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水素エネルギー100年史

水素エネルギーに関する歴史は非常に興味深いもので、過去100年以上にわたって多くの進歩がありました。以下に、その主要な出来事と発展をまとめていきます。

〜20世紀初頭

水の電気分解の成功

1789年にA.van TroostwijkとJ.Diemannが水電解の起源とされる実験を行い、その後の1800年に、W.NicholsonとA.Carlisleがボルタ電池を使って水の電気分解に成功しました。ここから、水電解の発展が続いていくことになります。

その後、1902年には400台以上の工業用水電解装置が稼働し、水電解が実用的であることも証明されています。

燃料電池の発明

19世紀に、Davy(英)が燃料電池の発電原理を発見し、その後Grove(英)が初の燃料電池実験に成功しました。

希硫酸の溶液中に浸した 2 本の白金箔にそれぞれ水素と酸素を供給することで、水の電気分解の逆の反応によって電流を取り出すものでした。

この発見は大変画期的なものでしたが、当時注目を集めていた熱機関による交流発電機の急速な発展の陰に隠れてしまったこと、また電極材料、構造などの技術面が不足していたこと、以上の理由などから実用に向けた目覚ましい発展を見せることはありませんでした。

その後約1世紀は燃料電池の進歩が見られない時期が続きました。

1930年代

アルカリ形水電解技術の開発

アルカリ形水電解は、電解液としてアルカリ溶液を使用する水の電気分解手法です。固体高分子形と比較して工業的に開発されてきたこともあって歴史が深い方式となっています。

アルカリ形水電解の開発はアメリカ・カナダでもこれ以降盛んに行われていましたが、石油の需給緩和に伴い新エネルギーの開発意欲が薄れ、一度大規模な開発は頓挫することになります。
参考文献:https://www.hess.jp/Search/data/33-01-019.pdf

現在、アルカリ形水電解は固体高分子形水電解と比較してセル構造が簡易であるため、大規模に水素製造する際の技術として期待が高まっています。

1950年代

ベーコン(英)が現在の燃料電池の原型を開発

1950年台に、イギリスのベーコンが現在も使われる原型となる燃料電池を開発し、燃料電池が実用化に至るきっかけとなりました。

SOFC(固体酸化物形燃料電池)の発明

固体酸化物形燃料電池(SOFC)は,酸化物イオン(O2- )導電性を持つYSZ伝導性といったセラミックスを電解質として使用する燃料電池の一つです。特徴として,700-1000℃といった高温下で得られる伝導性のセラミックの導電性を活かすことにより高いエネルギー効率を出すことができることや、触媒に白金やイリジウムといった貴金属を使わないことなどが挙げられます。

旧ウエスチングハウス・エレクトリック社は 1950 年代の後半にジ ルコニウム化合物で実験を開始し、酸化ジルコニウム(ジ ルコニア)の電解質としての可能性を見い出しました。
参考文献:174_04.pdf (jfe-steel.co.jp)

1960年代

燃料電池技術が宇宙分野で注目を集める

燃料電池が高出力密度であること、また化学反応に際して生じる水が飲料水として利用できることから宇宙分野の注目を集めました。

具体的な事象としては、アメリカのGeneral Electric社が開発した燃料電池がGemini 5号に搭載されました。これは燃料電池が宇宙での発電技術に初めて利用された例となっています。ここからさまざまなプロジェクトに燃料電池技術が応用されていきました。

1965年、米国の宇宙船ジェミニ5号がゼネラル・エレクトリック(GE)社製の燃料電池(固体高分子形)を積んで宇宙へ飛び話題となりました.

1969年には、人類最初の月面着陸に成功した宇宙船アポロ11号にも燃料電池を搭載されました。アポロ13号では燃料電池が運転不能になり、月面着陸を断念して帰還したことで話題になりました。米国では現在もスペースシャトルにアルカリ形の燃料電池を搭載しています。

水素貯蔵に関する研究も始まる

金属が水素を取り込むという現象は古くから知られていましたが、この現象を積極的に水素貯蔵に利用しようという動きが1960年代に起こりました。

1960年代に、アメリカ・オークリッジ国立研究所のJ.J.リリーらによって水素貯蔵に関する研究が始められました。彼らは、マグネシウム基合金やバナジウム基合金が水素吸蔵放出を行うこと、そして合金の組成を制御することでその特性が変化することを実験から証明し、現在の水素吸蔵合金に関する基礎を築きました。
参考:https://www.inpit.go.jp/blob/katsuyo/pdf/chart/fkagaku29.pdf

