日向坂46と東京ドーム〜クリスマス(と次の日)、ライブに来ませんか?〜

日向坂46にとって2回目の東京ドームライブとなる、Happy Magical Tour 2024東京公演が12/25, 26に迫っている。

チケットはこちらhttps://www.hinatazaka46.com/s/official/page/tour2024

前回とは違い、今回はライブ開催1週間を切ってもまだチケットが買える状況なので、この記事を読んだ人の心が少しでも動くように、日向坂46というアイドルグループと東京ドームという大舞台が今まで刻んできた物語を(私の個人的な想い・分析もだいぶ乗せて)語っていきたいと思います。(以下、メンバー・OGについては敬称略)



①ひらがなけやきと東京ドーム

今となってはよく知らない人も増えてきたかもしれない、日向坂46がまだ欅坂46のアンダーグループ=けやき坂46(ひらがなけやき)だった頃、アンダーグループとはいえ活動が軌道に乗ってきた2018年に発売された単独アルバム『走り出す瞬間』に『約束の卵』という曲が収録された。
この"卵"は東京ドームを指しており、元来秋元康氏の半ば気まぐれで生まれ、シングルデビューの目処も立っていなかった(少なくともメンバーに未来は見えていなかった)グループに、同じく秋元康氏によって夢が与えられた。
それ以降、毎回ライブの最後にはこの曲が披露され、与えられた夢であった東京ドーム公演は、いつしかメンバー、ファンに共有された真の目標となった。

②コロナ禍で潰えた東京ドーム公演

その後、2019年になってけやき坂46は日向坂46に改名され、念願のシングルデビューが叶った。
けやき坂時代も順調にファンを増やしていた日向坂46は1stシングル『キュン』で、未だ破られていない女性アーティストによる1stシングルの初週売上1位、さらに5月でもオリコンランキング週間1位に返り咲き、『キュン』は平成と令和両方でオリコン1位を獲得した歴代唯一のシングルとなった。
筆者としてけやき坂時代からのファンとして、私達の意地が他の多くのファンダムやムーブメントに打ち勝ったことを今でも誇らしく思っている。(私自身は『キュン』の売り上げにそこまで大きく寄与できたわけではないが)
2019年、日向坂46はここから怒涛の活躍を見せ、2nd、3rdシングルの発売、さいたまスーパーアリーナの1dayライブでは応募数があまりにも多すぎて急遽全国でのライブビューイングが開催(筆者は大阪で見届けた)、念願の紅白歌合戦にも出場を果たした。
筆者としてはこの時点で東京ドーム公演をやってもきっと成功するだろうと考えていたが、2019年末のクリスマスライブ『ひなくり2019』で1年後、『ひなくり2020』が東京ドームにて開催されることが発表された。
しかし、この公演が実現することはなかった。2020年から始まった新型コロナウイルス流行によるパンデミックで、グループの活動はしばらく停滞を余儀なくされ、再開されたライブも、『ひなくり2020』も含めて無観客での配信ライブとなった。

③コロナ禍を経た1回目の東京ドーム公演

新型コロナウイルスの流行に伴って、日向坂46のファン『おひさま』は大きく入れ替わった印象がある。
人が去った大きな要因に、握手会の消滅が挙げられる。コロナ禍以前は事前抽選有り無し2パターンの握手会が東名阪で1シングルあたり複数回行われ、グループの人気を支えた。
新型コロナウイルスの流行以降は事前抽選のみのオンラインでのお話会『オンラインミート&グリート』(通称:ミーグリ)をメインに、2023年以降はCD購入後抽選による対面イベント『リアルミート&グリート』(通称:リアルミーグリ)が開催されるようになったが、1シングルあたり最大2会場、参加可能人数も絞っているので、メンバーに会えるハードルは段違いに上がった。
特にリアルミーグリすら開催されなかった2020〜2022年の間、"メンバーに会えなければ意味がない"と考え、離れたおひさまも多かったはずだ。
実際筆者もコロナ禍前、かなりの長い期間ライブには行かずに握手会だけ行くようなライト層だったし(その活動スタンスになったのは私がファンになってからの単独ライブは全て関東開催だったという理由が大きい)、同じような体制をとっている乃木坂46、櫻坂46のミーグリには気まぐれレベルしか参加していない。さらにコロナ禍以降に卒業した渡邉美穂の久々の対面イベントとなったプロデュース香水のお渡し会で、「握手会以来」、という声がチラホラ聞こえてきたりもした。
やはりコロナ禍以前からのおひさまで、"会えるかどうか"に重きを置いていた人は多かったように思う。

