『そのレシピが生まれた訳』:アジアハンター小林真樹さんに聞く、南インドでミールス(MEALS)という英語名の料理が定番化した理由
ミールスという料理スタイルはどこから生まれたのか
ーーそもそも南インドのミールスって、どういう経緯で、いつ頃から食べられているものなのでしょうか。
「インド人に聞いても、その辺のところって真実はわからないですよね。インド人自身も知らないというか。それらしく答えるんですけれど根拠がなさそうな感じもする。資料とかなんにもないし。
それらしい答えを言う人もいるんだけど、なんか創作っぽい感じもするので、それを鵜呑みにしちゃうとまたね。そういう本質的なことって、インド人のほうがわかんないのかもしれない」
ーー日常の話過ぎて、わざわざ調べたりしないのかも。
「だから私も推測や想像をするしかないのですが、元々は寺院で出された婚礼料理だったり、一族が集まった時に出された特別なお祭り食事がオリジンだと思うんですね」
ーーもともとは人が集まる場所で出された、晴れの日の料理だった。
「そもそも、外食というそれまでインドになかった食文化が発生する以前の状況を考えた時、客前に出される料理って結婚式やお祭りで出してたものだったと思うんです。それを基準に食堂の定食メニューにしたというか。
その名前として、誰かが横文字の『MEALS』と呼ぶようになり、それが一般化して、店頭には『MEALS READY(ミールスが食べられます)』と書かれた看板が掲げられるようになり、提供する場所はなぜか『ホテル』と呼ばれるようになった。
こういうスタイルの発祥は、アーンドラ・プラデーシュ州のほうだと言われています」
ーー和製英語ならぬ印製英語として、ミールスが通称として定着したと。ホテルは宿泊施設じゃなくて飲食店なんですね。
「僕の想像ですけど、最初の段階では、そういう宴席でしか食べられない豪華な食事だった。おせち料理みたいなもんですからね。それを一般の食堂で出そうとしたときに、あんまりこう気の利いた聞いたネーミングがなかった。だから横文字にしちゃった。
だって『ミールスレディ』なんて言葉、普段の生活じゃ使わないですよ。しかもミールスって、ビジュアルとして一見すごく伝統的な感じじゃないですか。わざわざ英語で呼ぶんだったら、もっと最新式のかっこいいインド食器に盛り付ければいいのに、原始的なバナナの葉っぱのまま。
古代から続く伝統的な食事を横文字で呼んじゃうっていうところに、なんかすごいギャップを感じますけど、それもまたインドらしいというか」
「インドの寺院の振る舞いとして無料で出される素朴な料理も食べたことありますけど、そういうところはカトリとか使わないで、バナナの葉っぱにドサッとごはんを乗っけて、次にサンバルとダールかなんかバシャってかけて終わりとか、そういう簡素なもの。それもまたミールスの原型の一つなんだろうと思います」
ーーそういうシンプルなミールスも現地ではあるみたいですね。
「インド人にとって、こういうミールスという食事っていうのは、ミールスという言葉も含めて、意外と新しい食文化じゃないかな。それに類する食事っていうのは、当然昔からあるんだろうけども、こんなに一般大衆化したのは意外と最近の話。
家庭でもミールス的なものは作るんでしょうけど、やっぱり外で食べる料理をミールスと称するんだと思います。
家庭でお母さんが『今日はミールスを作ったよ』って子供には言わない。あくまでもミールスいう呼び方、呼称は、 外のレストランだったり食堂において、ある種のメニューとしての呼び名。
日本でも家庭で『今夜は定食だよ』って言わないでしょ」
ーー確かに実家の夕飯が「野菜炒め定食」とか「日替わり定食」とか、聞いたことがないですね。ミールスはお昼に食べるんですよね。