1970年代

PEM水電解の発明

固体高分子形(PEM)水電解は、固体電解質としてスルホン酸基を有するフッ素系の高分子物質の膜を使用する水の電気分解手法です。PEM水電解の特徴として,高電流密度で運転できることや、再生可能エネルギーで想定されるような電力負荷変動に強いことが挙げられます。しかし、PEM形水電解の触媒にはイリジウムといった非常に高価な貴金属が用いられ、現在更なる低コスト化が求められ研究が進められています。

PEM水電解は、1970年代初期にはジェネラルエネクトリック社が燃料電池技術を水電解に応用し、宇宙船,潜水艦のライフサポート用酸素発生装置を開発したのが始まりです。国内では石油危機を契機に1975年から水素エネルギー開発を目的に、当時の通産省工業技術院大阪工業技術研究所で先駆的な研究開発が行われました。
参考:en (jst.go.jp)


SOEC(固体酸化物形水蒸気電解セル)の発明

SOEC(固体酸化物形水蒸気電解セル)は,SOFCと並行して開発された水蒸気電解の一種です.SOFCと同じく非常に高いエネルギー効率で水蒸気を電解でき,電解槽のジュール熱を高温の水分解反応に利用することで、100%に等しい効率で電気分解できます.

SOECはこれまで、Dornier、Westinghouse、三菱重工-関西電力、日本原子力研究等により開発されています。このうちDornierは高温ガス原子炉から得られる熱と電力を用いて水素を製造することを目指したHot Elly (High Temperature Steam Electrolysis)計画の下、旧西ドイツ政府の出資により1970 年代中期から1980年代後期までLurgiなどと協力してSOEC の開発を実施しました。同計画は平板小型セルによる基礎研究が最初に行われ、その後、機械的強度及びガス分離に有利な円筒 YSZ 電解質支持型セル(電解質厚さ0.3 mm)の開発、さらに100スタック(1,000セル)より成る2kWモジュール の開発が行われました。1987年には2kWのモジュールの運転試験が行われた他、セルの長時間安定性についても10セルスタックを5本並列にした状態で試験が行われ、3,000時間以上の運転が達成されています。
参考:ja (jst.go.jp)

(日本)第1次石油危機に伴う水素技術開発の推進

第1次石油危機をきっかけに日本で燃料電池研究・開発への要求が高まる、新エネルギー技術が叫ばれるようになりました。

1974年に新エネルギー技術開発計画(サンシャイン計画)が発足し、石炭の液化、地熱利用、太陽熱発電とともに水素製造技術開発が進められ、日本の水素製造技術が飛躍する契機になりました。サンシャイン計画は1992年まで続き、約4400億円が投資されました。主に燃料電池やアルカリ水電解の開発が進められました。例えばアルカリ水電界の分野では、高温高圧アルカリ形水素製造装置の開発が進められました。

参考:https://atomica.jaea.go.jp/data/detail/dat_detail_01-05-02-01.html

1980年代

水素キャリアの研究が進む

有機分子内に水素を貯蔵する研究は40年以上前から行われており、1980年代にはカナダ、スイス、イタリアで研究が行われました。

また1987年には、カナダで固体高分子形燃料電池が開発されました。この燃料電池は電解質膜の耐久性が優れており、その後の燃料電池の発展に大きく寄与するものとなりました。この技術はその後日本でも各計画により研究が進められていきました。

燃料電池が輸送機器にも応用

1987年,カナダのバラード社がフッ素系イオン交換樹脂膜を用いた燃料電池(固体高分子形)を開発。1993年には燃料電池バスの実証実験を開始。

(日本)ムーンライト計画

1982年から日本の通産省工業技術院がムーンライト計画により燃料電池開発・研究を推進していきました。1993年まで研究が続けられました。

この計画は一定の成果を収めており、当時開発されたガスタービンエンジンは中間冷却器、熱再生器を備え、世界最高水準の熱効率でした。

燃料電池技術の開発も進み、さまざまな水電解技術を用いた数種類の電池が作成されました。

参考:https://atomica.jaea.go.jp/data/pict/01/01050201/02.gif

1990年代

(日本)ニューサンシャイン計画・WE-NET計画

ニューサンシャイン計画はサンシャイン計画とムーンライト計画を統合する形でを1993年から開始され、再生可能エネルギーの研究を進めましたが、大きな成果を残すことはできず2000年に終了しました。

