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年齢なんか聞くくらいなら黙っとけ

仕事なんかの機会に年配の方々とお話をしている中で、自分の歳を聞かれることがある。

僕ももう40代半ばに差し掛かろうとしており、自分としては若さなど微塵も感じないのだが、なにせ向こうはそれ以上にお年を召しているので、「いいな~若いなあ、それだか若けりゃなんでもできちゃうよな」みたいなリアクションが返ってくる。
 
・・・自分で書いていても改めて不毛なやりとりだなと思う。

こんな反応をされても「はぁ」というまぬけな返事をするか、「頑張ります」といったような選挙運動中の若手政治家みたいな爽やかで空虚な反応しかできないので困ってしまう。

よくよく考えれば、彼らは絶対的な若さを語っているのではなく、飽くまで彼我の年齢を比較したうえで「あんたは若い」という至極当たり前のことを勿体付けて話しているだけなのだ。この会話は実質的に"You are younger than I"という事実確認の域を超えないやり取りなのである。


実はこうした時に一番聞いてみたい質問は、「あなたは本当に私くらいの年齢の頃になんでもできちゃってたんですか?」ということだ。おそらく今の僕と同じように、無為な日々をだらだらと過ごしていたんじゃないだろうか。そうでなければ、こんなところで僕なんかとのくだらないやりとりに残り少ない寿命を捧げているはずがない。

「なんでもできる」という言葉には、多分に「俺がおまえと同じくらいの年齢に若返ることができたら、色んな事ができちゃうよな」という郷愁が含まれているんだろう。僕に対して何かを伝えようとしているのではない。僕という鏡に過去の自分を映し出しているに過ぎないのだ。


ここまで書いて、もしかしたら自分も若い人たちにこれと似たようなことをやっているんじゃないかという不安と疑念がふつふつと湧いてくる。おそらく一度や二度どころではなく、もっとたくさん、上に出てくる年配者のような振る舞いに及んでいたに違いない。

言い訳になるが、若い人と話していても共通の話題がないものだから、年齢の話をするくらいしか間を持たせることができないのだ。

おそらくこの手のやり取りは、それこそ何千年も、老人と若者の間で連綿と続けられてきたに違いない。人類の進歩に貢献できた人は一握りでしかなく、大多数はこういう花も咲かなければ実も結ばないやりとりに虚しく時を費やしてきたのであろう。

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