一方で、コロナ禍は新たなおひさまが多く増えた時期でもあった。
日向坂の強みの一つとして、"バラエティに積極的な姿勢"が挙げられる。まだデビューが決まっておらず、先の見えないメンバーが活路を見出したのがバラエティだった。彼女達はグループのため、積極的に企画に取り組み、技術を磨き、関わった番組を盛り上げた。改名前は冠番組内の活躍が中心だったが、改名以降はその評判から多くの番組にメンバーが出演するようになった。
それゆえ、コロナ禍でグループのメインとなる活動がほとんど封じられた時でさえ、彼女達のメディア露出はほとんど止まることはなく、先の見えない時代にハッピーオーラを届け続けた。そして多くのファンを新たに獲得した。
久々の新曲となった1stアルバム『ひなたざか』所収の『アザトカワイイ』のMVは爆発的に再生され、2020年の紅白歌合戦でも披露された。

2021年からは客側の声出し禁止、人数制限の上で有観客ライブが再開された。櫻坂46との合同ライブ『W-KEYAKI FES』、改名後、これもコロナ禍で潰えていた初の全国ツアー『全国おひさま化計画』を経て、『ひなくり2021』で周年ライブとなる『3回目のひな誕祭』が東京ドームで開催されることが発表された。

④"全員"で迎える東京ドーム

『ひな誕祭』とは『キュン』がリリースされた3月末近辺に行われるいわゆるバースデーライブで、コロナ禍により1回目は配信のみ、2回目は基本配信で、200名のみの限定で客入れが行われた。
元来大々的に開催されるべき周年ライブで、ようやくの大舞台。それもけやき坂時代からの夢でもあった東京ドームでの開催ということもあって、前述した新旧のおひさまが集結し、3/30,3/31という年度末の平日であるにも関わらず、チケットは完売となった。
ここで特筆すべき点は、このチケット完売は真の意味で"全員"であったことだ。
それまではコロナ禍の影響で会場の収容人数が制限されていたが、このライブの直前で規制が緩和され、5万人強を誇る東京ドームのフルキャパシティーでの集客が可能になった。
アーティストが、コストが莫大にかかる東京ドーム公演を実施しようとする一番の動機が、この5万人強の集客が可能であることを示し、箔をつけるためであろう。
実際部分的な客入れが可能になった後も元々はひなくり2021の東京ドーム公演を目指していたが、最終的に実施しなかった大きな理由がこれだった。私の記憶が正しければ、コロナ禍以降初めて東京ドームでフルキャパシティーのライブを行ったのが日向坂46であったはずだ。
1回目の東京ドーム公演が2022年3月になったのは、機が熟すのを待っていたのだ。

"全員"での東京ドーム公演を目指していたのは客側だけの話ではない。日向坂46は2019年の柿崎芽実、2020年の井口眞緒の卒業以降はメンバーの増加はあれど、それ以上減らすことなく一致団結して東京ドームを目指してきた。当時のメンバー22人と満杯の客席。この"全員"でもって東京ドーム公演を行うこと。これがメンバー、関係者、おひさま皆で共有した夢だった。
しかしこの夢は破れることになった。メンバーの濱岸ひよりが新型コロナウイルスに感染し、欠席を余儀なくされたのだ。
この公演時点で卒業を決めていた渡邉美穂はその事実に大いに涙し、次の東京ドーム公演の時は自分もグループに帰還することをドキュメンタリー映画『希望と絶望』で語った。(今回の東京ドーム公演にOGが出演するかもしれないという期待がおひさまの間で生まれているのは、この事実に起因する)