引用元:WE-NETが目指した社会と今

WE-NET計画は、世界に先駆けて水素によるインフラ構築を目指した画期的な計画でした。

世界各地に賦存する再生可能エネルギーを利用して、電気分解により水から水素を製造したのち、水素を輸送可能な媒体に変換し、エネルギー消費地に輸送し利用する、世界的規模のネットワーク構築を目指すという趣旨のものでした。このWE-NET計画は主にネットワーク構築に必要な中核的要素技術の開発とシステム設計を中心に進められました。

この計画は2002年度で終了しましたが、水素に関連して以下のような結果が得られたとされています。

● 幅広い領域で研究開発に取り組み、得られた成果を基に水素ステーション
技術の開発等への課題の絞込みを行うことが出来た。
● 水素安全、国際標準など社会基盤関連課題にも取り組みがなされた。
● これらの成果は家庭用燃料電池、燃料電池自動車、水素ステーションの
実用化・普及および水素関連規制見直し等に貢献した。

参考:https://www.nedo.go.jp/nedoforum2015/program/pdf/ts4/kenzou_fukuda.pdf

また、現在WE-NETが掲げた基本構想は地球規模での水素エネルギーシステム構築における現実の課題を考えるための議論の土台となっています。


2000〜2010年代

2000年代になると、世界中で水素社会の実現への動きが広がっていきました。
以下にその例をあげています。

  • 2002年,トヨタとホンダが世界で初めて商用燃料電池自動車の限定販売を開始。

  • アメリカ合衆国: カリフォルニア州で水素エネルギーが波及、ZEV規制導入

  • ドイツ: 水素電車の実用化に成功、水素・燃料電池技術革新プログラム(NIP)が推進され、CEPやH2Mobilityが組織される

  • 2012年: カリフォルニアロードマップが発表、ドイツ政府と企業が50ヶ所の水素ステーション整備を発表

  • 2013年: カリフォルニア州と7州がZEV導入覚書に署名、ドイツのH2 Mobility参画企業が400ヶ所の水素ステーション設置を目指すと発表

  • (日本)TOYOTAの「MIRAI」(2014)、HONDAの「CLARITY FUEL CELL」が商業化、東京ガスやJXエネルギーが家庭用燃料電池「エネファーム」を販売


(日本)再生可能エネルギー貯蔵・輸送等技術開発およびエネルギーキャリアプロジェクト

2015年から日本では、「再生可能エネルギー貯蔵・輸送等技術開発およびエネルギーキャリアプロジェクト」が始められました。

プロジェクトの主な目的としては以下のようなものが定義されています。

① 再生可能エネルギーに適合した低コスト・高効率水素製造技術等の開発を目指す「再生可能エネルギー貯蔵・輸送等技術開発」(経済産業省)

② 異分野の知見の融合を図りつつ、エネルギーキャリアとして有力な有機ハイドライドやアンモニア等の生成・利用に関する基礎・基盤研究を実施する「エネルギーキャリアプロジェクト」(文部科学省)

③ 再生可能エネルギーサイトでのエネルギー供給ポテンシャル調査等を踏まえ つつ、開発技術の導入シナリオの検討により開発課題を明確化する「トータルシステムシナリオ検討」(経済産業省、文部科学省は一部分担)

出典:https://www.jst.go.jp/osirase/pdf/besshi.pdf

まとめ


ここまで水素エネルギーの歴史に関してまとめてきました。
ここ100年の間に、水素が社会へ活用される可能性が大きく広がったことが読み取れます。
そして2000年代以降から今後にかけて、実際に社会への実装が進んでいくフェーズになっています。

脱炭素社会の実現が謳われる中、これまで研究が行われてきた水素関連技術も最大限活かしていくことができるかが課題です。


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