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TVアニメ・名探偵コナンに纏わる『ガス会社がスポンサーだから爆発がない』というデマ

青山剛昌原作の同名漫画を題材としたテレビアニメ『名探偵コナン』は放送開始後間もない頃から10年以上日本ガス協会がスポンサーとして名を連ねていました。既に降板して久しい訳ですが、主人公江戸川コナン自身が出演したアニメーションCMも放送されていた為、永くアニメ版名探偵コナンを視聴していらっしゃる方は未だに強く記憶に残っているという人も多いでしょう。

さて、ここでご紹介したいのは10000リツイート以上されているこちらのツイート。

実はこの言説、昔から存在する名探偵コナンに纏わる噂話なのですが、この話を裏付ける名探偵コナンアニメ関係者や原作者の発言などが見つからないまま断定的に語られ広まり続けているデマなのです。

本記事では"情報ソース不明"というだけでなく何故この言説がデマだと言えるのか少し深堀りしてみたいと思います。


青山剛昌が最も好む『あの話』での爆破描写

反証例として提示したいのは第304話『揺れる警視庁 1200万人の人質』というエピソードの存在。これは日本ガス協会がスポンサーとして名を連ねていた2003年01月06日に爆弾による『爆発』を主眼として描かれた事件で、作中ではニ度爆発によって人命が奪われています。特に本エピソード内での二人目の犠牲者松田陣平は名探偵コナンではお馴染みの登場人物である佐藤美和子との馴れ初めを描いた上で観覧車のゴンドラごと爆破されるという最期であった為、多くの視聴者の印象に強く残る展開であったと言えます。

更にこのエピソード、通常30分である放送枠を2時間に拡大し作中の出来事をクイズとして利用した視聴者プレゼントも実施するなどスペシャルとして放送されています。もしスポンサーがガス会社だから…つまり「スポンサーに配慮して」か「スポンサーの意向で」という話が事実ならば態々この様な話を多くの視聴者を集めるスペシャルとして制作するのは不可解ですし、仮にこのエピソードしか選択出来なかったやむを得ない理由が存在したとしても本当にスポンサーとの問題があるのであれば爆発描写を別な殺人方法に置き換えることも可能な筈です。

『あの方』の名前が初登場した事件でも

もう一つ挙げたいのは、第219話『集められた名探偵!工藤新一vs怪盗キッド』です。放送年月日は日本ガス協会のスポンサー期間中であった2001年01月08日。

本エピソードの後半、"黄昏の館"を舞台に展開される烏丸蓮耶の遺産を巡る殺人と謎解きでは犯人である千間降代が事件進行中自身の死を偽装する目的で乗車した自動車を爆破するという描写が為されています。話の冒頭でコナン一行に声をかけ穏やかに接してくれた人物が唐突に亡くなってしまう…という展開で、何も知らずに観ている人に強烈な印象を残す話の運びでした。

第219話『集められた名探偵!工藤新一vs怪盗キッド』より。千間降代が乗る自動車が爆発するシーン。

実はこちらも放送枠を拡大して放送されたスペシャルで、前半は『まじっく快斗』単行本4巻収録の『ブラック・スターの巻』に相当する話をアニメ化。名探偵コナンのアニメ枠ながら主人公怪盗キッド視点で工藤新一との対峙を描いた特別なエピソードが制作されています。これは人気キャラクターを大々的に用い視聴者に強くアピールした構成です。

『放送枠を拡大したスペシャルで』『人気キャラクター怪盗キッド及び工藤新一を登場させた話で』『視聴者の印象に残りやすい展開で』爆発描写が使用される。やはり本記事で取り上げている説と矛盾する様に思います。

実は人気エピソードに多い爆発描写

更にこの他にも日本ガス協会がスポンサーを降板するまでの間には準レギュラーの人気刑事らが多数登場する『悪意と聖者の行進』『命を賭けた恋愛中継』、そして『ゲーム会社殺人事件』『謎めいた乗客』『赤と黒のクラッシュ』『探偵団vs強盗団』『ウェディングイブ』『漆黒の特急 (ミステリートレイン) 』など黒ずくめの組織が関係する重要エピソードに高い頻度で爆発描写が登場するのですが、何れも原作から変更されることなく描かれています。スポンサーへの配慮が真実であるならば原作執筆時・アニメ化時に爆発描写は避けられているか変更されているでしょう。

