「届かない手紙」コンテスト結果発表! (最優秀賞)
最優秀賞(附属図書館長)
『学園広場の口笛のあなたへ』
和泉 久美子 さん 一般(小野市)
拝啓
梅雨も明け毎日暑い日が続いておりますがお元気でお過ごしでしょうか。
あなたと始めてお逢いしたのは もう60年も前の事ですね。
と、言っても、あなたは私の事など全く覚えておられないかも知れませんね。
この私も、あなたの御住所、御名前、年齢どれ一つとして判らないのです。
地元のバス会社に入社して家から徒歩で10分足らずの営業所に配属になり、まだ早春のうす暗い早朝、通勤途中にある商店街を通り、営業所に向かって歩いておりました。
人通りの無い商店街を通る時間はわずか3分から4分で角を曲がり、商店街からはずれます。
その商店街で初めてあなたにお逢いしましたね。
歩いていると後から自転車の音が聞こえて来ました。
黒い詰衿の学生服で颯爽と横を通りすぎ、駅の方へ去って行かれましたね。
私の出勤時間は乗務の都合で毎日違うので、あなたにお逢い出来るのは、時々でした。
その頃はあまり気にもせず、お互い目を合わす事もなく、ただ横を通りすぎるあなたの横顔後姿を見ていただけでした。
しかしながらその様なことが度重なると何となく気にかかりはじめました。
数ヶ月が過ぎ私は観光バスガイドになる為に同社の姫路の教習所へ2週間通うこととなりました。
そして偶然にもあなたの乗られる同じ電車で通うこととなりました。
あなたは一輌目進行方向に向かって左側最後部、私は二輌目右側の最前列に同僚と3人で乗りました。
電車の窓ガラス越しに斜め向かいにあなたのお顔がはっきりと見えました。
目もとの涼しげなとってもステキな方でした。
見つめているとあなたも見つめ返しておられる様に感じました。
でもあなたと目が合うと目を伏せてしまう私でした。
とってもとっても嬉しい2週間でした。
学生服で通学されていると思っておりましたが、本当は地元の夜間の工業高校へ通われて、昼間はどこかの会社に通われておられたようですね。
そして2週間の教習期間も終り又、商店街で時折すれ違うことでお逢いするだけになりました。
でも、その頃から、後ろから自転車が近づいてくる気配がすると口笛が聞こえて来ました。
舟木一夫さんの“学園広場”の曲でした。
私に合図する様にいつも出合うたび追い越して行かれる時、必ず口笛の音色がするのです。
いつの間にかあなたの通勤時間と私の時間が合った日は、あなたに逢えるとうれしくなる私でした。
あなたが通り過ぎ去られた後姿をいつ迄も見送っていました。
しかし私のガイド業が多忙となりいつしか出勤時間がもっと早くなりあなたと全くお逢い出来なくなってしまいました。
そして仕事に追われいつしかあなたの事を考える時間もなくなり、数年してあなたは高校を卒業して、どこかへ行かれてしまったのかと思いました。
それから私も結婚し母となり、今は孫も出来すっかり喜寿を迎えるおばあちゃんになってしまいました。
でもこの2、3年コロナの影響で歌番組が増え、あの“学園広場”がよくテレビから流れて来ました。
それを聞くたびにあなたの事がつい昨日のことの様に思い出されました。
今頃あなたはどんなおじいちゃんになっていらっしゃるかしら。
お孫さんに囲まれてやさしい好好爺?
それともロマンスグレーの髪の格好の良い紳士?
いずれにせよお元気でお幸せならそれでいいと思っております。
美しいそして淡い初恋の思い出を作っていただいて、本当にありがとうございました。 又 いつの日か“学園広場”の口笛が聞けたらなあ、と思っております。
心より御多幸をお祈りしております。
乱文乱筆でごめんなさい かしこ
令和4年7月10日
学園広場の口笛のあなた様へ
60年前は乙女だった一女性より
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