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GWの東京が混みすぎなので、最も検索されていない駅へ行く

この記事は『0メートルの旅』という本に収録されている、2019年のGWに書かれた文章です。GWを記念し、無料公開します。

僕は人間よりイノシシが多い田舎で生まれ育った。だから上京したあとも人混みが苦手だ。満員電車に乗ると目眩がして、じきに視界が遠ざかっていく。そのせいで電車通勤も電車通学もしたことがない。

時は2019年のゴールデンウィーク。空前の大型10連休である。日本全国あらゆる場所が混みに混み、栃木県では宿泊料金が471%上昇したという。恐ろしくて出かけることすらままならない。きっとむせ返る人の波にさらわれるだろう。そういう被害妄想に怯えている。

なら自宅に居ればいいのでは、と思われるかもしれない。でもそれも嫌だ。なぜなら寂しいからだ。GWに一人で家にこもるのはとても寂しい。かと言って人混みは苦手だ。そういう複雑な心境を抱えている。

そう、あれだ、ヤマアラシのジレンマ。鋭い針をもつヤマアラシは、凍えた身を寄せ合おうとしても、針が刺さって傷ついてしまう。そうして離れると、今度は凍えて死んでしまう。そんな有名な寓話。

心理的距離に使われる用語だが、僕にとっては物理的距離も同様である。人が近くにいすぎると苦しくなるし、一人で閉じこもると寂しくなる。

そんな僕に、どこか良い場所はないか。
混んでいないけど程よく楽しめてかつできれば近めの、そんな都合の良い場所はないか。

ここで「東京 すいてる」などと検索するのは愚かな行為だ。
時は未曾有の10連休、連休オブ連休だ。同じ発想のヤマアラシたちが集結し、お互いの針で刺し合う白兵戦となろう。

ではどうすればいいか。

逆である。

「検索されていない」場所を探せばいいのだ。

検索されていないとは、すなわち興味を持たれていない場所。
好きの反対は嫌いではなく、無関心である。そういう場所が、僕にとっての桃源郷なのだ。

検索されていない場所、いわば「無検索駅」を探すべく、僕はまず東京にある全ての駅が記されたExcelを作成した。JRから私鉄まで、西は奥多摩から東は小岩まで、実に930駅が掲載されている。

そしてこの930駅を、「Google キーワードプランナー」というツールにぶち込む。これを使えば、その単語がどれくらい検索されているのかが分かる。これで全駅の検索数ランキングが作れるわけだ。完璧な計画である。

ExcelからCSVデータを吐き出して、そのままキーワードプランナーに放り込む。量が多いからか、なかなか結果が出てこない。くるくる回る読み込画面は僕をわざと焦らしているようで、何とも、もどかしい気分になる。

きっと検索数の多いのは東京駅か新宿駅だろう。問題は少ない方の駅だ。やっぱり23区外だろうか。それとも意外と都心にあったりして。駅名を思い浮かべても、思い浮かべられる時点で候補からは外れる。僕が探しているのは「こんな場所あったんだ!」という驚きだ。いつもの通学路に新しいルートを見つけた時みたいな、そんな鮮やかな発見を求めている。

しばらくして、キーワードプランナーが結果を叩き出した。

まず、最も検索されている駅の1位は...「乃木坂」。乃木坂?

明らかに違う検索意図が混ざっている。こういう別の意味をもつ駅名にとって、検索数は指標にならない。全然完璧な計画じゃなかった。
ただ、2位以降の順位は妥当に見える。東京に新宿、池袋に渋谷。そしてそんな大御所の中に顔を出す吉祥寺は流石である。

ただしこれは僕にとってのブラックリストだ。こういう地域に近づいてはいけない。ヤマアラシの針が刺さり、出血多量で気絶する。僕も都会で生まれ育っていたら、そんな場所にも平気で行けたのだろうか。田舎ではイノシシのシメ方は習ったが、人混みでの生存方法は教えてもらえなかった。

