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体を動かす対面ワークショップの会話を見える化する方法

はじめに:対面ワークショップではどんな会話が行われているの?

対面で行うワークショップでは、グループに分かれて体を動かすアクティビティがたくさんあります。たとえば、ホワイトボードにみんなで書き込んだり、模造紙に付箋を貼ったり、マシュマロ・チャレンジのようなチームビルディングのゲームもあります。体を動かしながら一緒に取り組むことで、チームの相互理解が進んで絆が深まりますね。

ただ、こういった場面では色んな場所で会話が起こるので、全体を見渡すのは大変です。運営者にとってはサポートに行く判断が難しく、参加者にとっては自分たちの行動を振り返ることが難しいといえるでしょう。

対面の会話の見える化技術とその制限

ハイラブル株式会社は対面の会話を見える化するクラウドサービス Hylable Discussion を提供しています。雑音が大きくてもリアルタイムで見える化できるので、小学校から大学、企業研修まで、様々な場所で使われています。

グループディスカッションを分析する様子(石川高等学校)

ただし、Hylable Discussion は人の座っている位置に基づいて聞き分けているので、座席位置を固定する必要があります。そのため、グループディスカッションのような座席位置が固定できる状況で使う必要がありました。

体を動かす対面ワークショップでも使いたい!

とはいえ、体を動かす場面での見える化の相談もよく受けます。たとえば、おたま研の長尾研究員や仲山研究員は、チームビルディングのための体を動かすワークショップをたくさんやっており、そこでの会話も Hylable Discussion で分析したいと前から考えていました。

おたま研のミーティングでもそんな議論になりましたが、所長の水本は、これまでの通りそれは難しいと話していました。

「本当にできないんですかね?」

しかし、それに引っかかりを覚えたのが柳楽研究員でした。それをきっかけに一回立ち止まって議論が始まりました。そして、今回のアイデアに至りました。

咽喉(いんこう)マイクです。
咽喉マイクを使えば体を動かすワークショップの会話も分析できるのではないか?というアイデアを実験してたのが今回の記事です。

咽喉(いんこう)マイクってなに?

咽喉マイクとは、首の皮膚の振動を計測するマイクです。
通常のマイクは、図の右側のように空気の振動を計測します。そのため、同じく空気の振動で伝わる雑音も拾ってしまいます。
一方、咽喉マイクは、図の左側のように皮膚の振動を計測します。空気振動をほぼとらないので他の雑音が入りにくいのです。さらに声が出る声帯の近くに着けるので、小さな声でも拾えます。

咽喉マイクと通常マイクの違い

これが今回使用した咽喉マイクです。写真左側のヘッドホンのような部分を首に装着し、右側のイヤホンジャックをスマートフォンやPCに接続します。

今回使った咽喉マイク

咽喉マイクって誰が使っているの?

咽喉マイクは幅広い目的で使われています。たとえば、騒音の大きな飛行場での会話や、大きな声が出しづらい声のリハビリなどで使われています。目的に合わせて値段も数万円から数千円まで様々です。

さらに生活に近い例では、電車の中で英語のシャドウイングの練習を咽喉マイクを使って行うという研究もされています。
参考文献
峯松信明ほか, "いつでもどこでも英語の音に囲まれ,聞き,話し,学び,教示してもらえる環境を貴方に", Scheem-D, 2022

咽喉マイクの弱点ってあるの?

咽喉マイクは唇や舌の動きを取りづらいので、やや聞き取りづらくなることが弱点です。下の音声サンプルを聞くとわかるように、ちょっとくぐもったような、トランシーバーで話した声のように聞こえますね。

しかし、ハイラブルは非言語な量の情報に基づいて、会話の活性度やターンテイクを分析するので、この音質でも分析には問題ありません。

5ステップで行う咽喉マイクを使った対面ワークショップの会話の見える化

基本的なアイデア

アイデアはとてもシンプルです。Zoom で咽喉マイクの会話を録音し、Zoom データを見える化するハイラブルのサービス "Hylable Adapter for Zoom" を使うだけです。

各自のスマートフォンで Zoom に入室し、通常のイヤホンの代わりに咽喉マイクを使って音声を流し込めば、あとはスマートフォンをポケットに入れておけばOKです。イヤホンとスマートフォンの接続は、たとえばこういうアダプターを使えばよいでしょう。

イヤホンと Lightening の変換アダプタ

準備するもの

【人数分用意するもの】
・咽喉マイク(2000円以下の安いものでOK)
・イヤホンジャックとスマートフォンのアダプター
・Zoom 接続用のスマートフォン
【1チームに1つ用意するもの】
・Zoom 録画用 PC
・Hylable Adapter のアカウント