「昼飯ですね。タミルだと、朝と夜はあんまりごはんを食べない。昼にドカンと食べるというか。とはいっても外での場合で、自宅では米を食うこともあると思う。これも地方差があって、アンドラだと夕食でもミールスやごはんを割と食べるんです」
ーー朝と夜はティファン(軽食)が多いですか。
「ただティファンといってもノンベジとは限らない。朝のティファンと夜のティファンと、またちょっと微妙に違うっていうのもあるし。
この間タミルに行った時見たのは、朝飯にドーサの上に内臓のカレーみたいなものがドカドカドカと掛けられた。そういう朝飯もあります」
地域によるミールスのグラデーション
ーーミールスを日常的に食べるのは、インドのどのあたりですか。
「南インドですね。基本的には南部四州のタミル・ナードゥ州(右下)、アンードラ・プラデーシュ州(右上)、カルナータカ州(左上)、ケーララ州(左下))なんだけど、僕が陸路でずっと旅した範囲でいうと、アーンドラと北東方面で接してるオリッサ州ってのがあるんですね。そこでもミールスは普通に安食堂で出されてた」
ーーだんだんとミールスを出す店が北上しているんですかね。
「そうかもしれません。州って文化的な境界線じゃなくて、ただ政治的に作られたもの。県境と同じですから、こっからこっちがこうとかって純然と分けられないもの。時代と共に変化しながら食文化は交わっているんです」
ーー地域によってミールスの味や内容は違いますか。
「おかずも違うし、味も違う。例えばケーララとタミルを比べると、ケーララは割とあんまりがっつりって感じではなく優しい。別にケーララも全部の店が全部優しいっていうわけではないと思うんですけど」
「タミルの方がわかりやすいというか、味がはっきりしてる。そうは言っても、同じタミルでもマハさんの出身である南側と、西側のコングナードゥ辺りでは料理がすごく違う。全般的に西へ行けば味が優しくなる傾向があります。
厳密にこっからタミル味で、こっからケーララ味みたいな線はなくて、なんとなくこうグラデーションで別れているというのがおもしろいですね」
「そしてタミルの北側のアーンドラに行くとタミルよりももっと強くパンチが効いている。いかにもご飯が進むって感じ。ラーメンでいうところの家系みたいなガッツリ系。僕の個人の印象ですけどね。だからミールスと一口に言っても地方差があったりする訳です。
価格も色々で、本当にシンプルで3種類ぐらいしかおかずがないものから、最近では品数が10種類以上あるものとか、もういろんな感じで広がってます」
ミールスの歴史は意外と浅いのかもしれない
ーーミールスがいつから食べられているかは誰にもわからないという話でしたが、小林さんの想像ではいつ頃でしょうか。
「当たり前のようにしてこういうフォーマットで出てくるけど、だけど意外と遡れば歴史は薄いというか、浅いというか。
何百年前から同じ感じで出ているビジュアルをしてるんで、歴史があると思い込んじゃうけど、 実は違う。
今のような外食料理としてのミールスが一般化したのが60年代から70年代ぐらいからだとすると、比較的新しい食文化だと思います」
ーーそんなに新しいものなのですか。
「もちろんもっと前から、ぼちぼち食堂なんかもあって、ミールスっぽい食事は出されてはいたと思うんだけど、ミールスという名前ではなかったと思う。それに米の味とか、おかずの種類とか、野菜なんかもどんどん変わってきてるだろうし」
ーー昔はインドにトマトがなかったとかいいますしね。
「インドって意外と品種改良とか農業的技術開発とか、色々やってるんですね。だから野菜の味とかも、おそらくだいぶ変わっている。
日本に来ているインド人が、『やっぱりインドの野菜がないとダメだ』みたいなことをよく言う。タマネギの味が違うとか。じゃあ自分たちがインドで食べていた野菜と、30年前、40年前のインドの野菜を比べたら、それもまた全然違うと思うんですよ。