さて、ここからが本番だ。

930駅を、検索数が少ない順に並び替える。そうすると「無検索駅」のランキングが完成する。その結果は…

やった。やりましたよ。見事に馴染みのない駅が並んでいる。

1位から見てみよう。

順番に「荒川七丁目」、「町屋二丁目」、「荒川一中前」、「荒川二丁目」......荒川多くない?調べてみると、すべて同じエリアに…「町屋二丁目」すらその近辺にあるようだ。つまり同一の地域に駅が密集していることで、検索ボリュームが分散してしまっているらしい。

そこで、もう1つルールを追加することにした。

「半径1km以内の駅は同じとみなす。」

これによって1~4位は統合されて、これらの駅はまとめてランキングから外れた。危なかった。騙されて人混みに行くところだった。

そうやって代わりに堂々の1位に躍り出たのが...

「箱根ヶ崎駅」だ。

箱根ではない、箱根ヶ崎だ。東京都瑞穂町にある「JR八高線」の駅らしい。

箱根ヶ崎駅の月間平均検索数ボリュームは30、実に新宿の1万2千分の1である。しかも半径1km内に他の駅が1つも存在しないという、まさに無検索駅の名を冠するにふさわしい駅だ。

Wikipediaによると箱根ヶ崎は1931年に開業した歴史ある駅で、近くの中学校や高校の通学駅としても利用されているという。そんな立派な駅が、なぜトップに躍り出たのだろうか。
僕はこの箱根ヶ崎に強い興味を抱いた。僕の理論上、新宿の1万倍混んでいない東京の駅。本当であれば、この地獄の大型連休を乗り越えるのに最高の場所である。
気づけば足は箱根ヶ崎へと向かっていた。

箱根ヶ崎に向かう電車は、30分に1本しかない。中央線から八高線に乗り換え、ゆったりと到着した銀色の車両に乗り込んで、空いている隅の席に座った。車内は人がまばらで、車両のガタンゴトンというリズムだけが響いている。期待と不安がないまぜになって、振動と共に僕の胸を突く。

勢いのまま出かけたはいいが、本当に空いているのだろうか。
この貴重な休日に、僕はわざわざどこに向かうのだろう。
窓に移ろう景色を見ながら、まだ見ぬ箱根ヶ崎を想う。

電車がまたのんびり停まって、ドアが開いた。僕は車内から飛び出して、ホームの階段を駆け上がる。
僕の求めた「ヤマアラシの桃源郷」は、果たしてそこにあるのだろうか。

目に飛び込んだ景色は、

めちゃくちゃ空いてる。ていうか誰もいない。

駅構内は新しく広々としていて、この空きっぷりを際立たせる。今がGWの東京であることを忘れそうになる程だ。いや、普段は通学駅として使われているようなので、むしろ休日の方が空いているのかもしれない。いずれにせよ第一印象は180点である。
旅は最高のスタートを切って、僕は興奮を抑えられない。胸がドグドグと高鳴って、がらんどうの構内に響きそうだ。

観光案内所があったが、誰もいなかった

駅前はかつて宿場町だったらしいが、今では住宅街が広がっている。案内に頼らず、足のおもむくまま歩いて回る。住宅街は「閑静」という単語をガラスケースに密封したみたいな静けさで、僕の足音だけがテクテク響く。

パンダもひとり、万全の体制でスタンバイしていた

知らない駅に降りるのは、いつだっていい。冒険心がくすぐられて、何もかも新鮮に見える。普段は素通りする自販機なんかを眺めて、ほお100円か、みたいに呟いたりする。バス停の看板をチェックして、1日に1本しかないバスに想像を膨らませる。時間帯的に、通学に利用されているのだろうか。

小腹が空いてきたので、赤い暖簾のかかった、小さな中華料理屋に入った。知らない駅では食べログなんて見ないで、ふらっと、思いついたような顔をして、こういう店に入るのが粋とされている。
店内では店員のおばあさん、それから常連らしきおじいさんが天津飯を食べていた。隅に置かれた小さなテレビではサスペンスドラマが流れていて、二人とも夢中になっている。僕は邪魔をしないよう素早くラーメン炒飯セットを注文し、無言の観客に加わる。