⑤2回目の東京ドーム公演に向けて

1人欠けた状態であり、客側も声出しができない状態ではあったが、7枚目シングル『僕なんか』の初披露などもあり、1回目の東京ドーム公演は大盛況の内に幕を閉じた。
2018年以降、4年越しの夢を叶えた日向坂46はその後、個人レベルでは国立競技場でのライブやドームツアー、海外ツアーなど多くの夢を持ったが、グループとして次の目標が立てられることなく、さらに数年の時を過ごすことになった。ドームツアー以外は乃木坂46ですら叶えられていない事柄だったことも影響したかもしれない。
その間に日向坂46は新曲を出してもMVの再生回数が落ち(これはYouTubeの再生回数のカウントが変わったことなども影響していると思われる)、2023年以降は紅白歌合戦の出演も叶わなくなるなど苦境に立たされることになった。
そんな中、2023年12月にKアリーナで行われた全国ツアー追加公演でキャプテンの佐々木久美の口から、メンバーが集まって話し合われたというグループの次なる目標が発表された。
それが"もう一度東京ドームへ"だった。前回欠席となった濱岸ひよりと、前回の東京ドーム公演以降に加入した4期生を東京ドームに連れていくために。
私はKアリーナ公演、初日は現地にいたがこれが発表された二日目は配信で視聴していた。正直なところを言うと、もっと上を目指せるグループだと思っていた私は、一度達成したことのあるこの目標についてはあまり良く思ってはいなかった。もちろん濱岸ひよりと4期生を東京ドームに立たせるのは実現すべき超重要事項とは認識していながらも、東京ドームくらい普通に立ってほしいという気持ちが強かった。
テストで90点を取ろうとしても、結局は80点になる。80点を取ろうとしたら70点になる。何かもっと大きな目標の途中に東京ドームはあるべきだ、そう思った。この気持ちは、東京ドームを目指した上で現状まだチケットが捌けていない今だからこそ、変わっていない。
ただ一方で、2022年3月の1回目の東京ドーム公演以降、2年近く不自然なほど次の東京ドーム公演をやろうとしなかった状況を鑑みても、メンバーが声を上げない限り2回目が実現しそうになかったという状況であった可能性も十分あると思っている。(あるいは、メンバー達はそう思っていた)

⑥東京ドームとひなたフェス2024

2023年12月にメンバー達が2回目の東京ドーム公演の目標を掲げたのは良いものの、そこからしばらく音沙汰はなかった。というのも、日向坂46運営と自治体はじめ関係各所が調整を進めていた宮崎県で開催するライブ『ひなたフェス2024』が実行段階に来ていたからだ。
2024年の日向坂46は、横浜スタジアムで行われた『5回目のひな誕祭』で発表された『ひなたフェス2024』一色に染まった。
メンバーが何度も宮崎に渡って地盤を固め、日向坂46としては初の試みとなる46時間TVという生配信をYouTubeで配信した。
そしてひなたフェス運営が早い段階からおひさまと双方向のコミュニケーションを積極的にとったこともあり、席こそ全て埋まらなかったものの(ただし現地の交通インフラ的にも、初回となる今回はあの人数で良かったとも言える)、九州全体への経済波及効果が43.3億円にものぼる大成功となった。

