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いるはずのない親戚がXで見つかった話
せっせとエゴサーチをしていたら、こんなポストを見つけた。
26年生きて初めて知ったのですが、オモコロの岡田悠さんが僕の親戚でした
— 移住計画 (@izyukeikaku) January 2, 2024
「オモコロの岡田悠」とは僕のことだ。呟いているのは「移住計画」さんという3万人のフォロワーを抱えるアカウントで、センスのいいインテリアの写真が多数上がっている。26年生きて、と書いてあるから、26歳の方なのだろう。
だが僕には、26歳の親戚はいない。
ついでにセンスのいいインテリアに詳しい親戚もいない。
この方の勘違いだろうか。あるいは「初めて知った」と書いてあるから、隠れた遠い血縁関係があるのかもしれない。
Xで見つけた親戚?に連絡を取る
気になって、その移住計画さんにDMを送ってみた。
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曖昧な尋ね方をしたのは、匿名アカウントの移住計画さんに対して、個人を特定できるような質問をぶつけづらかったからだ。
そしたらすぐに返事をいただけた。
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グレーで伏字にした人物の名前に、見覚えがあった。たしかこの人は、僕のおばあちゃんの弟……つまり僕の大叔父にあたる人物だ。以降、この大叔父のことを「タケおじさん(仮名)」と呼ぶ。
タケおじさん = 僕のおばあちゃんの弟
タケおじさんには、一度だけ会ったことがある。それまで存在しか知らなかったのだが、2年ほど前とつぜん連絡が来たのだ。僕の話を親戚から聞いたらしく、食事に誘ってくれてた。よく飲んでよく喋る、社交的な人だった。
そのタケおじさんの名前が出てきたということは、移住計画さんが僕の親戚である信憑性が高まってきた。まさか本当の親戚が、Xで見つかるとは。
しかし続いて移住計画さんから送られてきたDMが、奇妙だった。
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移住計画さんのメッセージには、「タケおじさんは、私の祖母の弟」と書かれている。しかし、タケおじさんは、僕にとっても同じく「祖母の弟」のはずである。
タケおじさん = 僕のおばあちゃんの弟 = 移住計画さんの祖母の弟?
移住計画さんと僕のおばあちゃんが同じ!?同一おばあちゃん!?と一瞬混乱したものの、図で整理してみると、ありうる話だとわかった。
僕のおばあちゃんと、移住計画さんの祖母が、姉妹であるという可能性だ。
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つまりタケおじさんは、僕のおばあちゃんと移住計画さんの祖母、二人の弟ということになる。
おばあちゃんに姉妹がいたとは初耳だが、この世代の人たちには兄弟姉妹が多かったみたいだし、僕が知らなかっただけだろう。
それにしても、遠い親戚をXで見つけるとは。壊れかけのSNSにも、「親戚を見つける」という使い道があったみたいだ。
念のため、おばあちゃんに姉妹はいたのか、母親にLINEで尋ねてみた。
そもそもタケおじさんには一度しか会ったことがなく、「タケおじさんが僕のおばあちゃんの弟」であることにも100%の確信はなかったので、そこから確認することにした。
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「そうです」とのこと。よかった。やはりタケおじさんは、僕のおばあちゃんの弟だった。
しかし続きの文面に、驚かされた。
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「(僕のおばあちゃんは)長女で、下に6人の弟がいました。」
6人て。いすぎ。
ただ注目すべきはそこではなく、6人の「弟」と書いてあることだ。あれ、妹は?これでは、さっきの仮説が成り立たない。
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念の為、もう一度確かめてみる。
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僕のおばあちゃんに、妹はいない。
どういうことだろう。おばあちゃんに妹がいないとなると、移住計画さんの祖母は誰なのか。やはり僕のおばあちゃんと、移住計画さんの祖母が同一人物なのか!?そんなことがありうるのか。
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LINEで母とやりとりを続けたが、これ以上の詳細は分からなかった。
存在しないはずの「おばあちゃんの妹」
こうなったら、タケおじさんに訊いてみるのが一番早い。そもそも移住計画さんが僕のことを知ったのも、タケおじさんがきっかけだった。タケおじさんこそ、この不可解な家系図のキーパーソンなのだ。
……しかし、なんか聞きづらかった。僕は一度しかタケおじさんに会ったことがないし、気軽に連絡を取り合うような間柄でもない。しかも説明が難しい。なにせ、未だに移住計画さんの本名を訊けていなかったのだ。
たとえば冒頭に出てきた「オモコロ」というWebメディアでは、ほとんどのライターが匿名で活動している。プライベートで遊ぶような間柄であっても、本名を知らないことが当たり前だ。むしろ本名を訊くのはタブーくらいの雰囲気があるから、僕もすっかりその常識に染まってしまっていた。
確実に親戚であれば訊けるが、移住計画さんが赤の他人である可能性もまだ残っている。「インターネットで見つけた親戚候補だからこそ、訊きづらい」という問題が立ちはだかっていた。誰にも共感されなそうな問題である。
とりえあえず、これまで得た情報から、考えうる家系図を全部描いてみることにした。まるでパズルだ。
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全然解けない。
移住計画さんの祖母は、僕のおばあちゃんと、どういう関係なのか?
