[本記事は『検索ちゃんネタ祭り2022』を視聴後書いたものの未投稿になっていた記事に加筆修正を施したものです。]
2022年12月23日放送・テレビ朝日系列『爆笑問題の検索ちゃん 芸人ちゃんネタ祭り 2022』内でオードリー・若林正恭さんと爆笑問題・太田光さんの間でこのようなやり取りがありました。
実はこのやり取り、同年07月に起こった安倍元首相銃撃事件を想起させる内容になっているのです。
それはどういうことなのか?本記事ではこのやり取りの背後にある出来事と『凄惨な殺人事件を想起させる表現で人は笑えるのか』ということについて考えてみようと思います。
太田光がモデルガンを持ち歩き始めたきっかけ
そもそもこのやり取りに至る経緯として『太田さんは約10年ほど前から私生活でモデルガンを持ち歩くようになり、共演者との交友の種として使用していた』ことと『何故太田さんはモデルガンを持ち歩くようになったのか』について知っておく必要があるように思うのでご本人の言葉を引用しながら説明させて頂こうと思います。
太田さんがモデルガンを持ち歩き始めたことに初めて触れたのは2014年07月29日放送の爆笑問題カーボーイでした。
この様に小説家・黒川博行さんが2014年に直木賞を受賞した『破門』をきっかけとして太田さんはモデルガンを持ち歩くようになります。そして楽屋挨拶や収録外で遭遇した共演者らに銃を向け驚かせるということを楽しむようになっていくのです。
そうしたことを続けている内に同業の後輩達は太田さんがモデルガンを向けてくること前提としてコントを用意してくるようになったり太田さんが特に喜ぶようなリアクションをとるようになるなど発展していきました。
後輩達とのやり取りの中で印象的なものはラジオで話すこともあり、太田さんはそうした交流を本当に楽しんでいる様子だったのです。
安倍元首相銃撃事件後モデルガンを置く
こうして『楽屋挨拶に訪れる後輩と太田さんの即興コント』というものが所謂"お約束"となっていた中、事件は起きました。
2022年07月08日に発生した安倍元首相銃撃事件です。日本国内で銃撃事件が発生することも珍しいことですが、更に被害者が著名な政治家であったこと。現行犯で拘束された山上徹也被告が語った犯行動機をきっかけに安倍元首相と旧統一教会の密接な関係が明らかになっていくなど一連の出来事は日本全国に衝撃を与えました。
そしてこの事件から約一ヶ月後、太田さんは爆笑問題カーボーイ内でモデルガンの持ち歩きを止めたことを明かします。
このやり取りでは冗談を交えながら話していらっしゃいますが、太田さんは銃撃事件直後の放送で安倍元首相の死などの出来事に人一倍動揺している様子を隠しませんでした。
憲法9条擁護の立場から本も出版している太田さんと日本国憲法に批判的な安倍元首相ではそもそも根本的な立場の違いもあり、それ以外の面でも度々主張が異なっていた太田さんは安倍元首相の話をする際によく「大っ嫌いですよ!」という少し大袈裟な前置きを付けて話し始めることが多かった訳ですが、事件後の太田さんの様子から安倍元首相に対しての思いというのは愛憎が交錯した複雑な感情であったことが想像出来ました。
暫くの自粛などではなく「拳銃は全部捨てたんですよ。」と全てを止めにしたこの言葉には銃撃事件の洒落にならなさだけでなく、被害者が安倍元首相であったということからその死に敬意を表し関連した笑いは全て辞めるという太田さんなりの幕引きを感じるのです。
というのも日本に於ける銃撃事件は確かに珍しいことですが主に暴力団関係で時折発生していた為、そもそもこの事件以前から「(銃撃事件が)絶対起きない国」ではなかったのが実情でした。太田さんがモデルガンを手にする約半年前には『王将社長射殺事件』が発生していますし、その後も年に一回程度の頻度で銃を使った事件は続いていました。つまり太田さんが無自覚なのか自覚しているのかは不明ですが、言葉にしたことだけが理由にはなり得ないと言えるのです。
そして恐らく様々な葛藤があった末に太田さんは"これは笑いにしてはいけない"という結論に達したのでしょう。
オードリー若林はどう笑わせようとしたのか?