そして、このひなたフェス2日目のラストに発表されたのが、東京ドーム公演も含む全国ツアー『Happy Magical Tour 2024』である。

⑦濱岸ひよりの物語

ここで少し、ある一人のメンバーにフォーカスを当てたい。前述した、1回目の東京ドーム公演に参加できなかった濱岸ひよりについてだ。
数年経った後に本人が語ったところによると、その時点で未だに1回目の東京ドーム公演の映像が見られないほど立ち直れていないということだった。
そしてその後、本人は2ndアルバム発売記念AWAラウンジや日向坂46展『WE R』などを中心に何度も東京ドームに立ちたいと口にし、周りのメンバーもその想いに応えられるように祈った。前述した通り、メンバーが再び東京ドームを目指した理由の一つが濱岸ひよりだった。しかしその夢が叶う兆候がずっと見られないまま、彼女は2024年8月6日に加藤史帆、東村芽依、丹生明里と共にグループからの卒業を発表した。

『WE R』にて。ブレててすみません🙇

多くのおひさまにとって、彼女の卒業発表は青天の霹靂だった。少なくとも、次の東京ドーム公演までは在籍すると思われていたからだ。
何としても彼女に東京ドームのステージに立ってほしいおひさま達は、 #濱岸ひより_東京ドームへ というハッシュタグを作って、X上で願い続けた。
そして約1ヶ月後の2024年9月8日、『ひなたフェス2024』2日目のステージにおいて、日向坂46にとって2回目の東京ドーム公演が発表されたのだ。

夢が叶う……おひさまは皆歓喜し、口々に彼女のニックネーム、ひよたんと叫んだ。(筆者も叫んだ)
しかし喜びは束の間、一抹の不安が頭をもたげる。
全国ツアーの開催地の中に、彼女の出身地である福岡が含まれていたのだ。
東京ドーム公演より前に、福岡で卒業セレモニーを開催するのではないか。そしてその懸念は、見事に的中することになる。
ひなたフェス2日目公演が終わったその瞬間から、 #濱岸ひより_東京ドームへ を呼びかける運動はさらに激化した。皆同じ懸念を感じ取っていた。
ひなたフェスで東京ドーム公演が発表されたその瞬間、理由は不明だが濱岸ひよりがステージ上から姿を消していたことも、他のメンバーが誰も濱岸ひよりの名を口に出さなかったことも、その不安に拍車をかけた。

このハッシュタグを使った運動を受けてか知らずか、ツアーのチケット受付直前、濱岸ひよりの卒業セレモニーが福岡公演で行われること、そして東京ドームにも何らかの形で出演できないか協議中であることが発表された。
(参考)
https://www.hinatazaka46.com/s/official/news/detail/E00561?ima=0000

そして同日、濱岸ひより本人も有料メッセージアプリで「ドームに立ちたい」と改めて明言した。
この流れを受け、 #濱岸ひより_東京ドームへ の運動は最高潮に達し、Xのトレンドは最高で3位まで上がった。

たがおひさま達の心が休まることはなかった。日向坂46運営のメンバーに対する処遇は時に納得のいかないものもあったし、濱岸ひよりはそれまで良い処遇を受けていたメンバーとは言えない。
加えて、今までの坂道アイドルグループの慣例で、契約期間が残っていても卒業コンサートまたは卒業セレモニーをラストのパフォーマンスとして締める文化が根強くあるからだ。
結局、12/5、福岡での華々しい卒業セレモニーを経てからも、濱岸ひよりの東京ドーム公演出演は正式発表されないまま今日に至る。
(濱岸ひより本人も、卒業セレモニーにおいてこれが最後と何回も強調していた)

おひさまの夢は、マンボウちゃん(濱岸ひよりのファンネーム)の夢は、ひよたんの夢は、潰えてしまうのか。
今でもわからない。
しかし、東京ドーム公演まで1週間を切った2024年12月19日、日向坂46公式Xアカウントにおいて、以下の動画が投稿された。