この動きっていうのは小麦もです。 インドで干ばつが起きた時に、外国産のそういう環境に強い小麦が導入された。それが今は北インドなんかでは全域に広まって安定供給に繋がって、外国原産の小麦粒を使ったアタが席巻している。
右派の人たちの中には、こういう外国産の小麦はダメだ、 もっと原点に立ち返ってインド国産品種のものに立ち返ろうみたいな動きもあり、採算性が合わないんだけど、インドでもともと植えられていた小麦に立ち帰りましょうみたいな運動をしてる人もいます」
インドにおける米の歴史
「今でこそありふれた大衆食堂の食事でも白いご飯がでてきますが、タミルなどでは昔から日常的に食べていたのかというとそんなことはなくて、特別なときとか結婚式とかだけで、昔はお米が割と貴重品だった。それが30~40年前。
以前、ここで雑穀会をここでやったことありますけど、いろんな人に聞くと、 あんまり昔は米のご飯が食べられなかったんで、初期のミールス(あるいはそれに類する定食)はライスのおかわり自由とか、なかったんじゃないかなって思います」
ーー白いご飯とおかずが何種類も食べ放題というのは贅沢な食事だったと。
「それこそ戦後、インドって 急激に人口増加したので、外国の手助けのもとに農業改革みたいなことをやったんですね。それで、新しい品種の稲なんかが外国から導入されて、それで生産性がドバっと上がって、今のような農業大国に至る。
だから、それ以前と以降で食生活は違っていて、その切り替わりが60年代から70年代ぐらいかけてなので、それ以前ってどこでもおかわりできるミールスみたいな店は少なかったと思うんですよね。もしあっても、今ほどおいしい米でなかった。
今では南インドで当たり前のように食べてるポンニライスとか、これも実は開発されたのが80年代とか。品種改良が進む前の米はそんなにおいしくなかったっていう話を聞きました。
だから、わざわざ米をすりつぶしてドーサ(米粉のクレープ)とかイドゥリ(米粉の蒸しパン)にして食べていた理由の一つのは、ごはんにして食べても美味しくないから、生地を発酵させてティファン(軽食)にして食べていた」
「そういう米って自分で買ったりもするんだけど、 未だにインドは米とかの配給制度があるんですよ。そこで配られる米って、まあ言ったらクズ米みたいな感じでしょ。
それがおいしくないので、そのまま炊いて白飯として食うよりもティファンとかにするっていう話を聞いたことある。しかもその話ってさほど昔の話はなく、ここ20年とかの話」
ーー今日のミールスはバスマティですが、現地ではあまりミールスだとバスマティを食べないそうですね。
「でもここのは炊き方が上手だから、バスマティでもミールスにすごく合う感じで作っています」
「南インドで普通に食べるご飯って、あんまり長粒米がないです。ほとんど短粒米のイメージ。タミル以外でも、アンドラではソナマスリっていう短粒米をよく食べます。必ずしもソナマスリだけじゃないんだけど、どれも見た目は似てるんですよね。
ポンニもソナマスリも、先祖を辿っていくと同じ品種に行きつきます。インドが食料難に陥った時に、外国から導入されたもの。
では元々は誰が作ったかっていうと、大正時代に台湾に渡った日本人の農業研究者。台湾って環境的に沖縄よりもっと緯度が南にあるんで、普通の日本の米が育たない環境だったんです。とは言っても、日本人の食的に長粒米は口に合わない。なので台湾で育つ短粒米を作った」
ーー日本の統治時代、台湾から日本にお米を送っていたらしいですね。
「その品種が暑い環境に適応するし、 病気にも強いっていうので、戦後にアメリカの研究者たちの間で、これを使えばいいみたいな感じで、まず戦後食料飢饉が起きたそのメキシコで導入したらすごい成功した。
