり、ヴィンテージものには各年代の限定色があったりで凄まじくコレクション意欲をそそる。
そうして、私は中古のセブンチェアを買った。2年前、3万円ほどだったか。照明によって絶妙に色差があるパール。
初めて、自分の意思で「カッコいい家具」を買ったその喜びはもう、ものすごかった。未だに脚先のプチプチは外せないし、背もたれの付け根が傷むのが嫌で体重をかけるのをためらう。いまも座るときには少し厳かな気持ちで、座ったときには喜びが座面からじわっと上ってくる。よそよそしい。
私の雑然とした部屋に似つかわしくないこのチェアを、もし心地よい場所に置けたとしたら遠慮なく座ることができるのだろうな、と思うところもある。
果たしていま、家具であるのか置物であるのか。手頃、という理由で求めたものをすら御しきれない自室を、整頓すれば足りるのか、入れ替えなければ落ち着かないのか、悩む春。
説明に文章を割きすぎて長くなってしまった二千字。
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