シンガポール旅行に関するキコウ文・着いてからUber Eats的なものをとるあたりまで、編
空港からホテルに向かう電車を待っていると、
ホームの脇に、自殺防止の看板があった。
そこには
「あなたの人生や生命には責任が伴う。
それをもう一度、よく考えましょう。」
みたいなことが書いてあった。
なんとも欧米的な表現だな、と思った。
そういえば、この旅行の中で見かけた看板や広告は、大抵「欧米っぽい」ものだった。
電車の自殺防止、
バスの乗務員への暴力行為防止、
警察官募集、とかのポスターや看板。
やっぱりシンガポールにも自殺や暴力はあるのか、まあそりゃそうか。
異国や異文化ってだけで、
そこにある色んな状態や出来事を
過剰にネガティブ/ポジティブに捉えてしまうが、
そこにも当然繊細な事情があるのだ。
看板を見ながら、そんなことを再確認した
渋谷のスクランブル交差点で
外国人観光客がやけに楽しそうにしてる。
あれを見るたびに、
何がそんなに楽しいのかな?
って思っていたけど、
たぶんあれはスクランブル交差点を歩く人々の
色んなバックグラウンドとかを物語としてみることを一切していなくて、
ただ人が歩いてるってことが、「日本的」で、
おもしろいんだろうな。
おもしろがってんじゃねえよ。
ホテルの最寄りからホテルまでの道は、
とにかく暑かった。
そのことだけをよく覚えている。
逆にそれ以外のことは覚えてない。
暑さで意識がモーローとしていた。
頭の中で流れたのは、
スチャダラパーの『サマージャム’95』。
ざるかせいろのそばが食べたくて仕方ない。
シンガポールの暑さは、
「欧米的」な広告とは対照的に、
蒸し暑くて、空気が重くて、
なんとも「アジア的」「日本的」なものだった。
もともと夏が得意じゃないので、
長旅の疲れも相まってこれには削られた。
というか、旅行を通して、ずっと暑さと対峙していた。
ホテルに荷物を預けたらすぐに、
ガーデンズ・ベイ・サンズと、マーライオンに
向かうことになっていたので、
最低限の身支度をしてすぐに出発した。
最低限の、と書いたが、
例に漏れず
電気のスイッチを入れたり消したり、
テレビをつけて眺めてみたり、
冷蔵庫の大きさを無意味にチェックしたり、はした。
ホテルからマリーナ・ベイ・サンズまではタクシーで向かった。
タクシーを降りて、
真正面にあのマリーナ・ベイ・サンズが見えてきたときは、
思わず笑ってしまった。
それはまず、いわゆる「観光地」にきたという現象から生じるものでありながら、物体としてのマリーナ・ベイ・サンズそのものがもつ
馬鹿馬鹿しさみたいなものから生じた笑いだった、と思う。
高いビルを3つ建てて、その上に船を乗せてしまおう、
という「ぼくがかんがえたさいきょうのたてもの」感がもつ馬鹿馬鹿しさは、
文字通りに巨大だった。
設計したのも、議論したのも、建てたのも全て人で、
そしてその人たちが
「高いビルを3つ建てて、その上に船を乗せてしまおう」
という計画を遂行して、お金をもらっていることが可笑しかった。
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