その次に大干ばつが襲ったインドでも、じゃあこの方法でいけるんじゃないかって導入された。
だから元々を辿っていくと、その日本人の研究者が開発した品種を1つのルーツにしてる米がインドに入ってる。その子孫が今で言うところのソナマスリとかマスリ米、ポンニライス。現地のスーパーに行って、米売り場を確認したら、確かに日本の米と似てました。
ちなみにインドは収穫後の米の加工方法が2通りあって、 一つが日本と同じく普通に脱穀したものでホワイトライスと呼ばれています。
そしてもう一つが脱穀する前に浸水させて、蒸して、澱粉を糊化させて乾燥させたパーボイルドライス。茹で時間も早いし、虫もつきづらいので、元々はそっちの方が主流だったらしいんですね」
「従来、特に南インドではそういうパーボイドライスの方が主流だったらしいんだけども、だんだんとホワイトライスの方を好む人が最近では増えてきてるっていう話は聞きます。その理由としては、やっぱり味がいいから。とはいえパーボイルドライスの持つ健康効果に対する信頼もまだまだ根強いです。
インドで雑穀が人気になったように、今後もしかしたら、ミールスも昔ながらのものがフューチャーされていく可能性もありますね」
ーー1980年代スタイルのオリジナルミールスとか。
「そうそう、それが美味しいどうかは、また別なんですけど」
ミールスの定義などない
ーーいまさらですけど南インドにおけるミールスの定義ってあるのですか。
「日本の定食だって、絶対にこれがなきゃ定食とは言わないという絶対的定義がないのと同じで、絶対というのはないんじゃないですか。定食は味噌汁が付くことが多いけど、味噌汁の代わりにお吸い物だったり、中華スープだったりする場合もある訳じゃないですか。
ミールスにおけるサンバルがそれと似ていて、 全部のミールスにサンバルがつくとは言い切れない。サンバルって名称自体も、アンドラの人はサンバルっていう言葉を使ったり使わなかったりする。サンバル的な豆の煮込みスープをパップーチャールっていったりしますね」
「ノンベジのときはサンバルがつかないこともあるし。これはタミルよりもアーンドラに行くともっと顕著な感じがしますね。だから、ミールスはこうじゃなきゃいけないっていうのはない。
そもそもミールスっていうネーミング自体、英語由来っていうところから、すでになんか自由な感じじゃないですか。新しい感じというか。
だから、あまり伝統的じゃないものに対して、さも伝統的であるかのように定義を考えて作ったり、対話したりすること自体、ちょっと違う感じがしますよね。
昔から結婚式とかお祭りで食べられるものは別として、外食産業の中で生まれたミールスっていう料理に対して、 こう固く構えたりするのはちょっと合ってないのかなっていう気がします」
ーー無理に定義するものじゃないんですね。店ごと、地域ごと、シェフごとのミールスがあって良いと。
「『ミールスは必ずこうである』みたいな定義づけはできないですよ。人によって違うし、場所によっても違うし、時代によっても変わってくるものだから」
バナナリーフミールスの食べ方
ーーミールスといえばバナナの葉っぱに盛られるイメージですが、小林さんがよくやっている、食べる前に水で拭いたりするのは衛生上の問題なのでしょうか。
「本来はそうなんですが、スリマンガムみたいな飲食店で出されるものはあらかじめきれいにしてあるので、形式的なものですかね。
インド人はよく食べる前に出される陶器皿も念入りに紙ナプキンで拭く人が多いです。それに似てると思います。
バナナの葉も一枚もので出されると拭くけど、最近はターリー(丸い大皿)に沿った形でカットされて敷かれていることが多い。そういう場合はわざわざ濡らしたりはしない」