これは前述した、Kアリーナの2日目公演で佐々木久美が2度目の東京ドームを目指すと宣言した時の動画である。
もう今では誰も言及する者がいなくなった、濱岸ひよりのと共に東京ドームの舞台に立つと高らかに述べたところも、しっかりと収められているのである。
おひさまの中でもきっと疑り深い方である筆者は、今でもまだ信じ切っているわけではない。ただ、出演への機運が高まっているのは確かだろう。
福岡の卒業セレモニーで流れたVTRでも、濱岸ひよりが前回の東京ドーム公演に出られなかった時の映像も使われており、布石になっているとも言える。
さらに、濱岸ひよりの卒業セレモニーでは、とある楽曲が披露されなかった。『青春の馬』である。
2019年に体調不良により活動を休止していた濱岸ひより復帰後初の楽曲であり、そのために濱岸ひよりと、同い年でセンターを務めた小坂菜緒の2人による特別な振りが振付師のTAKAHIRO氏によってつけられた。
しかし1回目の東京ドーム公演では濱岸ひよりだけではなく、小坂菜緒も活動をセーブしていたことからこの部分の振りは、2人と同い年で代理センターを務めた金村美玖が1人でパフォーマンスした。
次の東京ドーム公演では、小坂菜緒と濱岸ひよりによるオリジナルの振りが期待されている。
マンボウちゃんの団体であるマンボウちゃんディスコでは、東京ドームでの『青春の馬』パフォーマンスを期待して、『ひよたんコール』企画が進行中である。


⑧東京ドーム公演に来てください

ここからは、仮に濱岸ひよりが東京ドーム公演に出演するという前提で話をしたい。
今まで述べてきた通り、濱岸ひよりだけは客席側は"全員"で迎えた前回の東京ドーム公演を体験していない。つまり、濱岸ひよりだけはけやき坂から4年越しの夢であった前回東京ドーム公演に至る物語に、一人取り残されてしまっていると言える。
彼女の物語を終わらせずして、次の物語は始められない。その想いがあるからこそ、おひさまはどこまで行っても彼女の出演を望むのだろう。
この記事を書いている2024年12月20日時点で、彼女の出演は正式発表されていない。おそらくこのまま、当日まで発表されることはないであろう。
佐々木久美がKアリーナで述べたように、濱岸ひよりの出演は2回目の東京ドーム公演を目指す大きな理由の一つだった。
だからこそ、濱岸ひよりはサプライズ出演ではなく正式発表を経た出演をすべきだし、筆者も含め多くのおひさまはそれを望んだが、それが叶いそうにない今、再び祈るしかなくなった。
だか、祈ること以上に大切なのは、彼女を迎え入れる体制を万全に整えることだ。濱岸ひよりは再び"全員"(=満員)の東京ドームで迎え入れられなければならない。物語をきちんと終わらせるためにも。
個人的な想いとしては、多くの人気メンバーが去り、東京ドームを埋めることができない状況が今の彼女達の現在地なのであれば、それは甘んじて受け入れなければいけないと思っている。
(ただ現在の状況は日向坂46運営がここ数年やりがちな年後半の供給過剰が主要因であることは間違いないであろう。ツアーの各公演、丹生明里の卒業セレモニーも合わせて12月にはライブが7公演あるし、それに加え各グッズ、写真集2冊、3万円するMV集、ひなパレBDが重なった。東京ドーム公演の前一ヶ月の間だけでも他のライブがなければ、確実に東京ドームは埋まっていたはずだ)
一方で、濱岸ひよりのためには、確実に東京ドームを埋めなければいけないと思っている自分もいる。
筆者の場合、ここまで筆を進めた原動力のほとんどはこれだ。
これまで、なぜ日向坂46にとって東京ドームが特別な場所なのか、なぜおひさま達は濱岸ひよりの出演にこだわるのかを語ってきた。
これを読んで過去を知り、思い出し、少しでも心が動いた方がいたら幸甚である。
ひよたんの出演を信じて、ぜひ日向坂46の2回目の東京ドーム公演にぜひおいでください🙇

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