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インド体験記⑤ インド人の謎の頷きに疑心暗鬼になった話

自分は長らく、「うんうん」と頷く時には首を縦に振るのが普遍にして万国共通のジェスチャーであるという固定観念に支配されていたが、インドではそうした基本的と思われた常識すら覆された。

インドの人は頷く時に首を縦に振るのではなく、首を斜めにかしげるように振る。どうやらこの仕草はインドとその周辺国に独特の仕草なようで、隣国のパキスタンやバングラデシュでも行われているそうだ。事前に話には聞いていて知識としては知っていたものの、実際に目の当たりにすると、かなりの違和感がある。

特に仕事で初対面のインドの人々に自社の事業内容や、我々がインドでやりたいことなどを一生懸命説明している最中に首をかしげられるのはこの上なくやりづらい。

とりわけインドの男性は日本人以上に無愛想な人が多く、無表情で何度も続けて首を傾げられていると「今の説明はおかしかったかな?」とか「自分の理屈にどこか穴があるのだろうか?」などと疑心暗鬼に陥ってしまう。資料作成や説明の仕方には相当時間をかけて入念に準備していったのに、気づけば声も小さくなり、言葉も尻すぼみになっている自分がいる。

しかも、さすがゼロの概念を生み出したと言われる国だけあって、インドの人々は物事を根本から理解しようという意識が並外れて強い。「そもそもこれはどういう目的でそうなっているのか?」とか「この前提はどこから来ているのか?」とか、日本ではややもすれば失礼とも取れるような質問を平気で畳み掛けてくる。

こちらもそれらのひとつひとつを真面目に返そうと頑張っているのに、それを聞きながら首を傾げられると心に小さなダメージが少しずつ蓄積されているような心持ちがするのだ。ソクラテスとの議論とはまた違う、独特のやりにくさを感じてしまう。

冷静になって考えると、相手にはこちらの説明に疑義を挟もうなどという意思はまるでなく、向こうの風習に沿って、ただうんうんと頷いているだけなのだ。俯瞰すればこちらだけが一方的にカルチュラルギャップという名のドツボにはまっているだけという構図である。

しかし、それもインドにしばらくいて慣れてくると、この首振りにも愛嬌があることに気付かされる。特に「はいはい、わかりました」という時に何度か左右に首を振るときの様子は、まるでボブルヘッドとか会津の赤ベコのような愛らしさえ感じるようになるのである。

今では僕の方がインドの人々の真似をして、頷く時には首をかしげるようにしてみようかな、などと思っているくらいである。

日本でそれをやったら、今度は自分が相手に無用の疑心暗鬼を与えることになってしまうだろうが。

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