「玉置さんとかもミールスの写真を撮るときに、全部が盛られた状態まで待って撮ると思うんですが、インドだとミールスって3段階ぐらいに分けて食べるような感じで、まず初期段階で出されたおかずで食べて、中盤で追加されたおかずで食べて、後半にきたおかずで締めることが多い」
ーーコース料理みたいに、食べる順番で出してくれるんですね。日本だとオペレーションの問題もあって、ターリーに全部盛ってくる場合が多いですけど。
「インドでも最初に全部出てくる場合もありますけど、それが正統じゃないという訳でもなく、僕が好きでよくいくようなお店だと、そういう提供の仕方をしているというか。
だから本来はラッサムとかヨーグルト(タイル)は最後に出てくるものだと思うので、最初からあるとちょっと不自然に思ってしまう」
ーー締めのお茶漬けが、最初から並んでいるみたいな違和感。
ーー食べ方としては、一つずつのおかずをごはんとよく混ぜて食べるのがいいのですか。
「よくおかずを全部混ぜるとか間違った言われ方をされますが、最初から混ぜてはいけない。
食事中にインド人を見ていると、食べていない時も常に右手はごはんとおかずを混ぜている。如何に味を染みこませるか、みたいなところが肝心なのだと思います」
ーーミールスは手で食べるのが基本ですか。
「そうですね。手で食べますし、手で食べたほうが美味しいよってインドの皆さんも言う。実際そうだと思います。
手で直接食べるからこそ、この触感が楽しめる。直接食べ物を触る感覚って、和食とか日本の食生活だとあまり感じられませんから」
ーーお寿司とかおにぎりくらいですよね。
「そうなんですよ。それで広がる感覚の世界っていうのはあると思うんで、 それがすごく魅力ですよね」
ーー確かに手で味わってみると、料理ごとの具の硬さとかグレイビーの質感が伝わってきます。
「特にこのバナナの葉っぱなんか敷かれちゃった日にはね。この葉脈の筋とか、 これに指を這わすことによって、この段々を感じる。これも1つの触感です。
これは箸なりスプーンなりフォークなりで食べてると、感じることはできない訳じゃないですか」
ーー確かにそうですね、食べ物を触ることで情報が増えるっていうのはわかったんですけど、葉脈を感じるっていうのは気がつきませんでした。
「バナナの葉っぱだとね、場所によって形が違うので、この辺に集めた方が食いやすいかなとか、指をこう這わした方がいいかなとか、すごい頭使うんですよね。手で使いこなす喜びみたいな感じですかね。
あまり気分をそそられないミールスとかだったら、別に手じゃなくてもいいんですけど、せっかくバナナの葉っぱとか敷かれて、それを手で食べないのって、すごい違和感を感じるっていうか。さっき言った寿司でもそうですけど、カウンターの寿司をスプーンで食べないでしょ。
個人的な気持ちですけど、作ってくれた人に対して、スプーンで食うと失礼かなっていうのはあります。手で食べた方が、作り手に対するリスペクトっていうところあります。
汁気の多いミールスとかの場合ね、 最後に残った汁まで、いかに指で掬えるかっていう、そういうのも含めて達成感がありますよ。僕も食べるのが上達したなって、昔に比べてそういうのは感じますよ。
だからといってね、別に僕はね、他の人にまで啓蒙とか強制したいとは思わない。自分だけそう思ってればいいんです」
現地でのお店のシステム
ーーもしかしたら今後インドに行くことがあるかもしれないので聞きますが(行きたくなってきている)、現地でミールスを出すお店のは、どういうシステムなんですか。
「食堂によりますけど、お昼は基本的にミールス一択な感じですね。僕はそういう専門店みたいなところ行くのが好きなので。
昼時になるとミールスだけで、他のティファンとかを注文しても、この時間はミールスだけだって言われるケースが多い。基本は食べ放題」
ーー座ると勝手に出てくる?