因みに、ここで挙げたものにはアニメオリジナルエピソードは含めていませんのでそちらも含めれば更に数は増えると考えられます。

日本ガス協会がスポンサーを降板して以降も特に爆発描写の登場頻度が増えていないこともこの説の反証です。

火事を扱うエピソード

本記事で取り上げている言説の型式でよく見られるのは『ガス会社がスポンサーだから爆発がない』というものなのですが、冒頭で取り上げたツイートでは『家事や爆発の事件が無い』となっています("家事"は火事の入力間違いでしょう)のでそちらも触れておきましょう。

ここまで読んで頂けた方にはもう想像出来るかと思いますが、火事を扱った事件も存在します。火事の描写が登場する原作ベースのエピソードは『初恋の人想い出事件』『浪花の連続殺人事件』『炎の中に赤い馬』『赤白黄色と探偵団』『死亡の館、赤い壁 』などが挙げられ、特に『初恋の人想い出事件』『炎の中に赤い馬』『赤白黄色と探偵団』は火事自体を中心に据えたエピソードです。これらは何れも日本ガス協会のスポンサー時期に放送されています。

青山剛昌が明かしていた『劇場版名探偵コナンにアクション描写が多くなる理由』

ところで、原作者青山剛昌氏は劇場版名探偵コナン(映画)にアクション描写が多くなる理由について過去に明かしたことがあります。

それは2016年にシネマトゥデイに掲載された青山剛昌氏インタビューでのこと。

Q:アニメや劇場版のスタッフに先生からこういうことをやりたいとアイデアを持ち込むことはあるのでしょうか?
割と毎年そうですよ。こういうことをやろうと。特別に「この作品だけは」とお願いするのではなく、毎回そうなんです。漫画じゃやりづらいところとかね。爆発させたり大規模なアクションを漫画で描いてしまうと、アシスタントを泣かせることになるので(笑)。映画だからできることをしようとは思っています。

「名探偵コナン」漫画家・青山剛昌インタビュー:劇場版で原作者として名前がクレジットされる意味|シネマトゥデイ

実際、連載開始間もない頃に描かれた話を基にしたテレビアニメ第12話『歩美ちゃん誘拐事件』では、吉田歩美が公園でのかくれんぼ中に停車していた自動車のトランクルームに乗り込んだまま眠ってしまい、コナンらがターボエンジン付きスケートボードで街中を疾走しながら追跡することになった訳ですが、これ以降道中の歩行者や自動車らと接触しながらの準カーアクション描写は鳴りを潜めていました。

激しいアクション描写がアシスタントの方にとって負担になるが故にそうした描写を避けているというのは合点がいく話ですし、派手さの伴う爆発描写も同じ様な分類なのでしょう。劇場版名探偵コナン第一作『時計じかけの摩天楼』ではスケートボードによるアクションと連続爆破事件による緊迫した破壊描写の両方が大々的に取り入れられています。

つまり、観覧車のゴンドラ単体を爆発で破壊したり周囲に影響が及ばないような形で自動車を爆発させるなど制限のある爆発描写は原作エピソードにも度々登場するものの、制作の制約が緩和される劇場版では街中など人も物も密集した場所で爆発が起こったり、時には観覧車そのものを爆発によって破壊したり(!)過剰に派手にすることで原作ベースのテレビアニメとの差別化を図り、映画独自の価値を築いている。こうした取り組みが結果的に本記事で扱っているデマ誕生の素地になっている訳です。

インターネットに於けるデマの伝播し易さ

冒頭でご紹介したツイートの表示数は2024年04月25日時点で381.2万件と非常に多数の方の目に触れていることが分かります。名探偵コナンは連載30年を迎えてもなお多くの人を惹き付ける人気作品で、この言説に触れた内の何割かは今後も情報を広める側に廻ると考えられる為、このデマは広まっていくのでしょう。

