文化の盗用とは
文化の盗用は、自身が属さない文化の要素を取り込むことです。
すべての文化の盗用が問題であるわけではありません。
問題となった例を見てみましょう。
これらは著作権や意匠権等の知的財産権を侵害したわけではありません。
主に倫理的、道徳的問題によるものです。
一体どういった場合に問題となるのか見てみましょう。明確な線引きはないので、問題にされる可能性を高める要素として捉えます。
問題のある文化の盗用とは
「窃盗」や「攻撃」の形態によって不当な危害を与える可能性がある場合、
「権利の不均衡」がある場合や「ステレオタイプ(固定観念)化」する場合、「名誉を傷つける」場合、
「理解の欠如」がある場合や「見下げ」ている場合、
「手軽なビジネスとして利用」する場合、「交流の欠如」がある場合、
「盗用された側が盗用した側をサポートする構図」などです。
「大量生産」も問題を増幅する要因になり得ます。
ファッションローガイドブック2023においても、文化の盗用について書かれています。
(ファッション関係で「文化の盗用」が問題となった主なケースも挙げられているので、どのような事例があるかを知りたい場合は役に立ちそう)
文化の盗用によって引き起こされる問題
上記引用には、問題のある文化の盗用によって起こる問題として、「デザインのコモディティ化」や「報酬や名誉の搾取」が挙げられています。
コモディティ化とは、希少性がなくなって一般的なものになることです。
倫理、道徳上の問題に限らず、経済的な問題も挙げられます。
希少なものを不当にコモディティ化する行為は、経済的損失を与えることに繋がります。
以下では文化の盗用の問題についての批判を想定したものが挙げられています。
これらは生成AIにおいても多く見られるような批判です。
生成AI問題に言い換えると、上記三項目は次のようになるでしょう。
・人間も学習する→文化の盗用自体が問題なのではなく、非倫理的な文化の盗用が問題
・二次創作している→特にそれらの一面的な理解のまま商用化する場面で批判される事が多く、時間をかけてその文化が社会的に受容されたり、文化が溶け合うことを批判しているわけではない。
・表現の民主化のため→非倫理的な文化の盗用には文化を不当に奪われるというアイデンティティの問題以外にも経済的な問題がある。
また、これは背理法的な考えですが、
もし文化の盗用によって文化の融合や文化の広まりが健全に行われるのであれば、ファッションローガイドブック2023において推奨されているはずです。
表現の自由を狭めるといった批判に対しては、以下のような意見があります。
すなわち、創作行為において他の文化を尊重する姿勢は要請されるべきものであろうという至当な考えです。
法律との関係
文化的表現を知的財産法での保護することは難しいとされています。
知的財産権は文化コミュニティに与えられる権利ではないためです。
日本において、慣習法は、定められた法令に対抗することはできないものの、法律と同一の効力をもつことがあります。
国によっては一部の文化的表現を法律で保護している場合があります。
日本での対応はどうなっているかを探してみると、以下のような見解が見つかりました。ただ、これは最新のものか定かではありません。
文化審議会では、文化財保護の枠組みや、不正競争防止法等による対応が考えられています。
不正競争防止法で対応するには、利益をあげていることが必要になるため、無償で公開されている作品には適さないと思います。
文化的表現の保護は個々人のモラルに頼っている部分が大きいのではないかと思います。
生成AIについて
さて、生成AIと文化の盗用の問題についてです。
(ここでは画像生成AIを想定します。)
非倫理的な文化の盗用の問題がないであろうもの、対策されてるであろうものと比較してみます。
・生成AIとデジタル作画
生成AIは表現をコモディティ化し、デジタル作画は手段をコモディティ化します。
検索は合致するデータを探すことです。生成AIは、学習した表現の要素から探し出し、再現しようとします。
手法(例えばエアブラシ、変形など)を使って表現されたものを再現します。
デジタル作画は、アナログ作画の再現(筆圧を感知して線を表示するなど)を基調とし、調整可能な領域を広げます。
手法(例えばエアブラシ、変形など)を再現します。
・生成AIと二次創作
二次創作は、少なくとも権利の不均衡が解消されています。問題のある文化の盗用に対し、法によって咎めることができます。
これは問題のある文化の盗用に対する抑止力(=モラルの重要視)にもなるでしょう。
生成AIは、まるで文化を盗用し放題かのような状態になっています。(意にそぐわない「窃盗」、マスターピースがAI絵として「ステレオタイプ化」、淘汰されるべきなどの「見下げ」、スパム的な形態で「手軽なビジネスとして利用」など)
生成AIは学習したデータの特徴を再現することから、そのデータが他の文化による表現物である限り、生成AIの出力物の利用とはすなわち文化の盗用と言えるのではないかと思われます。(Cultural Appropriationは文化の流用とも訳されます。ここではそちらのニュアンスの方が近いです。)
その生成AIが非倫理的構造によって成り立っていた場合、問題となるのは必至だと思います。
非倫理的構造とは、「権利の不均衡」がある、「交流の欠如」がある、「見下げ」ている、「盗用された側が盗用した側をサポートする構図」などです。
これは生成AIの構造、データセットの問題に繋がります。
おわりに
以上をふまえ、いくつかの意見を書きたいと思います。
・文化的表現への尊重の必要性について
文化的表現は知的財産権で保護されないのだから、文化的表現への尊重(モラル)の必要性は、著作権権利制限規定の有無に左右されないはずです。
すなわち、権利制限を正当化できるからといって、文化的表現を好き勝手に扱うこと(モラルを無視すること)が正当化されるわけではないと思います。
・著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない行為について
著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない行為は、著作物の表現の価値を享受して自己の知的又は精神的欲求を満たすという効用を得ようとする者からの対価回収の機会を損なうものではないとされています。
しかし、問題のある文化の盗用によって経済的な問題も起こり得るということは、
著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない行為(=「デザインのコモディティ化」や「報酬や名誉の搾取」)であっても、対価回収の機会を損なう可能性はあるということではないかと思われます。
・対応策について
無神経な模倣に対しては、ガイドラインによる対応が適切だという考えがあります。
しかし、それは果たして機能するのか疑問です。
情報解析のための著作物の利用が原則合法であること(=一方の権利が抑圧されている、権利の不均衡)を根拠に非倫理的な文化の盗用が正当化されている節があるためです。
①そもそも非倫理的な文化の盗用は知的財産法の射程ではないため基本的に違法ではありません。(ただし、前述したように、一部の文化的表現は法によって保護されているものもあります。特定の作品と類似性がある場合などは知的財産権侵害や不正競争防止法違反になる場合もあります。)
②むしろ権利の不均衡があることを示すのは、その文化の盗用が非倫理的である可能性を補強します。
③合法であるということは、生成AIという文化の盗用に使う"道具の違法性"に関するものであって、文化の盗用の問題は、その構造が"モラルに反する形態か"どうかの問題です。
以上三点から、「著作権の権利制限規定によって合法だから非倫理的な文化の盗用をする」というのは根拠になっていません。「非倫理的な文化の盗用ができるから、非倫理的な文化の盗用をする」といってるようなものです。
裁く法がなくとも、権利の不均衡による文化の盗用が倫理的問題として捕捉されていたファッション業界とは真逆の様相であることが伺えます。
新たな対応策を考えてみると、
文化的表現に権利を与えることは、文化的表現の定義や境界が不明瞭なため難しいと思われます。
著作権法30条の4の但し書き「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」で対応し、権利の不均衡をなくすのが手っ取り早いと思います。