暗雲が立ち込める中、しかし、突破口は意外なところから見つかった。先ほどの母親とのLINEに、そのヒントが隠されていたのだ。
「姉妹はいない」という内容に目を奪われてしまったが、LINEには別の重要な事実が書かれていた。
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タケおじさん = おばあちゃんの異母兄弟
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おばあちゃんの実の母 = おばあちゃんが15歳の時に亡くなった
つまり、おばあちゃんの母親が亡くなったあと、父親が再婚し、おばあちゃんは連れ子としてタケおじさんの姉となったということではないか。
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ここに謎を解決する糸口がありそうだ。おばあちゃんが連れ子だったことで、家系図が複雑になったのではないか。ひょっとして複雑だから母も知らないだけで、おばあちゃんには、本当は妹にあたる人物がいたのではないか?
そう思って母とまたやりとりを続けるうちに、母は急に思い出したようだった。
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「1人、異母(=おばあちゃんの父の再婚相手)に娘がいた。」
!!!
なぜ母が今まで忘れていたのかは不明だし、「おばあちゃんの妹ではない」と念を押してある理由もわからないけど、初めて登場したこの「娘」こそ、移住計画さんの祖母じゃないか!?
どんどん複雑になってきたので、一旦まとめてみる。
1. 僕のおばあちゃんは、幼い頃に母を亡くした。
2. おばあちゃんの父は、再婚して、おばあちゃんは連れ子となった。
3. のちにおばあちゃんの父と(再婚相手の)母の間に娘が生まれた?(おそらくこの人が移住計画さんの祖母?)
家系図にすると、こうだろうか。
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まるでミステリーを解いているようで、僕は興奮していた。家系図を描き続けて数時間が経ち、時計の針は0時を回っていた。
とりあえずここまでわかった情報を、移住計画さんに伝えてみよう。長文に手書きの家系図を添付して、DMで送りつけた。するとすぐに返信があった。
そこには、さらなる新事実が書かれていた。
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「子供が祖母のみだったのですが、再婚して連れ子としたそうです。」
……ん???
移住計画さんの祖母も連れ子ってこと?
僕のおばあちゃんと移住計画さんの祖母、どっちも連れ子ってこと!?
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あかん。混乱してきた。
夢中で家系図を描いていた僕は、膨張を続ける情報量に観念し、眠って頭を冷やすことにした。
そして翌日から、僕と移住計画さん、それぞれが母親に昔の記憶を聞きつつ、互いに共有し合う日々が続いた。僕の母も、話すうちに少しずついろんなことを思い出してきたらしい。
途中から「これはもうなんらかの親戚では」という確信が強まってきたので、移住計画さんやご家族の名前もお聞きした。そういった情報をまとめて、家系図に起こしていくのが僕の日課となった。日課が家系図ってなに?