「そういう後払い方式のところもあるけど、昔ながらの店だと先払いのクーポン(食券)式になっていることが多い。
日本だとオーナーもみんなサーブしたり働いてますけど、インドだとオーナー(もしくはマネージャー)は、基本的に働かない。お店の入口近くだったり、奥の方だったり、テーブルの机の後ろにどんと座って金勘定しかしないっていう人が多いんですよ。
そのオーナーのところに行ってミールスのクーポンを買う。たまにヨーグルトとかギーがオプションになっている場合もあります。そのクーポンを持って席に着く」
ベジとノンベジは店自体が違う
ーーミールスはノンベジが多いんですか。
「ミールスの場合はね、やっぱベジの店が多いかな。 これは僕の想像だけど、やっぱり最初の出所が寺院だったり、お祝い料理だったりするので。とはいえ結婚式に肉食をするタミル人は多いんですが」
ーーどんな宗教の人でも食べられるベジが基本だと。
「でもやっぱり、どうしてもノンベジの人的には肉とか魚がないと物足りなかったりする。ノンベジになった場合のミールスの出し方って、そんなにこう品数も多くないし、 ベジミールスのようなビジュアルとはまた違う。
ノンベジのミールスって、もっとメインがドーンとあって、プラスしてベジのおかずがちょっとみたいな」
ーー松屋の焼肉定食とかチキンカレー定食みたいな。日本だと、ベジミールスのオプションとしてノンベジがつく、あるいはおかずが一つ入れ替わりでノンベジになるというイメージですね。
「そもそも日本だと、ベジミールスとノンベジミールスが同じ店のメニューに並んでいるのが普通だけど、インドの場合って、肉を扱う厨房でベジミールス作るっていうこと自体が発想としてありえない。
だからベジ料理を出すお店は基本ベジだけで、ノンベジの店はノンベジだけ。もう店ごと分かれている。だから行く店を分ける訳ですね。
なのでベジミールスのオプションとして、じゃあチキンカレーをつけようとか、そういう発想は多分ない。もう最初から行く店を変えている。
逆にベジを食べたい人が、 ノンベジの店行ってベジのメニューだけチョイスするっていうこともない」
ーーなるほど。ベジにするかノンベジにするかは、メニュー選びの前に店選びをするんだ。
インドでは外食を避ける人もいる
ーー昔のインドは外食をする店自体がなかったとか。
「そうなんですね。 外食そのものが、ちょっとインド人的にはあんまりよろしくないという考えがあった。日本でもそういう考え方はあるじゃないですか。外食や店屋物(てんやもの)ばっかり食べていると、栄養が偏るし、体に良くないよって。
それプラス、インドの場合は他人が作ったものに対する不信感がすごい強い訳です。ヒンドゥー教徒は特に。
見えない厨房の中で、どんな汚れた手で食事を作ってるかわかんないとか、どこの誰と触った手で野菜を切ってるかわかんないみたいなことを言う訳ですよね。未だにそういうこと言う人は多いです。そうい汚哀感とか不浄感とかそういうのが強い。インドってすごい保守的なので」
ーー法律としては禁止されていても、カースト制度は暮らしの中に残っているんですね。
「インドって今、どんどん右傾化してるというか、ヒンドゥー主義的な考え方がすごく強くなっている。昔の独立直後はあんまりなかったんですけども、どんどん逆に戻ってるっていうのかな。
だから、そういう昔ながらの不浄感みたいな考え方って、普通なら時代とともにだんだん廃れていくと思うんですけど、逆にインドの場合ってそういうのが強くなっている。
逆にネパールとかだと全然そういうのがなくて、ネパールもヒンドゥ教社会で階級社会だったんだけど、 今のネパールはむしろ自由になっていて、かつてバラモンで肉なんか絶対食べられなかったような人が普通に肉を食べている」
ーー日本でもお坊さんがみんな精進料理しか食べないかというと、今はそんなことはないですもんね。
「大体伝統的な社会って時代とともにそういう風になっていくと思うんですけど、インドだけは多分逆行してる感じがする。
保守化は特に北のほうが激しい。やっぱそういうの主導するのは北なんだよね。南インド人自体が、北のヒンドゥー教徒からすると、ちょっとこう自分たちの下の存在みたいな感覚があるかもしれない。
特にそういう内部の社会とか感情とか考え方って、表にあらわれないから、なかなか普通に外国人が旅してても見えてこないですけど、 やっぱりそういうものって強くあります。
