『出隅』#227

27歳頃、働き始めて2年くらい、担当物件の現場がじわじわと進んできたころ、家の中で足の小指をぶつけた。次の日、ひょこひょこ歩いているところを見られて、どうしたのかと尋ねられた時に出た「昨日、家の壁の出隅に、足の小指をぶつけてしまって」と何気なくそう言葉が出てきた。「あぁ。」とそっけない返事をもらってそのまま会話は終わった。ふと、時間が経ってからそのことを思い出したとき、「角、じゃなくて、出隅、って言ったな」と引っかかった。
建築、建設界隈では建物の壁の交点、そこを角と言わないこともないが、出隅と入隅と呼び分ける。そのとき指示したい・会話の対象になっている壁面が凹に交差するとき入隅といい、凸に交差するとき出隅という。具体的でわかりやすく書くなれば、単純な長方形平面の建物において、外から見た外壁の四隅は全て出隅で構成されていて、内から見た内壁の四隅は入隅で構成されている。電車の扉のそばでよく邪魔者扱いされる、座席端っこの袖壁とドアの戸袋部分の交差する、あの、アンニュイな感じの人が似合うあの隅っこ、あそこに立つ人は「入隅に立っている。乗り降りのときに邪魔」というわけだ。
小指をぶつけたあの日の次の日、わたしはたぶん嬉しかったんだ。業界用語を無意識にも使えていることに。ぺーぺーの設計者見習いとはいえ、仕事相手にはそんなこと関係なく、円滑な仕事のために常識として知るべきことを知っていなければ、役立たずだ。向こうから何気なく発される用語について、いちいち「それ、なんて意味ですか?」と遮ってばかりもいられない。それに、こちらから発する言葉でも、回りくどく「外壁から見て出っ張っている側の角を、役物無しで仕上げたく…」と長ったらしく説明するでもなく「出隅を役物無しで仕上げたく、」と端的に言えれば話が早い。現場での打ち合わせはわかりやすさと伝達スピードが重要だ。事務所内はそうではない、ということでもないが、あくまで志向の場、ゆとりがある。その場では、表現が思考を正確に反映いることが重要なので、かならずしも“出隅”がベストアンサーかは、文脈と対象に依る。“しいて言うなれば出隅”を対象にした場合、伝わらないことがあるかもしれない。“壁と壁が凸にぶつかる部分”と言う方が正確に伝えられることもある。
視点がズレて関係のない話をしたように見えるが、要点を戻せば、自分の家族に対して「壁の出隅に足の小指をぶつけた」と言ったら「それは痛いね」と返ってくるまでに「(出隅ってなんのことだ)」と余計なわからなさを生むかもしれない、だから、「壁の角に足の小指をぶつけた」と言うのが家ではいいのだろうなと。専門用語と日常語の、お話。

#出隅 #180802

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