車椅子を押す人

「なあイッチー。」
「友達って、なんだと思う?」
 通話をしながら何かゲームをしようかと集った直後のセリフだった。
「お前、そんな話するタイプだったっけ。」
俺がニノミヤに苦笑しながら言うと
「酔ってるんか?お前。」
とミスミも続いた。
「いや、まだ飲んでない。これから飲むけどね。今日はコークハイ。」
ニノミヤは真面目なのか不真面目なのかよく分からない。が、まあそんな話をしたがるくらいなのだから、何か気になることがあったのだろう。ふと、2年前ニノミヤと喧嘩したことを思い出した。少し眉をしかめた。
「んで、どうなのよ。」
ニノミヤが問い直す。それにミスミがまず答えた。(あれ、俺に聞いたんじゃなかったっけ…)と思った。
「友達でしょ?あー、それについては前々から思っていることがあるな。」
意外だ。こんな話題を普段から考えて、答えを持っているとは。ミスミの話には興味があった。
「外食に一緒にいってくれる…人?だっけな。あれ、なんだったっけ。」
「外食?」
「いや、でもなんかそんな感じで、腑に落ちた答えがあったはずなんだけど…」
「外食くらい、友達と思ってなくても普通に行かね?」
「いや、なんか違う、えっと…」
通話越しに、ミスミが指をトントンする音が聞こえる。ニノミヤの通話からはタイピングの音が聞こえる。
「そうだ!金だ!『一緒にお金を使ってくれる人』!」
「金?」
「そう、外食でも『ニコ超』でも映画でもなんでもいいけど、とにかく一緒にいて、一緒に金を使うことに躊躇いがなければ、友達だと思う。」
「あーなるほど?」
ニノミヤがミスミの話を反芻しながら言う。 
「それ、結構いい線いってね?」
俺が言う。ミスミの意見は、かなり納得のいくものであった。
「…そう、だな。うん、確かにそうだ。金ねぇ。」
ニノミヤも納得したようだ。
「じゃああんたら二人はどう思う?How about you two?」
「えーどうだろう…」
俺は悩む。そこで、答えではないが、「友達」について以前考えたことについて話した。
「基準っていうか、俺大学で少し思ったことがあってさ。」
「ほう。」
「俺、このグループのメンバーは皆超仲良い自信があるんだけど、大学だとちょっと違くてさ。」
「大学でも、あるグループには入れてるんだけど、それでもうまく話せてなくて、話題についていけないし、他の人たちが『俺に』話を振ってくれることとかほぼほぼないんよね。」
「ほうほう?」
「んで、俺もなんでこの考えについたかは分からないんだけど…」
「何?」
「車椅子。」
「…ぇ?」
ニノミヤもミスミも、たった今通話に入ってきたヨツヤナギもみな首をかしげた。
「なぜに車椅子?」
ヨツヤナギが聞く。
「ああ、ニノミヤが突然『友達とは』みたいな話題振ってきてさ。それについて話してんだわ。」
ミスミが答える。
「何それ笑。じゃあ尚更なんで車椅子なのか謎だわ。」
「そう、それ今から話すんだけどさ。」
「もし俺が怪我だのなんだのして、車椅子生活になったとして、大学に、俺の車椅子を押してくれる人は、多分いないな、って思ってさ。ちょい不安になった。」
「ヘルパーさんおるやろ。」
言ったのはやはりニノミヤだ。そういう話じゃない。
「えーそれ、すっげぇ、なんとも言えねぇ…なぁ。」
ヨツヤナギが苦笑しながら小さな言う。
「それは、『車椅子を押す負担を負ってくれるほど、自分に接してくれるような人がいない』ってことだろ?」
ミスミがいう。そういうことだ。それくらいの信頼を感じられる奴は、大学においてまだ俺の周りにはいない。
「でもそれ、友達ってもんを重く考えすぎじゃね?」
ヨツヤナギが言う。俺は少し理解できなかった。
「俺なんて大学の友達に『トイレ行くから荷物持ってて』って言っても、『自分で持てや』って言われて手を貸してもらえねぇぜ?でもそいつとは仲良いよ。俺は友達だと思う。」
それを聞いて、納得できるようなできないような気持ちになった。
「イッチーは、友達の基準が高ぇんだわ、たぶん。そんな基準、俺も満たせてるかわからん。」
ヨツヤナギは言う。
「イッチーはバカ真面目だからな笑」
「イッチー、ゲームやってる時でもめちゃくちゃ言葉に気を遣って話してるのがひしひし伝わってくるわ笑」
ニノミヤも続く。ヨツヤナギの言葉には少し考えさせられたが、ニノミヤの言葉には不思議と嫌な気持ちにはならない。
「なんかなぁ、俺、友達が少ないせいか、一つの関係に対して超重くなりやすいんだよな。多分。」
俺はヨツヤナギの言葉をもとに、少し自分のことについて振り返った。
「あーなるほどね。」
「狭く深くってやつ。」
「そう。」
「それ拗らせると、こう、『こいつは俺の友達基準を満たさねぇから友達じゃねぇ』って感じで逆に友達できなくなるパターンよ。」
ミスミが言う。
「んであんたが皆んなに話しかけないから、みんなも『こいつ楽しくねぇな』って判断して、あんたに話しかけなくなっちゃうってことよ。」
ミスミの言葉は結構グサグサきた。しかし正しい。
「でも友達の基準って必要じゃね?」
俺が返すと、
「だからこの話し始めたってわけよぉ」
なにか口調が崩れ始めたニノミヤが言う。こいつ知らぬ間に飲み始めてもう酔いはじめてるのか。
「でも聞いてておもろかったわ。ありがとうね。」
ニノミヤが言うので、
「え、あんたの望む答えは見つかったの?」
と聞くと、
「いや?別に。」
と言う。
「なんだお前!」
皆ニノミヤに突っ込んだ。

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