だから未だにやっぱり、特に地位の高いバラモン階級の人とかと喋っていると、あんまり外食したがらない人も多い。うちのご飯が1番いいっていう考え方の根本は、やっぱりそういう、ただ単に味がいいからというだけじゃなくて、外部の誰が作ったかわからない食事を避けられるっていう、そういう発想があるんですね。
でもまあ、かなり変わっては来てるし、割り切ってる人も多いです。提供する側も、1番上の階級のバラモンが作ってますってことを歌い文句にしてる店もある」
ーーいろいろあるのがインド。ベジの人ってまだ多いのですか。
「南インドはノンベジの人が多いです。厳格に守ってるベジタリアンは、もう3パーセントとか5パーセントぐらいしかいない。どこ行ってもノンベジが多いし、みんな肉を食べていますね」
小林さんがあえて自分で料理を作らない訳
ーー小林さんはこれだけ料理に詳しいのに、自分で作る印象がないですね。
「やっぱりこういうのって、他者に作ってもらったものでないと、こっちの気持ちも発動しないというか。
あまりにも自分でできちゃったりすると、作り方や材料がわかりすぎちゃって、食べるほうとしてはなんか楽しみがなくなっちゃうんじゃないかな」
ーー手品の種を知ってしまうような。
「これならもっとこうすればいいとか、これ手抜いてるなとか、色々分かっちゃうとね。あんまりこう、ありがたみというのがね。僕はその作る作らないの一線を越えないのは、そういうところがあります。
特に1人で店に行く場合は、オーナーとかシェフに話を聞きながら、店ではこうやっているけれど家ではこう食べるとか、色々そういうのを聞きながら食べている。半分は情報収集しに行っているみたいなところがありますね。
特にインド料理を食べるというのは、インドの何かを感じたいがために、インド人の作ったその箱(店)も含めて、 体験しにいっているのだと思うんで、その料理を自分で作っちゃうと、僕にとって大事なものが何かこう欠損したような感じになってしまう。
いつまでもね、ピュアな『いち食べ手』でありたいから」
ーー自宅の台所で完結したら、インド人との触れ合いが生まれない。
「そうそう。それでは完結しないんですよ。だからただ単に店で食事をするっていうよりか、店の内装だったりが気になる。 特にインドでそうなんですけど、もう店自体が1つの 観光スポットじゃないけど、もう目的化している。食べなくても店の内装だけ見ててもなんか面白いなと思っちゃう」
ーー料理の味だけがすべてじゃない。
「それでもし完結するんだったら、ウーバーイーツとか出前でもいいじゃないですか。おいしいもので空腹を満たすだけじゃない。例えばここのマハさんみたいな人と話をしたりするのも含めて、僕にとっては外食なんですよ。
と言いつつ、インド料理好きの一般の方向けにカトリとかターリーなどのインド食器を売ってる訳ですが」
※小林さんのお店(通販)はこちら。
※より詳しい小林さんの話はこちらの本でどうぞ。
小林さんの著書
「ケララの風II」直伝!『ジャガイモのイステゥ(ココナッツ風味のシチュー)』のレシピ
小林さんも何度か食べた『ケララの風II』の沼尻さんに教わった『ジャガイモのイステゥ(ココナッツ風味のシチュー)』のレシピ(目分量で作るところを見せてもらった調理工程を私が許可をいただき数値化したもの)を、下記の本『作ろう!南インドの定食ミールス』より抜粋して掲載します。
スリマンガラムの力強いミールスとはちょっと違う、ココナッツをたっぷりと使った優しいケーララの味をお楽しみください。
■ジャガイモのイステゥ(ココナッツ風味のシチュー)
【材料】(小鍋1杯分)
A
ジャガイモ 300 g
ココナッツミルク 50 g
水 300cc
B
タマネギ 100 g
ショウガ 30 g
C
ココナッツミルク 50 g
塩 小さじ1
カレーリーフ(あれば) 20枚
【作り方】
1.Aのジャガイモを1.5cm角に切って、ココナッツミルクと水で沸騰してから4分煮る
2.Bのタマネギを薄切り、ショウガを細切りにして、1に加えてさらに3分煮る
3.Cのココナッツミルクと塩、そして手で揉んだカレーリーフを加えて、一煮立ちさせる
完成!
「ケララの風II」のレシピ本
私がレシピ化・編集した「ケララの風II」のミールスのレシピ同人誌『作ろう!南インドの定食ミールス』については、以下をご確認ください。※再販開始しました。
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