こうした土台が出来上がったところでオードリー若林さんの「おもちゃのピストルで撃って来ないんですよ。」という冒頭に引用したやり取りが放送されました。
『検索ちゃんネタ祭り』は出演者それぞれが単独で番組を持つ様な豪華な布陣ではありますがあくまでもホストは爆笑問題であり、漫才の持ち時間で見ても彼等の番組という性質は強い訳です。
当然ながら視聴者も爆笑問題ファンが多いと考えられるので、そうしたファンはカーボーイを聴き太田さんがモデルガンを持ち歩くことを止めた理由を知っている方が多いでしょう。
そういった方にとっては「太田さんがモデルガンを持っていなかった。」ということを耳にすれば安倍元首相銃撃事件という笑い事には出来ない事件が瞬間的に頭に過ることは必至な訳で、爆笑問題の番組である以上そうした連想をする視聴者の数も無視出来る数値ではないように思います。
そこで気になったのは『若林さんは事件とその後の太田さんの決断を遡上に上げどうしようとしたのか?』ということと『それをカットしなかった番組スタッフはどういう意図であの映像を放送したのか?』ということです。
若林さんは予てより学生時代から爆笑問題に憧れていたことを明かしており、近年でも「サンジャポとか…ニュース的なことが起こると…正論ていうかさ、強いじゃん正論てやっぱり…じゃないさ…感情の方の寄り添う意見を言ってさ、マウント取られたりしてるよね。そこがなんか凄い『好きだなぁやっぱり』と思うんだよねぇ。」(オードリーのオールナイトニッポン 2019年06月02日放送より)と太田さんの振る舞いに惹かれていることを話されています。
そんな若林さんですからこの太田さんとのやり取りでも、多くの人が避ける話題でも切り口を変えて笑いにしようとしたのか?演者側の自主規制でNG領域を増やすのは波及効果を考えた際よくないという意識が働いたのか?など幾つか想像できる思惑が浮かんで来ました。
オードリー若林の真意
しかし結論から言えば若林さん側には特に深い考えは無かった様子です。
『検索ちゃんネタ祭り2022』放送時は未視聴だったのですが、後に2022年12月17日放送のオードリーのオールナイトニッポンを確認してみると若林さんご自身が収録時の楽屋訪問の様子を以下のように話していました。
つまり、若林さんは爆笑問題カーボーイの当該放送を聴いておらず太田さんがモデルガンの持ち歩きを止めたこともその理由も知らなかった。
また、若林さんが太田さんと交わした会話を何処まで正確に話していらっしゃるか不明ですが、楽屋訪問時に太田さんが「あの事件があったから銃は止めたんだ。」と説明しなかったとしたらそれも収録時若林さんがモデルガンに触れることに躊躇が無かった理由のように思います。
若林さんは「え!?今年気付くのそれ!?」と仰っていますが、太田さんがそうした考えに辿り着いたのは正しく今年(※放送年である2022年)起きた出来事が重要だった訳で、そうでなければ太田さんはモデルガンを使った戯れを続けていたことでしょう。
最後に
『検索ちゃんネタ祭り2022』に於ける太田さん若林さんの会話というのはこの様な背後の事情を詳しく知らなければなんてことはないやり取りなのですが、知っている人からすれば「えっ!?そこに触れるの?」「それは笑いになるの?」と緊張するやり取りでもあるのです。
ここまで考えてやはり一つ不思議に思うのは編集の段階でこのやり取りを落とさなかった理由は何かあったんだろうか?ということ。
事件現場で行われた暴力だけでなく旧統一教会に関連した法外な献金や霊感商法など数十年に渡る膨大な不幸が明るみになった複雑な事件でもあったので、私は今でも扱いは慎重に行われるべきだった様に思っています。
若林さんが太田さんの決断を知らなかったことは仕方ないとして、編集を行うディレクターもそれを承認するプロデューサーも爆笑問題の番組スタッフであれば太田さんのそうした情報を全く知らないということも無いでしょうし、「何でも自主規制はよくない」というのは近年バラエティ番組制作に携わる方々の主張傾向として一つありますが、この事件の扱いに限っては慎重を期す方が良かったのではないかと思うのです。