最終的に、母が祖母の家に行って直接話を聞けたことで、ようやく全容がわかった。
そこには長い物語があった。
家系図の物語
いまから80年以上前、戦時中のこと。当時満州に住んでいたおばあちゃんは、15歳で母親を亡くした。結核だったらしい。おばあちゃんは、幼い4人の弟たちを、母親代わりとして面倒みたという。
そして同じ時代。移住計画さんの祖母もまた、父を亡くしていた。
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それから何年か経ち、日本に帰国した「僕のおばあちゃんの父」は、「移住計画さんの祖母の母」と出会い、再婚した。2人とも再婚ということになる。
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このとき、僕のおばあちゃんは連れ子として家に入った。だが移住計画さんの祖母は、連れ子とならず、そのまま母親の実家に残ったという。親戚たちと一緒に暮らしていたし、まだ幼かったから、そのほうがいいだろうという判断だったみたいだ。
つまりこの時点では、僕のおばあちゃんと、移住計画さんの祖母は、一緒には暮らしていないということになる。
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その後、再婚した2人の間に、タケおじさんが生まれる。キーパーソンと思われたタケおじさん、ようやくの登場である。おばあちゃんとタケおじさんは異母兄弟ということになるが、おばあちゃんは実の弟たちと同じように、タケおじさんの面倒をよくみたという。
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そして時が経って、高校生となった移住計画さんの祖母が、遅れて連れ子(養子縁組)としてやってきた。どういう経緯があったのかは不明だが、とにかく時間差で連れ子になったようだ。
これで僕のおばあちゃん、タケおじさん、移住計画さんの祖母が、みんな兄弟姉妹となった。
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だがそのとき僕のおばあちゃんは既に結婚して、家を出ていた。だから一緒に暮らしていなかったし、戸籍上は姉妹であっても、「妹」という認識は薄かったらしい。
僕の母親が「おばあちゃんに妹はいない」と思っていたのも、そのためだった。「互いに連れ子のタイムラグ」こそが、家系図をより複雑にしていたのだ。
以上をまとめると、このようになる。
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や、ややこしすぎる……。
しかしついに完成した。
僕のおばあちゃんと移住計画さんの祖母はたしかに姉妹だったし、どちらもタケおじさんの姉だった。
そして僕と移住計画さんは、親戚だった。
家系図上は「祖母の妹の孫」……つまり「はとこ」という関係になる。祖母が連れ子同士なので血はつながっていないが、法的にも6親等以内の、れっきとした親戚なのだ。
さらに話を聞いていくうちに、僕の母と、移住計画さんの母が、幼い頃に一緒に遊んでいたことが判明した。「◯◯ちゃん!懐かしいねえ」などと言っていた。最初に思い出してたらすぐ解けたのに!
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ただ母もひとつ思い出すとまたひとつ思い出し、という具合に、思い出のドミノが倒れていった結果、ようやく蘇った記憶だったようだ。おばあちゃんも同様で、話すうちに堰を切ったように、いろんなことを思い出していた。幼くして親を亡くした苦労、満州引き上げの壮絶な体験、連れ子同士の会話。追憶の点と点が、家系図のように線で繋がれていった。
ミステリー気分で解き始めた家系図は、長い記憶の系譜でもあった。
Xで見つけた親戚と会う
家系図が完成したところで、移住計画さんに会ってみたくなった。勇気を出して提案してみると、ぜひ、との返答がきた。そして会う場所を決めようとしたところ、なんと移住計画さんは、僕の最寄駅から数駅の場所に住んでいることがわかった。まさか近所に親戚がいたとは。一度くらい街ですれ違ったのでは、と思うレベルの近さである。
というわけで、会ってきました。
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親戚の移住計画さんです。
初対面で緊張するし、話題がなくなったら困るので、3歳の子どもを一緒に連れていった。だがそれも杞憂で、家系図について話すうちに僕らはすぐに打ち解け、仕事やインテリアの話、親戚の話などで盛り上がった。アイスブレイクとしての家系図、おすすめです。
移住計画さんは「自分には親戚はいない」と思ってこれまで生きてきたそうで、「親戚がいたという事実が嬉しいです」と言ってくれた。僕もなんだか嬉しくなった。
血はつながっていないけど、遠い親戚が近くにいるというだけで、なんだか安心感がありますね。Xで繋がったソーシャルネットワークが、まさかファミリーネットワークになるとはね。そんなことを、血を分けた子どもを挟みながら話した。子がかぶりついたピザが、にゅうっと長くチーズの糸を引いて、みんなで笑った。
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帰り道、今度はタケおじさんを交えて会いましょうと話していたところで、子が「うんち」と宣言したため、慌てて解散した。公衆トイレに走って、ギリギリ間に合って用を済ませた。外に出ると、たくさんの人々が交差点を行き交っていた。
血、家系、ソーシャルグラフ。他人だらけに見える世界にも、きっと隠れたつながりが、たくさん潜んでいるのだろう。あの人からも、この人からも、ピザのチーズみたいに細長い関係性の糸が、にゅうっと伸びているかもしれない。
子の手を引き、見知らぬ人々とすれ違いながら、僕はまだ見ぬ家系図を思った。
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