手順

  1. 【運営担当者】Zoom の設定で「話者ごとに個別の音声データで保存する」をチェックします(設定方法はこちら)。設定ができたら、Zoom ミーティングを開始し、ミーティング参加URL を参加者に共有します。

  2. 【参加者】咽喉マイクを首につけ、必要に応じてアダプターを使ってスマートフォンに接続します。スマートフォンからZoom に入室し咽喉マイクを使う音声設定にしておきます。

  3. 【運営担当者】各参加者の声が正しく咽喉マイクから聞こえることを確認します。聞き取りにくければ咽喉マイクの付け方や、Zoom の設定などを確認しましょう。

  4. 【参加者】正しく聞こえていれば、スマートフォンをポケットに入れ、準備完了です。咽喉マイクが外れないように気をつけてください。

  5. 【運営担当者】録画を開始し、ワークショップを始めます。

動き回る対面ワークショップ分析の実験結果

先日、おたま研で行った初めての対面ミーティングで体を動かすワークショップを行い、咽喉マイクで分析する実験を行いました。

今回のファシリテーターは長尾研究員で、行ったアクティビティは「ワープスピード」でした。ボールを受け渡す時間を極端に縮めた目標タイムを達成するためにみんなで協力するというものです。

もちろん全員が咽喉マイクをつけました。下の写真がアクティビティの様子です。黄色い矢印の先に咽喉マイクがついていますが、ほとんど目立ちませんね。参加した研究員も、特に首は気にならなかったと話していました。私も、つけていることをすっかり忘れてアクティビティを参加していました。

アクティビティ中の様子。黄色の矢印の先に咽喉マイクがある。

ちなみに、アクティビティの結果は散々で、目標タイムにたどり着けませんでした。アイデアは出たが練習不足だったのが原因で、長尾研究員の評価は「良いアイデアは出ていたのに、議論ばっかりで手が動かないタイプのチームだった」ということでした。

実験結果1:発話量の時間変化

一方、会話の見える化は成功しました。

まずは、発話量の時間変化をお見せします。これは、どの時間に誰が活発に話していたかを積み上げて表示するグラフです。

発話量の時間変化

特徴的な時間帯を4つピックアップして、何が起こっていたかを説明していきましょう。

  1. 冒頭の4分は、長尾研究員のルール説明や最初のボールのやり取りを説明しながら行っていたので、全員が多く話しています。

  2. それ以降も、定期的に質問をしながらアイデアについて議論をしていましたが、16分あたりで制限時間があることを指摘されました。だんだん質問をする余裕がなくなっていったので、この後には長尾研究員の発話が減っていることがわかります。

  3. 25分付近では、完全に行き詰まってしまいました。山が低いのは、みんな黙っているからです。ここからようやく実際に手を動かし始めました。

  4. 30分以降は、時間も無いのでみんなでワイワイ話しながら練習をしているので、全員の発話量が多くなっています。そして時間切れになりました。

実験結果2:ターンテイクと総発話量

次がターンテイクと総発話量です。ターンテイクは、参加者同士のやり取りの量を矢印の太さで表したグラフで、やり取りの多かったペアがわかります。総発話量は、そのまま合計の発話量で、誰がたくさん話していたかがわかります。

ターンテイクと総発話量

発話量は、井上研究員・柳楽研究員・水本所長の3人が平均を超えていました。ターンテイクの矢印もこの3名のそれぞれのペアが他に比べて太いので、やりとりもこの3名が中心的に行っていたことがわかります。

まとめ:話し合いの見える化の適用範囲が拡大

今回は、おたま研初の対面ミーティングを実験台として、対面のワークショップを咽喉マイクで分析する実験を行いました。

この実験の成功によって、これまで「座って話す」ことが前提だったハイラブルの分析対象が、「動き回って話す」シーンに広がりました。すでにオンラインの話し合い分析はできるので、これでハイラブルはより幅広いシーンに使えるようになりました。

話し合い見える化の適用範囲の拡張

長尾研究員によると、こういった対面コミュニケーションは集団の癖が出ることが多く、ソシオグラム(たとえば[1])などを使って分析するようです。これには観察者が必要だったのですが、自動的に客観的なソシオグラムが作れる可能性がありそうです。
[1] 雨宮俊彦。水谷聡秀人間関係ネットワークの視覚表示ツールについて関西大学『社会学部紀要」第 34巻第 2号, 2003, pp. 109-150, 

スマホと咽喉マイクさえあれば、対面ワークショップに限らず様々なシーンを分析できます。たとえば、ホワイトボードに集まって話す会議や、デザイン思考ワークショップ、屋外の探検、もしかしたらスポーツ中にも使えるかもしれません。
アイデアを思いついたらぜひ教えてください!

ワークショップの分析実験に参加したメンバー

ハイラブルを使ってみたいという方はぜひお問い合わせください!


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執筆:おたまじゃくし研究所所長 水本武志

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