DJ 30MINUTES=SERENDIPITY
あなたが今,もし,「自分の世界が日々,狭くなっている」危機感を持ってるとしたら,この文がこれから紹介する,"DJ 30MINUITES"という試みが,一つのヒントになるかもしれない.
"DJ 30MINUITES"とは,宇野常寛氏が主催するオンラインサロンPLANETS CLUBにて,不定期で開催されている,オンラインイベントである.
内容は単純. 誰かがDJ役として,YOUTUBEや,spoitfy等にアップされている音源を,ZOOMの音声共有機能で流しつつ,自分の思い入れと共に,軽く解説する...と云う,イベントと呼べるかどうかも解らない催しだ.
しかし,これがどうにも面白い.
第1回はCITY-POP,第2回はSKA(スカコアでは無く),3回目は様式美ハードロック,そして,青春胸キュン系アニソン,マイケル・ジャクソンオンリー,名曲の民族楽器カバー,欅坂オンリー...などなど..,夜な夜な突発的に開催されている.
中には気合満点のコスプレを披露してくれた方も居るが,基本的には高いスキルは要求されない,ゆるイベントである.
それなのに,魅力が有る. 何故か?
それは,「レコメンド(データによるお勧め)」に現代社会が支配されているからだ.
YOUTUBEなら,自分の再生履歴,居住地域,そして総再生回数などから,自動的にあなたへのおすすめ動画が計算され,配列されている.
Amazonでは,購買履歴や,(もはやハックされた)星の数,そして傾向の似ている他人の購買データを元に,あなたへのおすすめの商品が画面に並ぶ.
つまり,我々は,自由に選んでいるようで,レコメンド枠の内側から選んでるに過ぎない. しかも,そのレコメンドアルゴリズムは,広告そのモノと,大手業者による宣伝力に優れたモノとの影響を強く受けている.
この状況下で,我々は「表示されてないもの」を選ぶことが非常に難しい.
検索...したくても,我々は,「知らない単語は検索窓に打ち込めない」のだから.
しかし,巷に溢れる「レビュアー」を信用するのも,今やそれも難しい. どれがお金を貰って書いたレビューで,誰が思想的に偏ってないレビュアーなのか,今のSNS社会では都度判断する事は困難だ.
信頼の置ける馴染みのレビュアーであってすらも「いいねの数量」により,我々の目には大作のレビューばかりしか届けられず,キラリと光る佳作のレビューが我々の目に到達することは,少なくなっている.
DJ 30MINUITESは,その環境にレジストする,非常に優れた人力レコメンド,つまり「セレンディピティ(出会い)」で有る.
それは,既存のサービスには有るようでいて,無いものだ.
例えば,spotifyがジャニーズ・ミュージックをレコメンドして来ても,私がそれを襟を正して聴く事は,無い. 何故なら,私はジャニーズに音楽的価値が有ると思ってないからだ.
しかしそれは,ジャニーズ・ミュージックが無価値,という事では,無い.
音源には,音楽を進化させるような価値,希少であるという価値,つまり音楽の教書に乗るような「直接的に作られる価値」と,その音源が他者に歌われ,聴かれ,踊られ,使われて,「間接的に作られる価値」の2つが有る.
ジャニーズ・ミュージックは音楽史には残らないだろう,しかし,彼らの歌を聴き,救われたり,癒やされたり,社会を前向きに生きる事が出来た...人が大勢居て,間接的に作られた膨大な価値が有る.
その間接的な価値...は音源を聴き,測れるものでは無い.その価値を「享受した人」から熱量溢れる「好きな理由」を聞く事でのみ理解可能だ.
だからと言って,誰でもいい訳じゃ,無いのだ.「パチンコの景品で愛を伝える事が可能である」という歌にエンパワーされ,パチンコに勤しんだ経験など社会的価値は無に等しい.そんな話を,歌を聴きたい訳じゃない.
信頼出来る人間が,この曲を聴いて,前向きに頑張れた,やり遂げた,救われた...と話すその時,我々は初めて,自分が忌避して来た音楽にも耳を傾けることが出来る.
それこそが,アルゴリズムでは提供不可能な体験的価値だ.
PLANETS CLUBには,コンテンツに厳しい人は居るが,「他人の好き」をバカにする人は居ない. その心理的安全性が確保された環境によりそれが可能になる. そして,我々はレコメンドに支配された現況下で,貴重なセレンディピティに出会う.
この文章を書こうと逡巡してる1週間の間にも,アニソンラジオな30分プレイリストが敢行され,次は筒美京平氏追悼の30分DJが行われようとしている.
負けてはいられない. 私も,90'-00'シューティングゲームミュージックのプレイリストを作らねば...