頑張って生きてきたご褒美-いつもは忘れているけれど、あの頃も私は幸せだったのだ、きっと。
十数年前、近所にあるパン屋さんに通っていた。
子どもが遊ぶスペースがあって、子連れには、ありがたかった。
生まれたばかりの末娘をスリングに入れ、長男や長女と、時には友人家族や当時の夫と一緒に頻繁に訪れた。
あたたかで明るくて清潔でかわいい店内。
いつも店員さんたちが笑顔で迎えてくれて、おしゃべり好きなオーナーさんとの世間話も楽しくて、もちろんパンも美味しくて。
家族のみんなが大好きな場所だった。
残念ながら、いまはもう、そのパン屋さんは無くなってしまったのだが…。
ある日、娘とスーパーで買い物をしていると、じーっと、こちらを見ている男性に気が付いた。
どこかで見たことがある…。
誰だっけ…。
ご近所の方?
うーん、思い出せない…。
気まずくなって視線を外し、通り過ぎようとすると、突然、その男性に声をかけられた。
「この子、あの、小さい袋に入っていた子?」
それで、一気に記憶が蘇った。
私「あー!!!お久しぶりです!お元気そうで!!」
娘「え?だあれ?」
私「パン屋さんだよ、昔よく通ってた!」
娘「ああ、覚えてる!!」
お店では、いつも調理用の白衣でコック帽をかぶっていたオーナーさん。
スーパーでは私服だったので印象が違いすぎて気が付けなかったのだ。
懐かしいその笑顔に、一気に心があたたかくなる。
パ「久しぶりだねぇ、元気そうだね」
私「はい!みんな元気です。子どもたちも、私も。」
パ「大きくなったねぇ、あんなに小さくて、いつも抱えられていたのにね」
娘を見て目を細める、パン屋さん。
パ「旦那さんは?元気?」
私「あ、それが…。離婚して、いまは別々に暮らしていまして」
パ「あ、そうなんだ。聞いてはいけないことを聞いてしまったかな…。」
私「いえいえ、卒業したってことなんで大丈夫です。笑」
パ「ああ、それは、おめでとうございます。笑」
私「ありがとうございます!笑」
パ「子どもさんたちはみんな一緒にいるの?」
私「はい、一緒に。」
パ「そっかそっか、それが一番幸せだよ」
10年振りぐらいだったのだろうか。
嬉しかった。
私のことを覚えていてくれたことも。
声をかけてくれたことも。
離婚のことを明るく「おめでとう」と言ってくれたことも。
最近。
昔の知り合いから突然、声をかけられることが多い。
私の遠い記憶にある人たち。
その人たちの記憶の中に私がいる。
そうして、十数年振り、数十年振りに、偶然会って、私に気が付いて声をかけてくれて、笑顔で話をしてくれる。
少しの立ち話と笑顔。
「会えて良かった。またね。」
それだけなんだけど。
いつもいつも。
あたたかくて幸せな気持ちになる。
十数年前は。
子どもたちもまだ小さくて。
仕事と家事と育児で手一杯で、いつも立ったまま、ごはんを食べていた。
髪を振り乱して、心をとげとげにして、夫にキーキー言いながら、大変だ、大変だと、泣いていた記憶ばかり。
でも。
その頃の知り合いに声をかけてもらうたびに、幸せで楽しかった記憶がよみがえる。
あの頃の私は必死過ぎるぐらい必死に生きていた。
だからなのか、いつもは忘れてしまっているけれど、忙しくて辛くて大変なことばかりじゃなくて、ちゃんと、幸せで楽しい時間を、家族と過ごしていたんだなあ。
声をかけてもらって、懐かしさとあたたかさで幸せな気持ちになるたびに「あの頃も私は幸せだったのだ」と思うことが出来る。
そうして、そう思うたびに。
「これはきっと、頑張って生きてきたご褒美なんだろうなぁ。」と、感謝の気持ちでいっぱいになる。