見ただけでうまい

運ばれてきた料理は素朴で優しく、飾り気のない口当たりが体に染みわたる。店内は未だドラマの動向に釘付けで、おじいさんは持ち上げたレンゲを停止させたままだ。
ラーメンを汁まで飲み干した頃、ドラマはエンディングを迎えた。感動的だったのか、店員のおばあさんの目にはうっすらと涙が浮かんでいて、僕はなかなかお会計を言い出せない。おじいさんのレンゲが再起動を始めたところで、この辺にオススメの場所はありますかと聞く。

2人は考え込み、ほぼ同時に顔をあげて、「何もないねえ」と言った。
どこもかしこも混んだ東京で、僕の求めていた答えだった。

案内所に人がいなくても、地元民に勧められなくても。箱根ヶ崎には、色んな名所があった。
例えば、「みずほエコパーク」という、駅から徒歩数分の公園。

ほぼ貸切状態である。寝そべって昼寝するもよし、寝そべって読書するのもよし。とにかくスペースが余っているので、まずは寝そべってほしい。公園として完璧な空間がここにある。

脱いだ上着を肩にかけた。今日は本当に良い天気だ。喉が渇いて、100円の自販機で烏龍茶を買った。箱根ヶ崎の自販機は全部100円なのだろうか。

100円の自販機しか見かけなかった

最後に、「羽村市動物公園」という動物園に訪れた。箱根ヶ崎駅からギリギリ歩いて行ける距離にあるので、箱根ヶ崎のスポットだと主張しても差し支えないだろう。その動物園も期待に違わず、心地よく空いていた。

快適すぎる

ペンギンもカピバラも見放題。他の客を気にする必要がないので、キリンのまだら模様の模様をいつまでも数えていられる。園内はアットホームな雰囲気で、子供も大人も楽しめそうだ。
インコと会話を試みたり、ハイエナとにらみ合ったり、テナガザルの曲芸を眺めたりしていると、あっという間に日が傾いていく。こうして動物園を落ち着いて回るのは、何年振りだろう。

ビーバーの潜水時間はとても長い。キリンは左右の前足と後ろ足を同時に出して歩く。じっと見つめていると、普段では気づかない発見がある。そんなどうでもいい知識を、時間をかけて育てることに余暇の価値がある。僕は存分にGWを楽しんでいる。

ああ、箱根ヶ崎。ぶらりと歩いただけで、うまい中華屋、広々とした公園にバラエティ豊かな動物園。100円の自販機。全てが待ち時間ゼロで楽しめる楽園。

ここはヤマアラシの桃源郷だった。

都心から1時間の距離にありながら思いっきり羽を、いや針を休めてくつろげる場所。人混みに疲れた人は、ぜひ訪れてみてほしい。あ、でもそうすると人が集まってしまう。やっぱり数人だけ訪れてほしい。

動物園のいちばん奥に、見学者のいないコーナーがあった。近寄ってみると、何やら見慣れない茶色の生き物がいる。

看板には、「ヤマアラシ」と書いてある。

ていうか、ヤマアラシ、2匹で普通にくっついて寝てる。

スヤスヤ寝てる。なんのことはない、針も畳めば寄り添えるのだ。ヤマアラシのジレンマとか言って、僕は一人で針を逆立てていただけだった。

帰りの中央線はひどく混んでいたが、嫌な気持ちにはならなかった。


この文章は『0メートルの旅』(ダイヤモンド社)という本に収録されています。

日本から1600万メートル離れた南極から始まり、アフリカやイラン、東京や近所の寿司屋へと、だんだん距離が近づいて、最後は部屋の中で終わる旅行記集です(このnoteの箱根ヶ崎は家から5万メートル)。よければ読んでみてください。

出版社紹介文より:
「遠くに行くこと」だけが旅ではない。日常の中に非日常を見出し、予定不調和を愛する心があれば、いつでも、どこでも、旅はできる。
読めば自分だけの物語が始まる。これからを生きる人に贈る、新しい旅のエッセイです。

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岡田 悠
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