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「冷凍さぬきうどんを長く茹でると伊勢うどんになるのか」という実験

エリックサウスの料理長であるイナダシュンスケ(稲田俊輔)さんが、「冷凍さぬきうどんを18分茹でる」と伊勢うどんっぽいとツイートされていたので、試してみることにした。判定してねと指名されたので。

なんでこういう話になったかというと、以前イナダさんにお会いしたときに、「伊勢うどんってなんですか?」という私が書いた同人誌をお渡しさせていただいたからです。ちゃんと読んでいただいて大変ありがたい。

そして皆様にも買っていただけると超ありがたい。詳細は以下からどうぞ。BOOTHなどで通販やっています。

冷凍讃岐うどんを長めに茹でてみる

ということで、試してみます。

使ったのは近所のスーパー(ベルク)で売られていた、「讃岐うどん」と書かれた冷凍うどんです。シマダヤのOEM商品。テーブルマーク(加ト吉)じゃなくてすみません。

材料は小麦粉と塩のみ。澱粉(タピオカ粉など)が入っていないプレーンタイプ。もっと太いのがあればよかったかな。

たれは冷凍庫で眠っていた伊勢市民御用達の「マルキのたれ」。しっかり甘めで伊勢市民が大好きな味。これで卵かけご飯を作るとおいしいよ。

凍った麺を熱湯で茹でます。ちなみに標準茹で時間はたったの1分。
時間を計りつつ、少量をとって食べていきましょう。

5分

いきなり標準茹で時間の5倍で検証開始。
私の舌(顎)が伊勢うどん慣れしすぎているというのもあるけれど、まだまだ腰のあるおいしい普通のうどんという感じで伊勢うどんではない。甘いタレが懐かしい。

10分

ちょっと伊勢うどんに近づいてきたかな。もう少し太ければ、伊勢うどんの中ではコシをしっかりと感じる山口屋(自家製麺)の麺っぽいかも。

15分

みなみ製麺(伊勢市内の製麺所)で食べさせてもらった、非売品の釜揚げ伊勢うどんっぽさを感じる。あるいは山口製麺(伊勢市内の製麺所)の冷凍伊勢うどん(製麺所で茹でたてを冷凍した商品)。ちょっと寝かせて茹でなおすと市販のチルド麺っぽくなるかも。

これはこれでとてもおいしいけれど、やはり麺が細いので、噛んだときのストロークが圧倒的に足りず、麺の物語が途中で終わっている感じが寂しい。伊勢うどんの上巻だけを読んだ気分。

ただ物理的に細いのは想定の範囲。伊勢うどんのニュアンスを伝えられる麺になっていると思う。

20分

しっかりとコシが抜けてきた。ここに餅っぽい低アミロースの小麦(あやひかりなど)を長時間茹でることで生まれる独特の粘りが加われば、つきよみ食堂の店主がいうところの「柳ごし」っぽさがでてくるのだが、讃岐うどん用小麦粉なのでそこは弱め。

伊勢うどんはASWをメインに使っていた時代もあるので(今でも製麺所では意外とASWをブレンドしている)、もちろん太さは違うけど、こういうタイプの伊勢うどんが存在する(した)のだろう。伊勢うどんといってもいろいろなのだ。

25分

伊勢うどんらしい柔らかさといえばそうなのだが、全体が均一に柔らかくなりすぎて、噛み応えにグラデーションが感じられない。柔らかければ伊勢うどんというものではないのだと改めて感じる。

30分

太さがもっとあれば噛み応えのグラデーションを楽しめるのだろうが、ただだらしない感じになってきたかな。この太さの麺をこれ以上茹でても、伊勢から遠くなるだけだろう。

30分茹でた麺を冷蔵庫で9時間寝かせる

現代の伊勢うどんは茹でたての釜揚げ方式ではなく、40~60分くらい茹でた極太麺を(さらに火を止めて蒸らす場合もある)、あえて3時間程度(朝茹でて昼に出す)、あるいは一晩以上寝かせてから、3分程度茹でなおして提供している。詳しくは「伊勢うどんってなんですか?」を読んでね。

ということで30分茹でた冷凍讃岐うどんを水で締めて、ビニール袋に入れて一晩寝かせてから茹でなおしてみた。

この過程で伊勢うどんらしくなるかなと期待したのだが、どうにも柔らかいだけで伊勢うどんの持つ良さが感じられない。

柔らかさの極限ともいえる「まめや」のふわふわでほわほわでふにゃんふにゃんな麺のように、うどんから餅へとジャンルを越えようとする自由度がない。冷凍讃岐うどんは麺の前提を保とうとする力(常識)が強すぎる。

あくまで讃岐うどんの範疇で、ただ柔らかくなっているさみしさ。これは伸びた讃岐うどんだ(当たり前だ)。15分茹でを寝かせたら、また違う結果になっただろうか。

総評

「ジェネリック伊勢うどん」という言葉は、「伊勢市以外の製麺所で作られた伊勢うどん風のうどん(この話をするとまた長くなる)」であり、冷凍讃岐うどんの長期間茹では、ジェネリックというよりはあくまで「代用伊勢うどん」というべきかもしれない。あるいは「なんとなく伊勢うどん」。

なんてタラタラ文句を言いつつも、伊勢うどんという独特の食文化に興味を持ってもらうという点では、冷凍讃岐うどんを10~20分茹でるというのは大変素晴らしい体験だと思う。コシはコシで大事だけど、柔らかいうどんって意外とおいしいという共通認識を育めるはず。

ただ伊勢うどんが伊勢うどんであるためのアイデンティティは、「長時間茹でた柔らかさ」なのはもちろんだが、それは「麺が太いからこそのストロークが生む、噛み心地のグラデーション」が前提となる。冷凍讃岐うどんの太さでは、そこの部分がどうしても物足りない。なので太い生麺のうどんが売られていれば、それを長く茹でた方が本物に近くなるだろうけど、それはそれで面倒だよね。

ここまで書いておいて問題となるのが、伊勢うどんのタレを用意できない場合がほとんどだという点(イナダさんは自作してましたけど)。その場合は普通のうどん用だし(伊勢では「うすくちうどん」などと呼ばれる)、あるいはカレーうどん(超合う)で食べてみるのもいいと思います。伊勢の人は、伊勢うどん用の麺で汁のあるうどんもカレーうどんも食べています。

伊勢うどんと一口に言っても、その柔らかさに対するこだわりは、自家製麺の店だったり製麺所によって様々なので、できることなら伊勢まで行って、是非いろいろ試してもらえれば幸いです。柔らかさの奥にあるコシや粘りを感じてください。

みなみ製麺などは通販もやっているので、とりあえず本物を一度食べるのもお勧め。マルキのたれとのセットもあるよ。

※追記:伊勢うどん用の小麦粉は、時代によって変化しており、戦前は地元の地粉(モチモチしていない小麦)、農林61号(収量は増えたが基本的には似た小麦)へと変わり、戦後は外国から安い小麦が入ってきて、讃岐うどんでよく使われるASWなどがメインになる。そこから地産地消の機運によって「あやひかり」という低アミロース品種が伊勢うどんにいいのではと三重県内で推奨されるようになり、自家製麺の店などで使われるようになってきた。ただし伊勢市内の老舗製麺所では、グルテンの少ないあやひかりを伊勢うどん用として使っていなかったりする。


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