興味深いのはこのツイートを普段は「エビデンスが大切」と説いている医師など、科学者もリツイートしていることです。"コナン スポンサー 爆発"などで検索すると上位にこの説の矛盾を指摘する名探偵コナン読者 / 視聴者の反論を簡単に見つけることが出来る為、数十秒程度でも割いて情報の真偽を見極めてから情報を広めるか否かを判断していれば「これは疑わしいかもしれない」と自制する側に廻りそうなものですがそうはなっていないことが面白いところ。

神戸大学教授・岩田健太郎氏のTwitterアカウントより

このデマによって誰かが何か深刻な被害を受けることは無いのかもしれません。青山剛昌氏、歴代のアニメプロデューサー・監督・脚本家、日本ガス協会関係者らは幾らか不快に思うかもしれませんが金銭的・精神的に大きな被害には恐らくならない。「だったらいいじゃないか」とあなたは思うかもしれません。とはいえ裏付けが無く、反証も多数存在する情報が真実であるかのように広まり続けるのは社会の基本的なルールとして間違いであると言えます。

あなたの生活において『正しくはないが、警察に相談したり訴訟を起こすほどではない自らに纏わる噂が周囲で巡っている状態』を想像すればその身動きのとり難さが分かるかもしれません。周囲の人々から「それくらいいいじゃん」と軽く切り捨てられてしまうが故に「違うんだけどな…」という不快感を他人に愚痴としてこぼすことすら憚られるようになり、甘受しなければならなくなる訳です。

そしてもう一つの視点として、昨今の情報共有のあり方として反射的に広める側に身を投じてしまう危うさを証明している事象でもあるのではないでしょうか。本記事でも延々と述べてきた通り、この言説には多くの反証が存在するため少し検索エンジンで関連語句を調べてみるだけで反論している方の存在から「どうも怪しいな…」ということに気付くことが出来ます。

ところが、それなのにも関わらず冒頭のツイートは10000以上のリツイートが為されているのです。今回の場合、元のツイートをされた方含め恐らく殆どの方は情報の真偽を確かめておらず、悪意もなく広めているように思います。こうした場合、責任を問われても以前からある言い訳として「◯◯で聞いただけ」「正しいかは自分で調べて」と『自身は情報を右から左に流しただけ』と主張したり、「ネタだから」という謎の論理で全てを解決しようとするなど一般社会では通用しないもののソーシャルメディア上のコミュニケーションではある程度受け入れられる手法が存在するため、自身が周囲へ与える影響への責任感はそもそも持っていない場合が多いのです。

どんな分野でも『裏側を知る』という行為は多くの人間にとって快感である為、この説に触れた人は「真実を知った!」と得意になって興奮しているのかもしれません。勿論、それがデマを広めた加害者の言い訳になっていい筈がありませんが、実際のところ"娯楽として機能しているデマ"というのは訂正する力より伝播する力の方が遥かに強く、『面白い嘘』に対して『つまらない真実』を明示して情報を正そうとしても太刀打ちできない場合が多いのです。

前述した"医師がこうした真偽不明な情報を広める側に廻ってしまう"ということからも分かる通り、普段事実と虚構の選別を重要視する職業の方でもソーシャルメディアでは情報の真偽の確認は疎かになりがちで、責任ある立場の人であっても自身の信用を自ら毀損するような行動を簡単にとってしまう特殊環境と言えます。

そこには、社会問題や政治問題を考える際には大切にされる『事実に基づく』という原則が娯楽分野では軽く考えられたりないがしろにされたりする傾向があることに関係しているのかもしれません。著名人、特に"芸能人"の方に纏わる真偽不明な噂話の氾濫はより苛烈ですし、余程悪質なものでない限りは特に取り締まられることもないのが現状です。

命や金銭が関係していなければいいのか?娯楽性があり被害規模が小さいデマの流布は許される?皆で嘘を支持すれば真実を圧倒出来るという在り方は巡り巡って自身の不利益になる時が来るのではないか?色々と思いを巡らせたくなる問題ですね。

最後に

名探偵コナンのアニメエピソードの中には『都市伝説の正体』というものがあります(第530話・第531話)。このエピソードで扱われている事件では噂が噂を呼び事実に真偽不明な情報が付加されていく危険性を指摘した内容となっていますが、正しく名探偵コナンを取り巻く環境にもそんな不確かな噂話の伝播問題が存在しているのです。

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