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そしてまたはじめよう

約束の時間がきた。

彼にラインをする。
「これから行くね。大丈夫?」

ちょっとドキドキする。
やっぱりダメって返事が来たらどうしよう…。

しかし彼から来たラインは
「待ってるね。気をつけて。」

安心して彼の家へ向かう。
見慣れた道だけど、やっぱり久しぶりな感じ。

彼の家に到着し、いつものように車を停める。
玄関前に立ち、深呼吸をする。
そうして、ドアフォンを鳴らす。

バタバタと足音が聞こえ。

がちゃり。
鍵の音がしてドアが開かれる。

「おはよ。ひさしぶり!」
私は緊張が隠れるようにと、笑顔で言葉を発する。

「久しぶりだね、いらっしゃい。」
彼が家の中に招き入れてくれる。

ドアが閉まると。
靴を脱ぐ間もなく。
彼に軽くキスを落とされる。

ああ、私。
帰ってこられたんだ。

「安堵」

そのときの感情を言葉にするとしたら。
それが一番近い。

私の居場所に、帰ってこられた。

正直に口に出す。
「良かった。戻ってこられて。」

何も言わずに彼は私を抱きしめる。
されるままに、抱きしめられる。
彼の背中に腕を回す。
ぎゅっと力を込めて、ハグをする。

そうして、もう一度。
言葉にする。
「良かった。帰ってこられて。」

彼が身体を離して私の顔を見て、言った。

「さくら。僕たちもう一度、はじめませんか?」

「うん。よろしくおねがいします。」

そうして私たちはまた、恋人になった。


コトが済み←笑

キッチンの換気扇の下で
隣に並んで一本の煙草を分け合う。

普段はお互いに煙草は吸わない。

だけど「今日は特別ね」って。
たまに彼が言い出して煙草を吸う。

別に、煙草、吸いたいわけじゃ無いけど。

この、隣に並んで、何かをシェアする感じ。
そして少しだけ、秘密、な感じ。
それが懐かしくて心地よい。

秘密基地で。
隠れて煙草を吸っていた子どもの頃のような。
そんな気持ち。

彼と一緒にいると。
私は少年になれる。

やっぱり私は。
彼と一緒にいるときの私が、好きだ。

ああ、本当に。
ここに戻ってこられて、良かった。


ふたりで並んで煙草を吸いながら。
前を向いたまま、彼が言った。

「さくら。」
「なあに?」
「結婚しようよ。」

おおう。
そうきたか!

即答する。

「うん、いいよ。」

彼が驚いたように私の顔を見て。

それから私の目をじっと見て口に出した。

「僕でいいの?」
「うん。しんちゃんが、いい。」

「じゃあ、もう、絶対に離れないで?」

くすくす笑いのまま答える。
「私がしんちゃんから離れられないって、わかったでしょう?」

笑いながら彼が答える。
「確かに!別れるって言っても離れていかないんだもんね、さくらは。笑」

「しんちゃんこそ、私で良いの?」
「うん、さくらがいい。」

「末永く、よろしくお願いします。」


私たちは、知っている。

これがハッピーエンドではないことを。

結婚が、ただのスタートであることを。

だからこそ。
ふたりで、はじめたい。

隣にお互いがいる人生を。

そうして、いつか。
ふたりで振り返りたい。

「換気扇の下で煙草吸いながらプロポーズされたねぇ」
って。
「さくらが即答して、僕、めちゃくちゃびっくりしたんだよ。」
って。

その日を目指しての、スタート。